ファミレス業界が頭打ちを迎えるなか、メニューを拡充するガストに対し、サイゼはメニューを絞り込むことに。真逆にも思える戦略から見えてくることとは?(筆者撮影)

ガストは「ちょい飲み」の聖地になるかもしれない。そんなことを思っている。

というのも、ガストは近年、小皿メニュー数を拡充し、同時にアルコールの価格を下げることで、「ちょい飲み」の需要増加を狙っているからだ。実際にガストを訪れながら、この戦略の背景を探っていきたい。

ガストに行ってみた

実際、ガストでの「ちょい飲み」、どんな感じなのだろうか。真相を探るべく、実際にガストへ足を踏み入れてみた。

訪れたのは都内某所のガスト。テーブルに案内され、さっそく置いてあるタブレットのメニューを見る。そこには「アルコール/小さなおかず」という項目があり、そこをタップするとズラリとお酒とおつまみが出てくる。

【画像9枚】いつの間にか「ちょい飲みの聖地」に? ガスト、店舗数縮小の中で「小皿メニュー」を拡充。商品例はこんな感じ!

まず驚くのは、アルコールの安さ。私が訪れたのはハッピーアワーの時間帯だったこともあって、生ビール中は税込350円。通常でも税込500〜550円である(ガストは地域別価格を導入している)。


お値打ち価格の小さなおかずがズラリ(筆者撮影)

個人的な感覚では、都内では最近の生中は600円あたりがデフォルトになっている気もするから、通常時でも十分リーズナブルな価格である。


ハッピーアワーだと、かなり安い(筆者撮影)

また、角ハイボールは税込300円。こちらは通常だと350円で、文句なしに安い。


や、やすい…!(筆者撮影)

その他も、グラスワイン赤白が150〜200円だったり、ウーロンハイが300〜350円だったりと、お安く楽しめる。

ファミレスでの「ちょい飲み」といえば、やはり帝王はサイゼリヤだろう。ワイン一杯税込100円と恐ろしい値段で楽しめる。

ただ、個人的にサイゼリヤとの違いで感じたのは、ガストのアルコールメニューは「種類が多い」こと。サイゼリヤだとどうしてもワインがメインになるが、ガストはレモンハイ、サングリアサワーなど、サワー系も充実している。「ワインは苦手……」という人でも楽しめるし、一度でいろんな種類のアルコールを楽しみたい人にはちょうどいい。

食べ物とアルコールのマリアージュを楽しむ

ガストでの「ちょい飲み」がいいのは、「小皿メニュー」の豊富さにもある。ガストはここ数年で小皿メニューの拡充を図っていて、ひとりでちょこっと飲むときに食べたいメニューが揃っている。


ほうれん草ベーコン(税込220~320円)。バターとほうれん草が相まってうまい(筆者撮影)

ファミレスでちょっと飲むとき、メニューを見て「ちょっと量が多いんだよなあ」という経験をお持ちの方は多いのではないだろうか。私もその1人である。

特にお酒を飲んでいると、そこまで食べない、けれどちょっと小腹を満たしたい……という欲望を持つ人は多いだろうから、こうした需要に小皿メニューはぴったりだ(もちろん、家族で来た人でも、「もうちょっと食べたいんだよな」という時には最適である)。

また、メニューの種類も唐揚げからキムチ、ほうれん草ベーコンのようなおつまみから、パスタやピザのハーフサイズなどの食事のようなものまで幅広い。また、和洋中それぞれの食べ物が揃っていることも魅力だ。


しらすと九条ネギの出汁醤油ハーフサイズ(税込420〜470円)。ちょうどいいサイズ(筆者撮影)

酒を飲むときの楽しみの一つが「酒に何を合わせるか」、つまりマリアージュである。ハイボールに唐揚げを合わせるのはオーソドックスだが、あえてここはキムチにしてちょっと王道から逸脱してみるのもアリかな……などと、あれやこれや考える。

自分の人生を自分で差配している感覚。大袈裟かもしれないが、そんな感覚を味わうことができる。世間では体験消費だなんだといっているが、このワクワク感こそ、もっともプリミティブな体験消費なのだ。

ガストはアルコールも料理も種類がある。選べるのだ。まさに「ちょい飲み」の醍醐味を味わえるといっても過言ではない。

ファミレス業界内でのポジションの再構築を行う

さて、ガストがいかに「ちょい飲み」の聖地たりえるかはここまでの描写でおわかりいただけただろう。しかし、ガストがこのような「ちょい飲み」戦略を取るのはなぜか。

それには、現在のファミレス業界をめぐる状況がある。

日本ソフト販売株式会社が発表している統計データによると、2023年、ファミレスの数は前年比で店舗数が1.8%減少している(前年は3.1%減)。次に掲載するグラフはガスト、サイゼリヤ、ジョイフル、ココスという大手4社の国内出店数のグラフだが、それぞれ、じわじわ減ってきていることがわかるだろう。


このような状況の中、ファミレス各社が現在行っているのは「ファミレス業界内でのポジションの再構築」だと思う。これまでは「ファミレス=安めのレストラン」「家族で行けるレストラン」という印象だったが、各社がそれぞれの強みを発見しながら、より強く独自の色を付けようとしているのだ。

