「宗教」と「優れた企業経営」を理解するうえで最重要理論のひとつ「センスメイキング理論」について解説する(写真:metamorworks/PIXTA)

「宗教」と「優れた企業経営」には実は共通点があり、「現代の強い企業」は、いい意味で「宗教化」していく

それらの主題をもとに、世界の宗教事情に精通したジャーナリストの池上彰氏と、『両利きの経営』の解説者で早稲田大学教授の入山章栄氏が語り合った『宗教を学べば経営がわかる』が発売された。

同書の内容を再編集しながら、「宗教」と「優れた企業経営」を理解するうえで最重要理論のひとつ「センスメイキング理論」について、入山氏が解説する。

「宗教」と「優れた企業経営」には共通点がある

宗教と優れた企業経営に共通点はあるのか。あるとすれば、それは何なのか。

『宗教を学べば経営がわかる』では、この論点から池上彰さんと縦横無尽に語り合った。そして、「両者は本質的にほとんど変わらない」という結論に至ったのだ。

「同じ目標・信念を持つ人たちが集まり、その動機づけを持って共に行動する」という意味で、宗教と優れた経営に何ら変わりはない。

今後はさらに不確実性が高まり、複雑になり、正解のない時代となる。

この不透明な世界では、どんな人も何かしら「自分が信じる、腹落ちできる心の拠り所」を欲する。それは企業経営も同じはずだ。

その点で、よく考えれば、宗教は数千年におよぶ歴史のなかで人類が培ってきた「心の拠り所」としての、叡智の結晶だ。

だからこそ、これからは「いい意味で宗教的な企業」が求められるのだ。

そして世界の経営学では、この「腹落ちできる心の拠り所」の重要性を説明する経営理論がある。池上さんとの対談を通じてこれらの視点を結びつけることで、「新たな知見」が浮かび上がってきた。

以下、池上さんとの対談から得た、世界の経営理論とそこから見える宗教との共通性を解説したい。

宗教と経営の共通点を考えるうえで最重要の経営理論のひとつが「センスメイキング理論」である。

日本企業の経営課題を考えるうえで、不可欠の理論だ。

カギとなる経営理論「センスメイキング理論」

「センスメイキング理論」は、ミシガン大学の組織心理学者カール・ワイクが1980年代に提示した理論で、少し難しい話だが、この理論は科学哲学の「相対主義」に基盤を置く。

相対主義とは、「人々は完全には同じようにものごとを共通認識できない。なぜなら、人(=主体)と対象物(=客体)はある意味で不可分であり、主体の働きかけ方やその状況によって、主体ごとに客体の解釈が違ってくるからである」という立場をとる。

たとえばみなさんは、いま『宗教を学べば経営がわかる』という本を手にしている。そして日本のどこかにも、他に本書を読んでいる方がいる。


すると、普通なら「読者はみな同じ本を読んでいるのだから、そこで得る学びは同じだ」と考えがちになる。

これを「実証主義」という。

人と客体〔本書〕が分離されているので、本書の内容を客観的に、正確に読めば、どんな人でもまったく同じ普遍的な学びを共有できる、という考え方だ。

しかし現実には、同じ本でも、そのときどういう心情で読んでいるかは、人それぞれ違う。

「自分がどのくらい経営に詳しいか」「宗教に詳しいか」でも本書の解釈は違うだろう。

1ページ目から読むか、途中から読むかでも、解釈・認識は違ってくる。

このように、「同じ本を読むのでも、読み手(=主体)の立場・心情や行動で、その本の意味づけや解釈はそれぞれ異なる、だから1冊の本に対しても、絶対的に普遍の共通認識はない」と考えるのが相対主義だ。

そして変化が激しい時代には、同じ対象物に対しても、人々の解釈の違い(多義性)は大きくなりがちだ。

たとえば「AIはどのようなものか」「気候変動は人類にどのような影響を及ぼすか」「この会社の存在意義は何か」などに、人によって解釈の多義性が生まれがちになる。

そういう時代だからこそ、「組織の全員が解釈をなるべくそろえ、納得しながら行動し、その行動から得た解釈が、さらなる納得性を生む」というサイクルを作っていくことが重要、というのがセンスメイキングの骨子のひとつだ。

