(※画像はイメージです/PIXTA)

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20〜30代で貯蓄がまったくできていないという世帯は少なくありません。さらに、これは収入が特別低い世帯に限ったことではないのです。根本的な原因はどのようなことなのでしょうか? 本記事ではAさんの事例とともに、物価高に負けない家計の回し方を長岡FP事務所代表の長岡理知氏が解説します。

日本人の平均貯蓄額「1,900万円」の衝撃

「日本人の貯蓄額の平均額」という話題は、テレビやネットでよく目にすると思います。総務省統計局『家計調査報告(貯蓄・負債編)2023年(令和5年)平均結果』によると、2人以上の世帯では1世帯当たり、1,904万円となっています。約1,900万円もの貯蓄が平均値だというのです。中央値でも1,107万円です。これは預貯金・生命保険・有価証券・その他手持ちの現金などの合計で、不動産の評価額は含まれていません。いざとなったらすぐに使えるお金と考えていいでしょう。

これを見て、「我が家はそんなに貯金はないな……」「我が家だけが貧乏なのかな……」とがっかりする人は沢山います。

しかし多くの方が想像するとおり、これにはリタイア世代の貯蓄額が含まれています。年齢階級別に見ると、40歳未満の貯蓄額の平均は782万円、70歳以上は2,503万円となっています。そうはいってもなかには「40歳だけど、782万円もないよ……」と嘆く方もいるでしょう。

金融広報中央委員会「家計の金融行動に関する世論調査」[二人以上世帯調査](令和5年)によると、貯蓄ゼロの世帯は20代で36.8%、30代で28.4%となっています。金利が高く退職金にも恵まれた現在のリタイア世代や、バブル景気とそのあとの時代に就職した40歳以上と、いまの20代〜30代の世代を同列に扱い平均値を出すと、まるで実感のない数字になってしまいます。

FPの立場から会社員世帯の家計を見ていると、これらの統計とは少し違う実感があります。住宅の購入を検討している世帯ですら、貯蓄がゼロに近いケースが多いのです。

30代の夫婦で貯金がゼロ。これからもお貯金を貯まられる気がしない。そんなある世帯の事例をご紹介します。

世帯年収650万円だが…「お金をまったく貯められません」

<事例>

夫Aさん 32歳 年収400万円 会社員
妻Bさん 32歳 年収250万円 契約社員
子供 5歳、3歳
2人とも退職金制度なし
貯金0円

AさんBさん夫妻は、どちらも中小企業に勤務する会社員です。

世帯年収は650万円。夫のAさんが勤める会社はコロナ禍で打撃を受け、この3年間昇給していません。妻のBさんは2人目の妊娠を機に、残業が多かった前の職場を辞めて転職しました。しかし小さな子供を抱えているため希望どおりの年収の職には就けませんでした。現在は契約社員としての立場です。

2人の最近の悩みは、貯蓄がまったくできないこと。「最近」と言いましたが、結婚してからずっと貯蓄できたことがありません。常に「その月暮らし」をしてきたのです。

そろそろマイホームが欲しいと考えていますが、当然自己資金はゼロ。妻Bさんは契約社員であるため、ペアローンは借りられません。夫Aさんだけの年収では、新築の家を手に入れるだけの住宅ローンを借りることは不可能です。たとえ住宅ローンを借りられたとしても、いまの家計では返済は難しいだろうと思っています。毎月7万5,000円の家賃の支払いもギリギリの状態です。

毎月の手取り収入と支出はほぼイコール、自動車税などの納税や車検、家電の故障などの臨時支出があると赤字になってしまいます。その都度クレジットカードを使って赤字分を補っていますが、翌月の返済が苦しくなり、カード会社のアプリを使い分割支払いを利用することもしばしばです。

自動車ローンやショッピングローンなどの借入(つまり借金)はありませんが、「生活がいつも苦しい」という思いが付きまとっています。ニュースなどで物価が高くなっていると聞くたびに心が苦しくなります。ガソリンスタンドでレギュラーガソリンの単価を見ると、ため息が出ます。

生活が苦しいため、最近生命保険(死亡保険と医療保険)をすべて解約しました。自動車保険も車両保険の部分を解約。スマホも格安SIMの月980円のプランにしました。データ容量が少ないため非常に不便なのですが、やむを得ません。自宅の光回線も解約しました。

電気料金も節約するため、子供達が寝たあとはリビングで乾電池式のランタンを使っています。夫Aさんの趣味だったテニスサークルも退会して会費を節約。フリマアプリでテニス用具も売ってしまいました。

節約のためにAさんは毎朝お昼ご飯用のおにぎりを3つ握っています。1つは妻Bさんに。もう2つは自分用に。これだけで済ますこともあれば、コンビニで小さな惣菜やホットスナック、お菓子を買って腹の足しにすることもあるそうです。

それでも生活の苦しさは変わりません。夫Aさんのスニーカーは底に穴が開いていますが、雨の日には浸水するものの、それ以外の日は支障ないと、新しい靴を買うのを躊躇してしまいます。

