「携帯ショップの王者」買収が映す通信業界の苦境
携帯販売代理店最大手のティーガイアは、全国に1000弱のキャリアショップを展開する。写真はイメージ(撮影:尾形文繁)
「ついにティーガイアまで買収されてしまうとは」
携帯販売代理店最大手のティーガイアは9月30日、アメリカのPEファンド・ベインキャピタルが同社株式の非公開化に向けたTOB(株式公開買い付け)を実施し、会社としても賛同する旨の意見を発表した。買収規模は、計約1400億円となる見通しだ。
ティーガイアは、総合商社の住友商事が40%超を出資し、NTTドコモやKDDIといった携帯キャリア4社から委託を受けてキャリアショップの運営を手がける。1000弱の店舗を擁する業界最大手で、社長は現在、業界団体トップも務めている。
携帯販売代理店業界では2023年に、家電量販店のノジマが業界3位(当時)のコネクシオを買収したばかり。続くリーディングカンパニーのTOBに、あるキャリア関係者は冒頭の通り驚きの言葉を口にした。
3割ディスカウントの価格にどよめき
TOBをめぐっては、価格面で異例の展開も起きた。ベインが示した買い付け価格は1株2670円。3600円前後を推移していた発表直前の株価よりも3割近い「ディスカウント」となったのだ。
年初は2000円を割っていたティーガイアの株価は、6月に買収の可能性が一部メディアで報じられて以降、上場来高値を上回る水準にまで急騰していた。TOBに関するリリースによれば、投資家の期待が先行する状況下で、ベイン側は「(足元の株価は)当社の事業や財務の変化を反映したものではない」などと判断したという。
ティーガイアは株主の応募の是非について「中立の立場をとり、株主の判断に委ねる」とし、投資家の判断が注目されたが、TOBの発表翌日に株価はストップ安を記録し、翌々日に2670円を割り込んだ。今後、順当にTOBが成立すれば、大株主である住友商事と光通信グループに対する自己株TOBなどを経て、上場廃止となる見通しだ。
通信業界に起きている大きな変動を象徴するかのような、キャリアショップ最大手の買収。なぜティーガイアは、ファンドの傘下入りという道を選んだのか。
「近年、携帯販売代理店事業を取り巻く環境が激変し、通信事業者から携帯販売代理店に求められる役割や期待も大きく変化している」。ティーガイア公表のリリースによれば、こうした市場認識から、筆頭会社の住友商事がベインなどに売却の打診を始めたのは2023年5月下旬頃だった。
ティーガイアの売り上げの8割はモバイル事業が占める。同時期に公表された2023年3月期の営業利益は前期比33.8%減の69億円。2期連続の大幅減益となり、2年間でおよそ半減した計算となる。
この数年、業界を直撃していたのが、官製値下げの影響だった。
通信業界が転機を迎えるきっかけになったのは、2020年秋の菅政権誕生だ。菅政権は、公共の電波で事業を運営しているキャリアが寡占市場を形成し、携帯料金が高止まりしていた点を問題視して、各社に値下げを要請した。キャリア側は、メイン、サブブランドでの利用料金を引き下げるとともに、「ahamo」(ドコモ)といったオンラインで申し込みが可能な格安プランも次々と導入した。
官製値下げがもたらした“副作用”
ただ、値下げが消費者に恩恵をもたらした裏側では、販売代理店に対する「副作用」も起きていた。
低廉な料金プランが普及した結果、キャリアの通信収入は下押しされ、キャリアからの手数料収入に依存する代理店にしわ寄せが広がった。オンライン手続きの普及もあり、リアル店舗の重要性も相対的に低下。キャリア最大手のドコモは2022年にショップ数を約3割削減する方針まで掲げ、業界に衝撃が走った。
官製値下げを抜きにしても、業界では端末販売が縮小傾向にあった。消費者にスマホが広く普及して新規獲得が鈍化したことに加え、端末の高機能化や円安による価格高騰で、消費者の買い替え期間が長期化したためだ。MM総研によると、2023年度の国内携帯電話端末の総出荷台数は前年度比16.4%減の2668.5万台と2000年度以降最少で、今後もしばらく停滞が予測される。
ティーガイア関係者は「10年前から将来的に成熟期が来るのは見えており、モバイルに依存しない会社を目指していたが、ここ数年、想定よりも市場変化のスピードが速かった」と振り返る。
市場環境の変化を踏まえ、ティーガイアも店舗や人員の整理といったコスト削減を進めてきている。キャリアショップ数は今年6月時点で994店舗と、2021年3月時点(1217店舗)と比べて2割弱減少した。今年5月には45歳以上の社員を対象にした希望退職を募ると発表し、募集していた「200人程度」を大幅に上回る約240人が9月末で退職した。
