ユニクロ社員たちが強いられる「守秘義務」は本当に正しいことなのか…?「潜入取材」で暴いた秘密主義企業の「マインドコントロール」、その怪しき手口

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『潜入取材、全手法』の衝撃

横田増生氏は、ユニクロ、ヤマト、佐川急便、アマゾンなど有名企業の数々に潜入取材を敢行し、さらにはアメリカ大統領選のトランプ陣営にも潜入したジャーナリストである。

このほど、横田氏はその手法を赤裸々に明かした『潜入取材、全手法』(角川新書)を上梓して話題となっている。

前編『「日本人は滅びるかもしれない」…ユニクロ柳井正の言葉に潜む思惑を暴きつづけたジャーナリストが放った「潜入取材、全手法」の衝撃!』で紹介してきたように、横田氏は知られざる企業や選挙戦をアルバイトやボランティアとして現場に身を投じることで、知られざる企業の実態を克明にルポルタージュしてきた。

とくにユニクロ店舗で1年間、アルバイトをしていまや日本人の「国民服」とも言われるグローバル企業の過酷な働き方をルポして見せた週刊文春での連載は、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を受賞した(のちに『ユニクロ潜入一年』(文芸春秋)として発表)。

また、元物流経済紙の編集長だった経験から、アマゾンなどメガテック小売業の台頭でドライバーたちが低賃金で酷使される現場も、実際に仕事をすることで鮮明に浮かび上がらせた(『仁義なき宅配』小学館)。

パワハラ、セクハラ、粉飾決算などの組織不祥事は、「公益通報」を利用した内部告発で明るみに出ることがほとんどだ。横田氏が潜入取材で培ったその手法は、取材者だけでなく組織に属するあらゆる人の護身術としても有益な情報だ。

一方で、かつて日本でも盛んにおこなわれてきた潜入取材は、いまはほとんど見られなくなり、その手法を駆使する取材者はいまや横田氏ほか数名に限られる。

日本に潜入取材という調査報道を根づかせて、多くの後進が現れることを夢見る横田氏に、前編につづきその思いを聞いた。

ユニクロを解雇される…

――横田さんは、なぜ日本に潜入取材が必要だと考えるのでしょうか?

企業広報が、「広報」と名乗りながらも実は企業の秘密を守ることが目的になってしまっているからですね。アマゾンも秘密主義だし、ユニクロも自分たちが発信したい情報以外のことを書いてしまう記者の取材は受けない。だから潜入するのです。

『潜入取材、全手法』で書いたとおり、ユニクロでアルバイトしているときは「これは秘密だ」「あれは機密情報だ」とそればかり言われていました。

潜入するまえに、『ユニクロ帝国の光と影』(文藝春秋)という本を書いたのですが、ユニクロの店長たちに取材してもみんな「守秘義務があるから、話せません」という反応だったから、本当にそうなのかと。実際、入社するときに「守秘義務」も含まれる誓約書なんてものにサインさせられるけど、それになんの法的根拠があるのでしょうか。

鎌田慧さんの『自動車絶望工場』や堀江邦夫さんの『原発ジプシー」などの潜入取材では、みんな仕事を辞めた後にルポを発表している。では、実際に働きながら記事を書いたらどうなるのか。それを知りたかったんですね。そもそも、解雇できるのか、解雇する理由はいったい何なのかと。

――それがユニクロ潜入ルポの面白いところでしたね。横田さんは、アルバイトを解雇されてしまうけど、それは諭旨解雇だった。懲戒なんてものにはならずに、法的責任は一切、問われなかった。

はい、そのとおり。「守秘義務」という言葉で社員たちをマインドコントロールしているけどね。実際、ぼくはクビにはされてしまうんですが、その理由は「就労規則に反するから」というものだった。だけど、ぼくが書いた記事の「どの部分が規則に違反しているのか」と訊ねても、「中身の吟味はしていない」と言うだけでね。「記事が間違っていたのか」と聞いても、「お答えする必要がありません」とね。

だからクビといっても諭旨解雇であって、懲戒解雇じゃないわけです。なにか法律を違反したら懲戒解雇ですよね。商品を盗んだとか金を横領したとか法を犯したら、もちろん懲戒になる。

でも、彼らの言う「守秘義務」を破っても懲戒なんてものにはならない。ということは、現場の仕事の内容を外の人に話しても、ましてや記事に書いても、会社は法的にはなにも問えないということなんですね。

