性加害のトラウマと向き合った漫画家が伝えたい「複雑性PTSD」の「想像を絶する症状」との向き合い方【当事者対談】
持続的な虐待やDVなどのトラウマ体験がきっかけとなって発症し、悪夢や感情のフラッシュバックなどが引き起こされる複雑性PTSD。生きづらさと闘う中で、もし自分がこの病気だと診断されたとしたら、どのように向き合えばいいのだろうか。
そんな時、そばに置いておきたいのが、漫画家の三森みささんが複雑性PTSDの治療記録を描いた、コミックエッセイ『いいかげんに生きづらさを終わらせたい:トラウマ治療体験記』だ。
今回は同書を紹介しつつ、自身も複雑性PTSDである筆者が三森さんに、行った治療法や複雑性PTSDとの向き合い方について伺った。
複雑性PTSDと気づくまで
古川(筆者):私はアルコール中毒の父親が罵声を浴びせ、母親が過干渉である機能不全家族であったことが発症の原因でしたが、三森さんはどんなことが原因だったのでしょうか。
三森みささん(以下、三森):私は、親子関係や過去に受けた性被害が原因でした。特に性被害を受けた時の状況は脳内で再生され続け、頭の後ろのほうで、ずっとそのことを考えてしまっていました。
古川:トラウマとなった記憶って、「考えないようにしよう」と思っても難しいですよね。私の場合は「ひとりで眠るのが寂しい→家の前にある車道に出て死にたい」という、よく分からない思考回路ができたり、親の言動がふとした時に浮かんで感情が引っ張られていました。
三森:私も、父から料理中になじられた記憶が頭から離れない時がありました。フラッシュバックすると、立ち上がれなくなることもあって…。
古川:辛いですね。私は過去に2度、精神科医から心を傷つけられる言葉を言われて10年以上、治療に繋がれず、日常がままならなくなってきたため、楽になれるのか半信半疑で大学時代の恩師が運営するメンタルクリニックへ駆け込んだんですが、三森さんはどうやって治療に繋がったんですか。
三森:私は過去に依存症治療として自助グループで成育歴を語り合う回復プログラムを受け、心が落ち着ついていたんです。だから、性被害がフラッシュバックした時は驚き、SNSで友人に実況みたいなことをしていたら、それを見た心理士の方が連絡をくれ、治療に繋げてくれたんです。
古川:自分が複雑性PTSDだと分かった時は、どう思われましたか?
三森:楽になりました。もともと、ネットにある精神疾患関連の自己診断テストをやる中で「全部当てはまるのに、どれもピンとこない」とモヤモヤしていたので、これだったのかと。
自分がバラバラだった
古川:私も同じで、知ることができて楽になりました。複雑性PTSDは2018年に公表された「国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)」で新たに採用された診断項目なので仕方がない部分もありますが、私は過去に社会不安障害やうつ病と診断され、治療を受けても症状が改善しなかったので、理由はこれだったのか…と腑に落ちました。
三森:当時は、どんな状態でした?私は記憶が飛んでいる時期があり、自我が安定せず、思考が4つほどある感覚でした。
古川:その感覚、分かります。自分がバラバラなんですよね。突然、怒りの感情が出てきたり、表情すら動かす気になれず壁にもたれて動けなくなったりする日がありました。
三森:怒り、すごく出てきますよね。放っておいたら、他人を巻き込んでしまうんじゃないかってくらい。
古川:分かります。あと、複雑性PTSDは発達障害と似た症状が現れるケースもあると言われていますよね。私は過集中があって、パソコンの前に時計を置いて時間を確認できるようにしても作業を止められませんでした。
三森:同じです。私も過集中がありました。今、振り返れば「あれは、なんだったんだ」と思えるのに。
心と体に響いた「心理療法」
古川:実際、三森さんはどんな治療を受けられましたか?