コスト削減策も通じ、2025年3月期の営業利益は前期比9.3%増の88億円と増益を見込む。ただ、「値下げ前」の利益が安定的に150億円前後だったことを踏まえると、依然として停滞状態からは抜け出せない。
ショップ運営においては、アクセサリーなどの独自商材の併売や、荷物預かり場所としての利活用を進めるなど新たな知恵を出してきたが、成長戦略として決定打に欠けるように見え、手詰まり感も漂っていた。「初期から業界に参入し、右肩上がりで成長していた会社である分、意識を切り替えられないまま、成熟市場への対応が遅れた」(ティーガイア関係者)。
買い手候補にノジマが取り沙汰されたが…
苦境が続く中、TOB発表前から業界内ではティーガイアの買収が噂されてきた。買い手候補として一時取り沙汰されたのが、ノジマだ。
ノジマの本業は家電量販店だが、コネクシオをはじめとする携帯販売代理店を次々と買収し、今では代理店業界2位の地位を築いている。さらなるM&Aにも意欲を示し、コネクシオ買収時に野島廣司社長は東洋経済の取材に、「携帯ショップは成熟市場だが、成熟市場で伸ばせるノウハウがあるから、買収した。この厳しい業界の中で生き残れる会社は当社だけではないかと思っている」と自信をのぞかせていた。
しかしふたを開けてみると、ティーガイアが売り先に選んだのは事業会社ではなく、PEファンドだった。
通信業界に詳しいMM総研の横田英明副所長は「ノジマもティーガイアを欲しがっていたと思うが、(取引先の)キャリア側が、特定の代理店に店舗運営が集中するのを嫌がったのではないか」と分析する。ショップ運営の大部分を特定の代理店が担うことになれば、キャリアにとって交渉力低下が懸念されるというわけだ。結果として、ノジマ主導の巨大再編が実現されることはなかった。
ファンド傘下で再成長を目指す見通しとなったティーガイア。非公開化後にどのような戦略を描くのか。
TOBに関するリリースによれば、上場廃止後もベインは現状の経営体制を原則維持し、現経営陣が引き続きグループ運営を主導する想定で、「モバイル事業の収益力向上、法人営業の強化、追加M&Aによる成長の加速、成長実現に向けた実行力強化等」を進めるとしている。
すかいらーくといった小売業界の支援実績もあるベインは、過去の知見を生かして店舗運営効率化を進めるもようだ。一方で「従業員の処遇に変更はなく、全国各地で展開するキャリアショップ事業も変わらず存続する想定」とし、人員や店舗削減には慎重な姿勢をにじませた。すでに追加のM&Aを示唆しており、残存者利益の獲得を視野に入れているようにも見える。
さらなる合従連衡が進む可能性
投資ファンドであるベインにとっては、「エグジット」(出口)が将来的に必ず求められる。ティーガイアのような規模の上場企業の場合、PEファンドは対象企業を買収後、企業価値を向上させたうえで再上場させて利益を確定するのが王道だ。
しかし、すでに成熟期を迎えているこの業界で現状のビジネスモデルを維持する限り、中長期的な成長路線は見込みづらい。このため、「再上場は難しく、結局、最後はノジマのような代理店に売り渡す道しかないのではないか」(ある代理店幹部)といった見方もくすぶる。過去には、代理店大手のITXを国内ファンドが2012年に取得後、2015年にノジマ傘下に入る道をたどったケースもあった。
もっとも複数の関係者によると、ベインは再上場を選択肢に入れているという。「成熟市場でも、店舗の利用ニーズは一定あり続ける」(ファンド関係者)。
業界の先行きには、明るい要素も無いわけではない。総務省によると、値下げで下落した3大キャリアの平均ARPU(1ユーザー当たりの平均売上高)は上昇に転じ、値下げ影響は一服している。店舗削減を推進してきたドコモもここにきて、シェア低下を抑えるためにショップを再重視する姿勢を見せている。こうした変化の兆しをティーガイア再浮揚に結び付けられるか、ベインの手腕が試される。
一方で今回のTOBを機に、業界再編がさらに加速する可能性は高い。ノジマだけでなく、同じく家電量販店のビックカメラも2023年にTDモバイルの事業を承継。代理店からの撤退が目立つ商社でも、兼松傘下の兼松コミュニケーションズは、地場ショップ買収に積極的だ。「代理店は規模がないと利益を出せないビジネスになってきている。さらに合従連衡が進み、数が収斂されていくのではないか」(MM総研の横田副所長)。
携帯ショップ最大手の買収があらわにした、通信業界の大きな変貌。最終的にどのような姿に着地していくのか、業界は岐路を迎えている。
(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)