そんな中でガストが行っている一つが、小皿のメニューを拡充して、「ちょい飲み」需要に本格的に応えることなのである。

すかいらーくグループが発表した2024年度第1四半期決算資料ではガストの取り組みとして「小皿・シェア商品の拡大」「アルコール全品値下げ」がメニュー改定の一環として触れられている。

「小皿商品」については、グランドメニューで提供されているメニューのハーフサイズやおつまみを含めた20種類以上の料理がメニューに登場。

アルコールの価格についていえば、すでに紹介した通りだが、生ビール(中)が税込500〜550円、角ハイボールが税込300〜350円、グラスワイン赤白が税込150〜200円となる。


ハッピーアワーで生中350円はうれしい(筆者撮影)

時代の後押しを受ける「ちょい飲み」需要

2023年に帝国データバンクが2019〜2023年の「酒場DI」を発表した。これは、酒類業界(製造・卸売・小売り・飲食)に絞った景気DI(帝国データバンクオリジナルの景気指標)で、簡単にいえば、「酒にまつわる場所の景気ってどんな感じ?」ということがわかるデータだ。これによれば、2023年に入って酒場DIはコロナ禍前を超える水準に回復したという。

ガストも、2023年から今見てきたようなメニューの拡充やアルコールメニューの増加を積極的に行い、その潮流にうまく乗ることができたといえるかもしれない。

ただ、その回復はコロナ禍以前にそのまま戻ったわけではない。特にコロナ禍を経て会社での飲み会が少なくなったことなどを受けて居酒屋の利用は減少。その代わり、居酒屋ほどがっつりではなくちょっとだけ飲んで帰る「ちょい飲み」需要が増えたのではないか、という声も聞かれる(中井彰人「日高屋が値上げしても熱く支持される納得の理由 ちょい飲み客のニーズをつかんだ日高屋の強み」)。

そんなわけで、ガストなどをはじめとするチェーンレストランの「ちょい飲み」は時代の流れにも後押しされる結果となったのだ。

実際、アルコール値下げとの相乗効果もあったのだろう、こうした取り組みによって、ガストでのサイド皿数の前年対比は27%増になったという(2023年度通期決算資料より)。

こうした状況も踏まえると、ガストの「ちょい飲み」戦略は一定の成功を収めているといえそうだ。

ガストがメニューを拡充している一方、「ちょい飲み」の帝王ともいえるサイゼリヤは、近年メニュー数を減らしている。これも、また別の側面からのファミレスのポジショニングの再構築の事例だ。

それによって、メニューの提供コストが下がり、物価高の現在でもこれまでの値段でメニューが提供できるのだ。ミラノ風ドリアが今でも税込300円で食べることができるのは、ほとんど奇跡に近いといっていい。


サイゼリヤのミラノ風ドリア。税込300円というのは、信じられない価格だ(筆者撮影)

サイゼリヤは「ファストフード」と「ファミレス」の間にある「ファストカジュアル」という業態を目指している。「ファストフード」のように、低価格でメニューを食べられる工夫の一つとして、こうした戦略を採っているのだ。

ちなみに「ファストカジュアル化」戦略は、サイゼリヤがさまざまな業態開発を通して前々から行ってきたことではあったが、先ほども見てきたファミレス業態自体の状況に対応して、再度、「安さ」という価値観を訴求しようとしている。


ファストカジュアルを目指すサイゼリヤ(筆者撮影)

「サイゼ飲み」がコスパに優れているのは確かだ。ただ、サイゼリヤはアルコールの種類を増やしたり、メニューを増やしたりして「飲み」に特化するわけではない。あくまでも「ファストフード的なイタリアン」として、その店の価値を伸ばし続けている。

逆に、ガストは「ちょい飲み」客にも対応して、「さまざまな人が訪れることのできる」ファミレス業態を、より磨いているといえるかもしれない。その意味では、サイゼリヤとガストは、異なる方向を向いている。

業績好調「日高屋」とファミレスを足し合わせるガスト?

ガスト的な「ちょい飲み」を進めている店としては、例えば、中華料理チェーンとして知られる「日高屋」がある。


早くから、「ちょい飲み」需要を開拓してきたことで知られる日高屋。結果的に、アフターコロナの時代にいち早く適応することになった(写真:編集部撮影)

日高屋は2024年3〜8月期の単独営業利益が前年同期比8%増で、売上高は13%増の268億8100万円と、過去最高額を記録。コロナ禍で大きく業績が落ち込んだことは他の店と変わらないが、そこからの回復に完全に成功しているのだ。


先ほども見た通り、コロナ禍を経て「ちょい飲み」需要が増しており、その波に乗った形だろう。

こうした他店での事例も踏まえれば、ガストの「ちょい飲み」化は、さらなる躍進を遂げるかもしれない。

もっとも、「日高屋」のメインの客層はサラリーマンであるのに対し、ガストはより広範囲な客層を狙うことができる。ガストは、「日高屋」とファミレスを足し合わせた「いいとこ取り」のような形になっていくのかもしれない。

いずれにしても、低価格帯ファミレスの中でもそれぞれの戦略に差が出てきているのが現在の状況だ。それらがどの程度成功し、どのような変化を遂げていくのか。注目したい。

(谷頭 和希 : チェーンストア研究家・ライター)