アニメ版の制作はピーエーワークスが担当。アニメ化を見据えて会社で稲作を実施していたという(画像はTVアニメ『天穂のサクナヒメ』公式サイトより)

出荷本数150万本、農水省とのコラボも

TVアニメ『天穂のサクナヒメ』が2024年7月6日より放送開始となった。

本作は同名のゲームが題材となっているのだが、実は元の作品はそこまで大規模なタイトルではなかった。というのも、当初の売り上げ目標は3万本ほどだったという。

『天穂のサクナヒメ』は同人サークル「えーでるわいす」が開発したインディーゲーム(独立した個人や小規模チームが制作するゲーム)であり、大きなチームによる大作というわけではない。

しかし、本作は全世界累計出荷本数150万本を突破しており、今回アニメ化され、さらに農林水産省とのコラボまで行われているのだ。

少人数で開発するインディーゲームは昨今特に注目されているが、『天穂のサクナヒメ』には日本ならではの要素がある。そして、それこそ本作がここまで大きく育った理由なのだ。

本作の主人公は、豊穣神である「サクナヒメ」。彼女はもともと神々の都に住んでいたものの、とある事件をきっかけに数名の人間と一緒に孤島へ行くはめになってしまう。

孤島では、米づくりをしながら島に巣食う鬼と戦うことになる。ゲームとしては敵と戦うアクションゲームパートと米づくりシミュレーションパートに分かれており、両方をこなすことで物語が進行していく。


ゲーム版『天穂のサクナヒメ』。米づくりをしながら「ヒノエ島」を探索していくのが目的のゲームとなっている(画像は任天堂公式サイトより)

リアルに近い米づくりが大きな話題に

大きな特徴は、いい米を作るとサクナヒメが強くなるという部分だ。丁寧に田を耕し、稲を適切な間隔で植え、適度に水を張って肥料をやり、秋には刈り取って干して脱穀……と、米づくりの一連の流れが入っているのである。

このリアル寄りの米づくりが発売当初は大きく話題になった。全農広報部がゲーマー向けに稲づくりの資料を紹介したり、現実の稲作の方法からゲームの攻略方法を見つけようとしたりする動きまであったほどである。日本農業新聞で取り上げられるなど現実を巻き込みつつ、現在は農林水産省とのコラボにまで至った。

ゲーム中には塩水選(塩水で良い種籾を見分ける方法)や足踏み精米機なども用意されており、さまざまな資料をあたって米づくりについて調べたであろうことがわかる。


米には味・量・香などのステータスがあり、どのような米を目指すのかもプレイヤー次第となっている(画像は任天堂公式サイトより)

また、本作の舞台は現実世界ではないものの、日本神話を思わせる世界設定になっているのが重要だ。『天穂のサクナヒメ』には日本らしさが詰まっている。稲作や日本神話風の世界設定はもちろん、『アクトレイザー』(※)を参考にゲームシステムを制作しているのも、日本の制作者から生まれたゲームだからこそだろう。

※『アクトレイザー』は1990年にエニックスから発売されたスーパーファミコンタイトル。アクションパートと街作りシミュレーションパートのふたつの要素で構成されている特殊なシステムで、日本での知名度が高い。

そして何より、「米づくりのイヤなところ」に少し触れているのが重要だと筆者は考えている。

ゲームはあくまで娯楽であり、主な目的はプレイヤーに面白さを与えることだ。意図的に不快感を与えることもあるものの、それでもたいていのゲームは楽しく遊んでもらうことを目指す。


アクションゲームとしても悪くないのだが、より米づくりによる成長要素に重点が置かれている印象だ。ゲームに不慣れな人でも遊びやすいといえる(画像は任天堂公式サイトより)

『天穂のサクナヒメ』は確かにリアル寄りの稲作が楽しめるものの、あくまでゲームとして落とし込んだ簡易的なものである。現実ではありえない便利なアイテムも用意されているし、大変な米づくりもゲームを進めると楽になっていく。ゆえに、娯楽であることは間違いない。

一方で、前述のように本作は米づくりの苦労を語るのだ。主人公のサクナヒメはもともとやる気がないうえに、田を耕すときは途中で切り上げようとするし、苗の植え付けのときには腰が痛いとすぐ文句を言う。

仲間たちと田植えをするときにいたっては、仕事のしんどさのせいで全員が喧嘩をはじめてしまう。結局、「植えよ根付けよ」と田植え歌を歌い気持ちをごまかしながら、地道な仕事をこなすのである。

もしシンプルに娯楽を目指すのであれば、上記の要素をなくして「明るく楽しい米づくり」といった方向性もありえただろう。しかし、『天穂のサクナヒメ』はそういう選択をしなかった。なぜかといえば、米に対する感情を描くにはそれが必要だったからだろう。

とくに日本での人気が高い

食事の際、米粒を残すことがマナー違反とされることがあるように、日本人は農業従事者でないにしても米を作ることの苦労を知っているわけだ。あるいは、1粒の米に7人の神様がいるといった考えもあるように、米に何かを見出している。

つまり、日本人にとって米はただの食べ物ではなく、米農家の汗の結晶であり、あるいは信仰の対象とすらいえる複雑な存在なのである。そして、米づくりの苦労も米粒の中に入っていると考えているのだ。

『天穂のサクナヒメ』は特に日本での人気が高い。世界累計出荷本数が100万本を突破した際には、そのうちの6割が国内販売本数であったと発表されている。この国内人気は、米に対する日本人の機微を描けたからこそ得られたのだろう。本作のキャッチコピーは「米は力だ」である。この言葉にも、米に対する思いが詰まっている。

そうした世界観がアニメでどのように描かれるのか。ゲームと同様に視聴者の心をつかむことができれば、食料自給率の低い日本にとって、農業への関心も高まる絶好の機会になるに違いない。

(渡邉 卓也 : ゲームライター)