こんな状況から脱却しようと夫婦でFPに相談してみることにしました。

貯蓄ができない理由

「世帯年収650万円はたしかに高所得ではないけれど、こんなに貧乏な生活になる年収ですか? 世の中の人たちはもっと収入が高いのでしょうか? 昨今、『子供は嗜好品』などともいわれる時代ですが、では、子供がいるからでしょうか? 年収が下がったのは私の退職も原因ですし……」

妻BさんがFPに質問します。

「いいえ、決して生活ができないような収入ではありません。地方都市であればむしろ上位の年収の世帯です。子供のせいではないといえるでしょう」そうFPが答えます。

「ではなぜこんなの苦しいのでしょうか? もう限界なんです」夫Aさんが続けます。

FPが指摘したのは、家計管理の基本といえるものでした。

「原因はシンプルです。貯金がないから、そこに尽きます」

家計のやりくりは単純な足し算と引き算だけでは決まりません。

収入−支出=貯金

確かにそのとおりですが、実はこれだけではないのです。

・月次と年次のキャッシュフローと資金繰り
・月ごとの支払い日が到来するタイミング

上記のほうが重要なのは多くの人が気づいていません。家計管理は企業の財務と同じで「資金繰り」が重要なのです。企業が倒産するときは赤字が原因ではなく、資金繰りがショートしたときです。これは家計もまったく同じなのです。

AさんとBさんの家計を計算していくと、年単位の収支はなんとか辻褄が合いますが、月単位では赤字と黒字を激しく繰り返しています。車検がある月は大赤字、奇跡的になにもない月は黒字という具合です。

家計管理が上手くいっている世帯では、この赤字の月に対応できる「運転資金」を持っています。つまり貯金です。年間の収支は黒字であれば、貯金を運転資金として少し使っても、結果的に貯蓄口座の残高は増えていきます。もし運転資金がなければ、赤字の月に対処が難しくなります。

貯金のないAさんとBさんは、運転資金をクレジットカードに頼っています。年間の収支がプラスマイナスゼロもしくはややマイナスであるため、時間の経過とともに家計が切迫していきます。当然貯金はできません。いずれキャッシングやフリーローンが必要になり、その返済でも苦しむことになるでしょう。

これが「年収はそれなりにあるのに生活が苦しくなる」世帯の月次キャッシュフローの構造です。

これに加えてAさんの場合は、給料日と支払い日のズレの問題もありました。Aさんの勤務先では「末締め、翌10日払い」の給与制度なのです。これに対して、各種支払い日は27日。クレジットカードの支払い日も27日です。

すべてクレジットカード払いにできたら管理が楽になりますが、金額が大きい保育料の支払いはクレジットカードでは出来ないことが多いでしょう。給料日と支払い日のズレと、現金払いとクレジットカード払いの混在が管理を一層難しくさせています。ETCの料金も利用したタイミングによっては翌々月の請求となるなど、家計管理の複雑さに拍車をかけてしまいます。

Aさん世帯の生活の苦しさは、運転資金としての貯金がないことが根本的な原因のひとつでしょう。

しかし、一度資金繰りの負のスパイラルに入ってしまうと、貯金を作ることは極めて困難になります。収入額と支出額、支払日の3つが同じままでは「自転車操業」を繰り返すだけです。

AさんとBさんは医療保険も解約しているため、もし1ヵ月入院をしたら家計破綻に繋がりかねません。自動車保険も解約しているので、もし車をぶつけて50万円の修理費が必要になったとしても支払うためにメンテナンスローンを利用することになります。その結果さらに家計は苦しくなります。

では、Aさんが貯金を作っていくためにできることはなにがあるでしょうか。

統計データだけではみえない各家庭の貯金の実態

政府の統計データとして、40歳以下の平均貯蓄額は782万円であるということを先述しました。この貯金を作った方法については統計で知ることができません。

FPの相談現場において、世帯主35歳以下の世帯かつ1,000万円以上の貯金がある世帯に限定して質問してみると、主に次のような回答がありました。

【貯金を作った方法】

・祖父母からの現金の相続(あるいは相続財産を売却)
・定期的な貯蓄の習慣
・結婚時・出産時の祝儀
・父母の生命保険金
・副業が成功した
・有価証券等が値上がりした

このうち、定期的な貯金の習慣、たとえば毎月5万円ボーナス時15万円を貯めていくなどの方法によって自力で1,000万円に到達した世帯は決して多くはありません。それはすべて年収が高い世帯に限られます。