変化の激しい時代だからこそ「腹落ち」が大事

つまりセンスメイキング理論は「腹落ち」の理論といえる。センスメイクには「腹落ち」という意味がある。

センスメイキング理論の経営実務への含意は、「変化の激しい時代に、腹落ちの弱い企業は生き残れない」ということだ。

人は腹落ちをしてこそ初めて本気で行動するし、それが組織を動かす最大の原動力になるからだ。

一方、多くの日本企業の課題は、社内で従業員、場合によっては経営者までが「この会社は何のためにあるのか」「どういう未来を作りたいのか」について多義的になり、全員が同じ方向で腹落ちしていないことにある。


近年注目されている「パーパス経営」のように、「パーパス」「ビジョン」を掲げる企業は、表面上は増えてきている。

他方で、その社員たちが本当に同じ方向感で腹落ちしているかは、疑念を抱かざるをえない。

「パーパス」という言葉だけが上滑りし、社員はそれに腹落ちしないまま、「自分が働くのは義務だから」「評価が下がるから」「給料が欲しいから」という理由だけで、日々活動している企業も多いのではないだろうか。

こういった企業の多くは、遠い未来への腹落ちよりも、目先の数字の正確性だけを重視する。

必死になって需要予測をし、予算管理をし、自らを数字で縛る短期思考の中期経営計画を作る。

「客観的に企業を数字で分析すれば、その課題を全員が同じように共有できて、問題は解決する」という、実証主義の立場だ。

しかし、これだけ先が読めない時代に、腹落ちのないまま数字だけに縛られていては、社員も経営幹部も行動できない

センスメイキング理論によると、大事なのは「目先の正確性」以上に、みなが自社の存在意義や未来への解釈をそろえて腹落ちすること、すなわち「納得性」なのだ。

逆にいえば、多義性を排し、進むべき未来への腹落ちを全員で高められれば、組織は「思わぬ力」を発揮する。

「腹落ち」で組織が思わぬ力を発揮した「実話」とは?

象徴的な事例として、カール・ワイクが自身の論文で引き合いに出す逸話(実話)を紹介しよう。

昔、ハンガリー軍の偵察部隊が、アルプス山脈の雪山で急に猛吹雪に見舞われ遭難した。隊員はテントに逃げ込んだが、吹雪は止む気配がない。このままでは全員凍死することは目に見えている。

他方、外は先の見えない猛吹雪で、しかもあいにく誰も地図を持ち合わせていなかった。この死の恐怖におののく状況で、隊員の一人がなんと偶然、ポケットに忍ばせていた地図を見つけた。

すると、「いちかばちかだが、地図があったから、これで帰れるかもしれない」と隊長と隊員全員が納得し、リスクをとって下山を決意した。

そして猛吹雪の中、時間をかけながらも地図を手に進み、ついに無事に下山に成功したのだ。

ところが下山してから、部下が握りしめていた地図を見て隊長は愕然とした。彼らが見ていたのはアルプス山脈ではなく、ピレネー山脈の地図だったのである。(筆者意訳)


上記の逸話のポイントはおわかりいただけるだろう。

常識で考えれば、ピレネー山脈の地図でアルプスを下山できるはずがない。

しかし、大事なのはそこではなく、ピレネーの地図をアルプスの地図と勘違いしたがゆえに、「いちかばちかだが、地図があったから、これで帰れるかもしれない」と、隊長も隊員も全員が腹落ちしたことなのである。

全員が心から進むべきだと感じる道がそろったためにリスクをとり、結果、不可能に思われた下山を可能にしたのだ。

もしここで隊員たちが納得せず、「地図の正確性」だけに頼っていたら、下山を覚悟できずに全員が凍死していただろう。

今の日本では「正確性」だけにこだわり、「腹落ち」が弱いがゆえに"凍死"しかけている企業が少なくないように、私には見える。

(入山 章栄 : 早稲田大学ビジネススクール教授)