――ユニクロの言う守秘義務にはなんの法的根拠もないと。だから、「お願いですから辞めてください」っていう言い方しか、彼らにはできなかったということですね。

そもそも、解雇できるのかも怪しいよね。ぼくが辞めないと言ったら、どうなっていたのか。

もちろん、経営陣クラスの経営戦略とか今後のプロジェクト方針とか、営業のための独自データとかは本当に機密情報だと言えると思います。これを外部に漏らすのはやはりいけない。

――でも、現場のスタッフが店長や本部から指示された程度のことを記事に書いても、何の問題にもならないってことですね。

現場のマニュアルとか、指示されたことまで守秘義務で縛ってしまうと、パワハラやセクハラ、過重労働までも覆い隠すことになってしまいますからね。

「あなた、潜入してますね」

――柳井正さんは横田さんと週刊文春の取材を一度うけたきり、その後は一切うけつけてくれなくなりました。逆に潜入したことで、それまで取材を拒否されていた企業の経営陣が取材をうけざる得なくなったということもありました。

はい。ヤマト運輸ですね。ヤマトについては、最初は話をしてくれるドライバーをさがして日本中を回っていたんですが、話を聞いても断片的な情報しか入らずに全体像がまるで見えてこなかった。これではらちがあかないなという感じでしたね。

だったら潜入しましょうということで、ヤマトの物流ターミナル「羽田クロノゲート」にひと月潜入したんです。そこには労組のパンフレットや会報みたいなものがたくさんあって、労働時間から残業時間、サービス残業の実態まで手に取るようにわかった。ヤマトの働き方の全体像が見えてきたんです。

それを、ヤマトの広報に労働時間などを伝えて「現場はけっこう大変ですね」なんて言ったら、「何で知ってるんですか」となった。「横田さん、もしやあなた潜入してないでしょうね」と(笑)

――そこで、バレちゃったんですね。

そうそう。当時はまだ名前も売れてなかったから、横田増生の本名で潜入していたんですね。それを広報が社内データに照合したんでしょう。「おいおい、横田がクロノゲートで働いとるやないかい」となった。

それまでヤマト運輸の広報は、ぼくの取材はうけないという方針だった。「ここ1年間、取材は受けていません」というんですが、そんな話を聞いた矢先に日本経済新聞に社長のインタビューが載ってたりするわけです。「いやいや、取材うけてますやん」と。社長インタビューなのに広報は「それは勝手に日経が書いたんです」なんてことを言うわけです。

でも、ぼくが潜入していることが分かるとこれは逃げられないと思ったのでしょうね。当時の常務執行役員で、のちにヤマト運輸とヤマトホールディングスの社長になる長尾裕さんに取材が叶った。広報が「1時間ですよ」というなかで、2時間も聞かせてもらったけど、それでも秘密体質は変わりませんでしたね。

その後、ヤマトでは数百億円規模の未払い残業代の問題が噴出したんですが、そのときは各支店に「横田が潜入取材をしようとしている」「苗字は横田だけでなく、妻の苗字と二通りがあるから気をつけろ」なんてメールを一斉に送ったんですよ。だから、企業というのは秘密体質から抜けきれないんですね。

でも、その後いろんなところで記事にしたら、トラックドライバーがたくさん告発のメールをくれるようになりました。

潜入取材で変わる「働く環境」

――横田さんの取材で企業が変わったことも多かった。とくにユニクロは『ユニクロ帝国の光と影』のあと、店長の過重労働問題の対策のために地域正社員を増やすと発表しました。その後のユニクロに潜入取材では、企業の労働環境はいつでも外部から監視されているのだということを社会に印象づけました。

実際に潜入してみると、ユニクロの店舗はサービス残業がゼロではなかったんだけど、当初に比べてだいぶ良くなっているという印象でしたね。ヤマトの潜入ルポでもサービス残業の撲滅に一役買ったという思いはあります。

――だとしたら、潜入取材はこれからも有効な調査報道の手法の一つですね。

本当は、イギリスのBBCのように新聞社でもテレビ局でもやればいいと思うんですよ。でも、彼らがやらないからフリーランスにチャンスが用意されているともいえる。ちょっと考えただけでも、まだまだ潜入取材で面白いノンフィクションをかける現場はたくさんありますから。

実際に働いている人も、経営者たちがいう守秘義務という言葉に惑わされないでほしい。問題だと思うことは、ぜひ記録に取っておいてほしい。そう願って、その方法論を『潜入取材、全手法』に全部、書きました。ぜひ、多くの人に読んでいただきたいですね。

(談)

さらに『衝撃…アマゾン潜入「機械が主役、人は屈伸するだけ」のヤバい実態』では、横田氏の潜入取材の凄味を紹介しているので、ぜひ参考にしてほしい。

衝撃…アマゾン潜入「機械が主役、人は屈伸するだけ」のヤバい実態