そのほかは相続や死亡保険金などの収入や、副業や投資(あるいはその両方)によるものです。

年収が高くなく相続や副業などによる収入がない世帯は、思うように貯金が作れないばかりか、Aさん世帯のように資金繰りの負のスパイラルに陥る傾向があります。

「生存はできるけれど、豊かな生活には届かず、将来の不安がつきまとう」という気分に苛まれるかもしれません。早く貯金を作る必要があります。

節約や投資で資金繰りを向上させることは難しい

Aさんの世帯が資金繰りの負のスパイラルから脱するためにはどんな行動が有効でしょうか。多くの人が考えるのが、節約、次に投資でしょう。

しかしこの2つは決して優先順位の上位にはありません。節約はQOLを落とすことに繋がります。小さな子どもがいる家庭では節約しすぎによる弊害のほうが大きくなります。Aさんの家庭では自宅にWi-Fiがなく、子供にとってのデジタル環境に遅れが出る可能性があります。旅行など家族のイベントを削ってもさほど節約効果がないばかりか、子供の体験の量を阻害するだけでしょう。

かつて日本経済が安定的に成長を続け、終身雇用と昇給、退職金が期待できた時代であれば、一時的な節約も家計改善に効果がありました。しかし現代では生活を縮小させても、収入も同時に縮小してしまいかねません。節約だけではリスクが高いのが現実です。

また、投資は家計の資金繰りの解決にはなりえません。特に積み立て投資はあくまでも老後資金を多少増やすだけの目的で始めるものであり、毎月の家計を助けるどころか支出を増やすだけで収支を悪化させてしまいます。このように考えると、解決策としては世帯収入を増やすということが有効であるように思えます。

世帯収入を増やすためにやれること

「収入を増やすなんてできたらいいけど難しいよ!」と思う人が多いかもしれません。

かつての日本社会ではひとつの会社を勤めあげることが美徳でしたし、それによってライフプランが成り立つ経済環境だったと思います。お金のことはあまり考えず、一生懸命仕事に励めば家計は豊かになっていったことでしょう。しかし現代では、そろそろ世帯年収を上げることを意図的に目指すべきときに来ているかもしれません。

世帯収入を増やすためにはいくつか方法があります。

・配偶者の年収アップ
・自身の昇進
・自身の転職
・副業(兼業)

配偶者が「扶養の範囲内」にこだわる方も多いのですが、子育てや親の介護、健康面など特別な理由がない限り、わざわざ収入を抑えるべき正当な根拠はありません。就職活動が成功するかどうかの問題はありますが、できる限りフルタイムでの勤務を目標にしたほうが、資金繰りとしても老齢年金など社会保障面としても、金銭的メリットがあります。

続いて、昇進について。もっともあてにしてはいけない方法かもしれません。中小企業では昇進しても年収が上がるとは限らず、責任と労働時間だけが増える結果になることもあります。しかしいまの仕事を頑張ることで中期的に生活が改善できるのであれば、昇進を目指す意味があります。

転職については、多くの人にとって興味があるところでしょう。転職希望者向けのウェブサービスは過去にないほど活性化し、情報を入手しやすくなっています。しかしいまよりも条件のいい転職ができる可能性があるのは30代半ばまで。転職に何度も失敗すると、多くは年収が落ちていくことになります。

副業(兼業)を真剣に考えるべき時代に

最後に副業(兼業)についてですが、これはかつての会社員にとってタブーとも言えるものでした。ほとんどの企業が就業規則で兼業を禁止していたはずです。最近大手企業を中心に兼業を解禁する動きがありますが、特に地方の中小企業では依然として禁止しているケースが多いでしょう。

これは兼業によって、利益相反行為や顧客情報の不正利用、兼業で得た利益の無申告行為、ネットワークビジネスなどによって社会的信用を失うこと、時間給で兼業をし健康面での不安、などのデメリット面を企業が恐れているからです。もちろん就業規則は遵守しなければなりませんが、勤務先に人生を預け切ってもいいものなのかは疑問が残るところです。

副業(兼業)は時給で働くものではなく、あくまでも自営として取り組むと業務をコントロールできるため、勤務先が不安視するデメリット面を解消しやすくなります。

副業で得た税引き後の利益は家計を直接的に助けてくれます。月の利益が5万円〜10万円程度のスモールビジネスでも、それで生活することは不可能でも副収入としては十分なものになります。家計の収支を改善させ、短い期間で貯金ができれば資金繰りも安定してきます。そのあとで資産運用など次のステージに移ってもいいでしょう。

事例の夫Aさんは大学生のときからカメラが趣味で、大切にしてきた機材を売らずに手元に残していました。このカメラを使い、「マッチングアプリのプロフィール写真」を安価で撮影する副業を始めたところ、着実に売り上げがあり、平均して月4万円程度の利益を残せるようになりました。

土日だけを使い、屋外で撮影するためスタジオなども不要、撮影時間もさほど長くありません。お客さんの満足度も高く、勤務先に迷惑も掛からないことから、「いい副業をみつけた」とAさんは喜んでいます。

このまま継続するだけで貯金ができて資金繰りが改善します。そうなるとマイホームのための自己資金が用意できるかもしれません。また妻のBさんの年収が上がったら、より健全に家計を運営していけるはずです。

これからの時代は副業をタブー視せず、家計の資金繰りの目的で取り入れてみてはいかがでしょうか。ただし副業を騙る詐欺も横行しているため、十分に気をつける必要があります。
 

長岡 理知

長岡FP事務所

代表