小売企業の成長戦略を取材するなかで、「店舗の大型化」や「新規事業」「派生ブランド開発」以上に重点課題として挙げられることが多いのが「EC・オムニチャネルの強化」と「グローバル展開」だ。いまや国境を超えたクロスボーダー取引は当たり前で、「海外×EC・オムニチャネル」はハイブリッドで達成すべきものである。ただし、そこには、「越境EC」と「グローバルEC」という、似て非なる施策がある。とくにグローバルECプラットフォーム「リングブル(Lingble)」を率いる代表取締役CEOの原田真帆人氏は、「本気で成功させたいなら、絶対にグローバルECを構築すべきだ」と断言する。一般的に越境ECのほうが手軽で参入しやすく着手企業も多いが、なぜグローバルECを選ぶべきなのか。原田氏が直面したECの海外展開における数々のトラブルと、失敗から学んだ成功法則を紹介する。

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「僕たちはシェルパ。高い山に速く効率的に登るための戦略や解決策を提供する」

――「Journey further, together」を合言葉に掲げるリングブルのミッションとは?

グローバルECにまつわるテクノロジー、流通、マーケティングなどのトータルソリューションを提供するプラットフォームだ。グローバル展開に挑戦する企業のブランドジャーニーに本質的で長期的な視点で寄り添い、クライアント・パートナーと一体で、包括的なシステムとチームワークでクライアントのブランドをより高く遠くへ成長させることをミッションに掲げている。

――自らを企業のブランド力を高める「シェルパ」と称している理由は?

事業の成長は登山に似ている。高い山を目指す場合、どんなに良い装備やシステムを用意しても、山登りをしたことがない人は登れないし、死ぬ危険すらある。しかも、準備をしたとしても、法律もシステムも流通も決済もどんどん変わっていくからそれに対応しなければならない。さらに、それぞれの国や地域で全く異なる様相で動いているので、一つのソリューションを入れたからと言って簡単に登れるわけではない。それくらい海外でECを成功させるには数々の難所が存在しており、我々自身も何度も崖から落ちたり死にそうになったりもしてきた。特に海外でECを成功させるためには、法律や商習慣、主要決済方法や物流事情、競合状況や刺さるマーケティング手法や、影響力のあるSNSなど、世界各国で異なる現状にすべて対応しなければならない。それらを深く理解し知見を集めてきた我々が「シェルパ」になり、一緒にロードマップを組み立て、山頂に登る支援、つまり、企業のブランディングやグローバルECの成功を支援しようとしている。

リングブルのサービスを紹介するビデオ。企業の事業成長を登山に例え、それを支援するリングブルは自らを「シェルパ」と称する

――具体的な業容や、ユニークポイントは?

グローバルECの戦略策定から始まり、D2Cに特化したストアの構築、テクノロジーやシステム連携を駆使した在庫管理の最適化、さらには、世界で100種類以上対応している決済手段の中で最適なものを導入したり、固有の市場にマッチしたデジタルマーケティング、データの収集と分析、検索エンジンの最適化、多言語でのカスタマーサポート、国際配送手段と通関手続きマネジメント、返金・交換マネジメント、顧客満足確立などなど、グローバルECの構築から運用、売上拡大に必要なソリューションを、各企業・ブランドの状況に応じてカスタムメイドで提供している。コミュニティ形成や現地の有名小売店や代理店の紹介なども行う。2023年初頭には「ピーク・パフォーマンス事業部」を立ち上げた。「マーケティングの素材が作れない」「英語ができない」「仕事の掛け持ちで十分な労力が注げない」「展示会時期や繁忙期なので時間が取れない」など、クライアントのボトルネックを解消するソリューションを提供することで、成長スピードを速めるサービスも提供している。組織もユニークかつ優秀な人材が集まっている。共同設立者でもあるCOOはニューヨーク大学のロースクールを卒業した世界的法律事務所の元企業弁護士、CTOはオーストラリア人でフィンテック、ブロックチェーン、eコマースなど高度なソフトウェア技術とソリューション設計のスキルを持つ。さネッタポルテの共同創業メンバーでファーフェッチで技術部門のトップを務め、直近ではLVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトンのECの技術責任者だったデイヴィッド・リンゼイ(David Lindsay)が非常勤取締役で技術顧問を務めるなど、各分野のプロが経営に参画している。私自身がフランス在住で東京と行ったり来たりしつつ、本社はシンガポールに置き、欧米アジアに加えて南米や中東を含めた世界34カ国・100人のメンバーが活躍する多様性のある企業だ。言語だけでなく文化のトランスレーションも得意で、24時間体制で顧客やクライアントのサポートができるのも強みだ。

――トラブルや失敗から学んだ知見を生かす

――多くの失敗から学び、作り上げたソリューション型事業でもあるが、どのようなトラブルを経験してきたのか?

