全力で筋トレしてはいけません! 75歳にして現役の武術家・運動科学者が提唱する「筋トレ革命」とその中身

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健康状態を、運動能力を、あるいはプロポーションを整えようと、特定の部位を集中的に鍛えようとする人は多い。しかし、そのようなトレーニング(ラフ筋トレ)は筋肉をガチガチに固くして、かえって身体機能を妨げてしまうことがある。

ラフ筋トレに変わり、武術家で運動科学者でもある高岡英夫氏が提唱しているのが「レフ筋トレ」だ。この記事ではそのレフ筋トレを生み出した革命的ともいえるトレーニング理論を、『レフ筋トレ 最高に動ける体をつくる​』​よりお届けする。

人間に必要なのは「レフパワー」だ

どんなにトレーニングを積んでも、筋肉が本来の機能を果たせなければ、よいパフォーマンスは発揮できません。そのことは以前の記事から明らかになったと思います。次に、鍛えぬいた筋肉がなぜパフォーマンスをダメにするのか、脳との関係のなかで考察してみましょう。

特定の筋肉(あるいは筋肉群)だけを集中的にトレーニングする人の意識は、もっぱら負荷がかかっている部分に集中的に向けられます。負荷が大きくなればなるほど筋トレは厳しいものになるので、その人は自分を鼓舞し、ある種の興奮状態に達して、ただひたすら筋出力しようとします。

このように、特定の筋出力のため、なりふりかまわず心身を動員して発揮されるパワーを、私は過去の著書で「ラフパワー(Rough Power)」と命名し発表しました。「rough」という英単語には「粗野で荒々しい」という意味があります。

野球、サッカー、陸上競技、水泳、氷上・雪上競技など、世の中には多種多様なスポーツがありますが、おおよそ1980年代半ばから2000年前後までの約15年間を頂点として、選手やコーチ、トレーナー達は、このラフパワーを高める筋トレ(すなわち、ラフ筋トレ)に邁進(まいしん)していたと言えます。

しかし、スポーツ競技で必要とされているのは、ラフパワーではありません。

競技の具体的な場面では、自分を取り巻く状況を十分に察知しながら、同時に絶えず、全身のパワーを時間軸に沿ってどのように合理的に発揮し、そのためには各部分をどう配置配列しつつ動かせばいいのか、潜在脳で瞬時かつ流動的に次々と判断し、正確に実行する必要があります。

しかも、その判断と実行は、周囲にいるチームメイトや、相手チームの各選手との関係をも考慮して行われねばならないのです。

「時間軸に沿った身体のすべての部分の配置配列」

「行動のタイミング」

「全身と部分の連動」

「パワーにおける力とスピードの配分」

「周囲の変化との対応」

などといった、膨大なファクターを考慮したうえでの顕在かつ潜在的な身体の統合操作は脳によってなされます。

したがって、現実の競技場面で優れたパフォーマンスを発揮するには脳の優れた統合的活動が必須不可欠であり、優れたプレーをしたいのであれば、脳の高度な活動と統合された状態で筋活動が行われ、パワーが発揮されねばなりません。

そのようなパワー、すなわち脳の高度な活動と筋力の発揮が統合され生み出されるパワーこそ、私が「レフパワー(Refined Power)」と名付けたものなのです。

この粗野で荒々しい「ラフ」に対し、精製され洗練されたという意味の英単語「リファインド(refined)」の、最初の3文字「レフ(ref)」を取った言葉です。そして、レフパワーを向上させる筋トレが「レフ筋トレ」です。

「力み」の弊害(1) 筋出力を妨げる

ここで、全力でラフ筋トレに励んでいる人を思い浮かべてみてください。たとえばベンチプレスがいいでしょう。

眉間にしわを寄せ、歯を食いしばり、全身をこわばらせ、とくに肩関節まわりの三角筋や大胸筋など肩まわりの筋肉に力をみなぎらせて、何度もバーベルを上下させ、ついに「アアーッ」と咆哮(ほうこう)してラスト1回を終える──そんなイメージが浮かぶかもしれませんが、それこそ典型的な「ラフ筋トレ」です。

彼の全身には、力がみなぎっています。「みなぎっている」と表現すると、いかにもいいことのように聞こえますが、実際には必要のない「力み」が身体中に広がっているのです。さらに詳しく説明すると、まったく収縮する必要のないたくさんの筋肉にまで力が入り、肝心な主働筋にさえ力みが入っているのです。苦悶に顔を歪めて筋トレに励むアスリートに、「真に必要な筋肉以外の全身をリラックスして、顔の表情を平静にしてごらん」と指示したところ、途端にパワーが落ち、あるいは「そんなことできなーいっ!」と絶叫して果てる──そんな場面を私は何度も見てきました。

この力みが筋出力を妨げ、同時に脳に余計かつ過重な負荷をかけるせいで、パフォーマンスが低下するのです。

「力み」の弊害(2) パフォーマンスを妨げる

たとえばダンベルを握り、肘を曲げて持ち上げる動作を想像してみてください。上腕二頭筋がグッと収縮して「力こぶ」ができるでしょう。

この上腕二頭筋のように、ある動作を行うときに主役となる筋肉を「主働筋(しゅどうきん)」と呼びますが、動作の前から用もないのに主働筋が固まって筋収縮を起こしていたら(すなわち、力んでいたら)、それは力の無駄遣いでしょう。その上腕二頭筋が発揮できたはずの力が十分に出せなくなってしまいます。