三森:たくさんあるんですが、自分に効果的だったのは眼球を動かすことで記憶の処理を行う「EMDR™」と、特定のツボを叩く「TFT™」を合わせた「ボディ・コネクトセラピー(BCT)」と呼ばれる心理療法です。
トラウマ体験後に未完了のまま中断された心と体のプロセスを完了に導くことを目的とした身体的な心理療法「ソマティック・エクスペリエンシング®」も、私には効果がありました。
古川:私は「傷ついた過去の私」と言われるインナーチャイルドと向き合う、インナーチャイルドワーク(パーツワーク)しか受けなかったのですが、そうした心理療法もあるんですね。
三森:インナーチャイルドワークもいいですよね。ただ、インナーチャイルドワークで記憶を思い出そうとするとフラッシュバックに耐えられなくなってしまうこともある。そういう方はまず体が耐えられるよう、自律神経に働きかける身体的な心理療法を受けてみるのもいいかもしれません。
古川:いきなり心にアタックするのは、キツイですもんね。死んだ心を引きずって、何とかカウンセリングに体を運ぶ日が結構ありました。
三森:そうなりますよね。あと、心理療法って脳をすごく使うので、私は治療後にはスマホさえ見ることができませんでした。
古川:同じです。ぐったり疲れますよね。
三森:はい。起き上がることができない日もありました。でも、心理療法を受け続けていくと、体も心も変わっていく。金銭的に厳しくて3〜4ヶ月ほど通えない時期がありましたが、月1回のペースで2年ほど通うと、意識がひとつに統合されていきました。
「これが味覚!?」と驚いた日
古川:著書に書かれていた、五感で世界を楽しみたいと思えるようになったことや食事が給餌ではなくなったこと、とても共感しました。
三森:今までは栄養をどう摂るかだけを考えて食事をしていたので、「これが味覚!?」と驚きましたね。あと、美術館に行った時、油絵の具の流れに意識を持っていかれず、絵を絵として見て感動できるようにもなりました。
古川:他にも、変化はありましたか?
三森:以前は気圧に体調が左右されることが多かったので、情報をチェックしながら体を崩さないための準備に膨大な時間を割いていましたが、それがなくなりました。夜中、衝動的に「コンビニに行ってチョコレートを買わないと」と思うことがなくなりました。
古川:治療が進むと、日常生活の中での思考も結構変わってきますよね。
三森:そうですね。治療前ほど気分が落ちることもなくなりました。
古川:あ、同じです。落ち込みはしてもドン底まで行かない感覚ですよね?
三森:そうです。落ち込んでも、「死にたい」とか「私には価値がない」とかは思わなくなりました。私は気分が突然上がって、急降下することがあったのですが、そういう波もなくなりました。
こまめに吐き出せる場所がある
古川:フラッシュバックや悪夢はどうですか?
三森:「そんなことありましたね」と言えるくらい、ない生活を送れています。悪夢は13歳ぐらいからずっと見ていたので、普通に眠れることが嬉しいです。
古川:そうなんですね。私はまだ少し悩まされています。でも、以前は親の前で黙りこむだけの悪夢だったのですが、親に言い返せるようにはなってきました。これが進歩だったらいいなあ。ちなみに、三森さんは今、カウンセリングには通われていますか。
三森:心理士さんと仲良くなったこともあり、トラウマ治療というよりは日常の揉め事などを話しに行っています。
古川:それって大事なことですよね。溜め込む前に、こまめに吐き出す場所があると心の在り方って違ってきますもんね。
カウンセラーに専門的な知識が求められ、長い治療期間が必要なケースも多い複雑性PTSD。後編記事『患者も心理士も悩む「カウンセリング自費診療」の壁…漫画家・三森みさが伝えたい「複雑性PTSD」の難しさ【当事者対談】』では治療を受ける中で当事者が感じた、カウンセリングの課題を紹介。さまざまな事情で治療への一歩を踏み出せない人へのエールもお伝えしたい。