2009年から「デニミオ」という、日本製のデニムを海外に販売する越境ECを展開し本当に痛い思いをしたことが、2016年に始動したグローバルECプラットフォームであるリングブルの構想につながった。クライアント企業の失敗やつまずきも反面教師になっている。トラブルは枚挙にいとまがない。

・不正利⽤検知サービスを導⼊していたにも関わらず、不正利用され⽉間1000万円のチャージバック請求が届いた・決済会社から⽚道4%の為替⼿数料がチャージされ儲けが少ない・日本以上に返品が多く、返⾦コストが膨⼤に・通関で何週間も荷物がストップ・国際配送時に消費者に関税の⽀払いを拒否され、損金が発生・配達の最中に紛失や盗難が多発・毎⽇変動する為替や⼊⾦のタイミングの違う様々な海外決済の⼊⾦の突合せで経理への負担が膨⼤に・障害者差別を禁止するADA(障害を持つアメリカ人法: Americans with Disabilities Act of 1990)に対応したアクセシビリティになっていなかったため訴訟された・商標問題による訴訟に巻き込まれた・各国のプライバシー法に対する対応に苦慮・異なる常識を持つ各市場にカスタマーサービスを最適化させるのに苦労・現地取扱店とのバッティングが発⽣し、⼈気はあっても撤退を強いられた・異なる国や⽂化、時間帯に合わせたグローバルリモートチームの構築・運営に苦戦

……などがあった。

なぜ「グローバルEC」なのか?

――越境ECやローカルECだけでは上記のトラブルを解決することは難しいというが、改めてそのメリットやデメリットとは?

越境ECは、自社ECの言語対応というケースや、各国で個別に人気のECモールやECプラットフォームに載せて展開したりするなど、比較的簡単に低コストでクイックに販売を開始できるというメリットはある。一方で、規模が拡大するにつれて問題が噴出しやすく、ブランディングにも寄与しにくい。しかも、越境ECや国・エリアごとの縦割りのローカルECでは、各国サイトでドメインやアカウントがバラバラになり、グローバルでの総トラフィック数や総アクセス数は増えても、ドメインに蓄積しないのが致命的だ。SEOの上位に上がりにくいだけでなく、複数サイト間のSEOの調整費用も発生する。本国の公式サイトと海外の現地子会社や代理店、販売店などで競合したり、販売価格がばらつき、不公平感も生じやすいし、ブランディング的にもマイナスになる。在庫も各国ごとに分断されがちだし、不振や不祥事なども含めてブラックボックスが生じやすくなる。さらに新規国に事業展開する場合には、新たにその国向けにサイトやオペレーションを立ち上げなければならない。すべてにおいて非効率だ。

――逆に、グローバルECだからこそ実現可能なこととは?

グローバルECでは一つのプラットフォーム上で越境ECとローカルECをダイレクトにつなげ、最適なサイトに自動的にダイナミックに表示を切り替えることができるため、アクセス数がグローバルで積み上がり、効率的にブランド資産やドメイン資産を蓄積することができる。SEO対策にもなるし、新規参入国でも開設直後から上位に表示されてトラフィックに寄与する。在庫も一元化し世界各国での在庫状況が把握できるため、在庫管理や顧客管理が進み、効率的で収益性や成長性が高い事業に転換することが可能になる。たとえばユーザーがフランスのIPアドレスから入れば、フランスのディストリビューターのサイトが表示されるが、次のページにはフランスのディストリビューターが扱わない、他国で販売する商品を表示することもできる。たとえば、ローカルでは人気の高いスキーウエアを中心に販売しているが、グローバルで展開するアパレルやスニーカーを見せたりすることもできる。しかも、購入されたら商品を発送した倉庫を管理した国やエリアに売上げがつくようにしている。また、グローバルでカスタマーサポートやマーケティング、ブランディングを行うことで、世界各国のリアル店舗との相乗効果を発揮できることになる。オフラインと連動することでオンラインのマーケティングが効果的になるし、オンラインへの投資が将来のオフラインや事業全体の成長の基礎になると理解することが重要だ。世界市場を対象にワン・プラットフォームですべての国のECを管理し、現地子会社や代理店・ディストリビューターを含めて、すべての国のECをオーケストレーションすることで、運営は効率的になり効果を発揮しやすくなる。世界に目を向けることでビジネスが加速し、ブランドの育成や長期的なビジネスの拡大が可能になる。

――現在の導入クライアントは?

LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトングループやデサント、TSIホールディングス、エドウイン、タトラス、グラミチ、エース、ダスキン、ブラザー、スワンズ、コクヨ、ロゴス、デザイナーズブランドのトム・ブラウンなど、クライアント数は約20社となっている。変わりどころでは、クラウドファンディングのマクアケなどがある。これからセレクトショップなども加わってくる。登山したけれども方法が間違っていたと気付いて仕切り直そうとしている企業や、まだ登山をしたことがなくて山を見上げてどうしようかと思案しているところなど、各社の置かれた状況はまちまちだ。フィーは商品取扱高に対する売上げ歩合い、または定額のいずれか高い方を報酬としていただくことを基本としていて、初期費用の負担を軽くしている。繰り返しになるが、我々はEC屋やツール屋ではなく、企業・ブランドのグローバル展開のパートナーだ。クライアントの課題に即した登山ツールの入ったバックパック=システムや、パーソナライズされたグローバル・ブランド・ジャーニー、テクノロジーのオーケストレーションなどのソリューションを提供していく。登山の重要拠点であるベースキャンプでの戦略策定や食料補給策、つまり、山に登りきるための長期的なブランディング戦略や、海外でのクリエイティブ作成、SNS運営やペイドメディア施策、コミュニティ作りやその運営などをインターナショナルのカスタマーチームとともに行っていく。登山パーティの中で不足しているメンバーの補填=スキルや知識、運営サポートなども行っているところだ。