つまり、力んでいてはダメで、力が抜けてゆるんでいる、すなわち脱力や緩解(かんかい)がうまくできていないと、筋収縮が下手になるわけです。

その筋肉が可能性としてもっているはずの筋収縮能力を100%発揮できずに終わってしまう──そう言い換えてもいいでしょう。

問題はそれだけではありません。ダンベルを持ち上げたあとは、重力の力を借りながら上腕三頭筋が筋収縮して肘を伸展させます。

主働筋(ここでは上腕二頭筋)と正反対の働きをすることから、この場合の上腕三頭筋は「拮抗筋(きっこうきん)」と呼ばれますが、仮にダンベルを持ち上げようとする前からこの拮抗筋が力んでいたら、どうでしょう。間違いなく主働筋の働きを妨げてしまいます。

全身がゆるゆるにゆるみ、拮抗筋にも力みがなく、それどころか、ほかの筋肉もゆるゆるにゆるんでいて、もちろん主働筋が100%ゆるんでいて存分に活躍するという、そんな状態が前提として成立していなければ、正しく優れたパフォーマンスは決して発揮できません。

しかるに、その程度はさまざまですが、ほとんどの人は主働筋も拮抗筋も用もないのに固まって筋収縮し、無駄に力んでいる状態にあります。この状態から逃れられているのは世界のトップ・オブ・トップのアスリートだけで、それも調子のいいときに限られているのが現実です。

優れた筋収縮能力を発揮するためには、主働筋がマシュマロやつきたてのモチのようにやわらかい状態でなければいけません。力を抜いたときには、キレイに脱力し、ゆるみときほぐしきれることが大事なのです。

「力み」の弊害(3) 脳に余計な負担がかかる

みなさんが自分の身体を動かせるのは、脳から電気信号が発せられ、神経を伝わって筋肉に届くからです。すなわち、身体には情報伝達のシステムがあるのです。しかし、情報は「脳→筋肉」へと一方的に伝えられているわけではありません。

「前庭(ぜんてい)」という器官をご存知でしょうか。前庭は内耳にあり、身体のバランスを計測する「センサー」として機能しています。

ところが、センサー機能を担になっているのは前庭だけではありません。実は全身の筋肉にも膨大な数のセンサー(感覚受容器)が備わっていて、それらは「筋紡錘(きんぼうすい)」と呼ばれています。さらに言うと、そうしたセンサーは骨にも備わっているのです。

すなわち私たちの身体は、その内側のあらゆる場所がびっしりとセンサーに覆われている状態なのです。

そしてそれらのセンサーから、筋肉に作用している張力、骨にかかる圧力、身体の傾き具合……などのおびただしい情報が時々刻々と、それこそ一瞬の隙もなく脳に送られています。その送られた情報は、潜在脳で統合・把握され次に何をするか、どう動くべきか、といったスーパーコンピューターさながらの計算が行われます。

このとき筋肉に「力み」があると、この計算は正しく適切には行われなくなります。

人体には常時、重力がかかっています。重力下で正確、精妙なパフォーマンスをイメージしたとおりに行おうと思ったら、重力に抗して望ましい動きをするのにどれほどの力がいるのか、といった計算が本来行われるべきでしょう。

筋肉の余計な「力み」は、重力とは無関係にかかっている無駄で不要な張力にほかなりませんが、そのような無駄で不要な情報も、潜在脳は感知しています。

身体には、約200個の骨と500以上の筋肉がありますが、それを3次元空間のなかに配置して動かす方法は無限にあります。余計な「力み」があると、無駄な情報が大量に脳に送りこまれることとなり、脳にかかる負荷が増え、正確な計算が妨げられます。

スポーツ選手が緊張したり、疲労したり、あるいはもともと力みやすいタイプの選手だったりすると、動きがぎこちなく、コントロール能力も発揮できずに、シャープで滑らかでスピーディーな動きができません。それは脱力ができていない、すなわち身体がゆるんでいないために無駄な情報が大量に脳に送り込まれているせいです。だから徹底的に緩解脱力をしなくてはならないのです。

これを逆に言えば、徹底的にゆるみ、脱力すれば、脳にかかる無駄な負担が減るので、精神は清明で気持ちには余裕ができ、思考力も明快になるのです。筋肉も、本来の力と機能を発揮できるようになるのです。だから「こういうトレーニング(レフ筋トレ)をやると頭がよくなるのですか?」と尋ねられたら、その答えはもちろんイエスです。

続きは<【運動科学者が明かす】続けると健康を害するかもしれないのに…一流選手は決してやらない「ダメな筋トレ」が決してなくならない深いワケ>ヘ続きます。

【運動科学者が明かす】続けると健康を害するかもしれないのに…一流選手は決してやらない「ダメな筋トレ」が決してなくならない深いワケ