全自治体に対して「2025年度」までと定められている基幹系システムの移行をめぐって、現場からは切実な悲鳴が相次いでいる(撮影:風間仁一郎)

国が定めた「2025年度まで」という期限を前に、全国の自治体が一斉に進めるシステム大移動。自治体ごとに異なる仕様書に基づいて作られてきた住民記録や国民健康保険など計20のシステムを、政府が示した共通基準に合うように作り直し、政府が整備する「ガバメントクラウド」上で稼働させる巨大プロジェクトだ。

しかし、デジタル庁が3月上旬に公表した調査結果では、全国の約1割の自治体が期限内の移行が困難であると回答した(詳細はこちら)。タイムリミットまで2年を切る中、現場はどんな状況にあるのか。各自治体のシステム担当者に実情を聞いた(取材を基に座談会形式で構成)。

A:一般市(北海道)、B:町役場(中国地方)、C:特別区(東京都)、D:政令市(九州地方) 、E:一般市(甲信越地方)、F: 中核市(北陸地方)

ベンダーが見つからない

――約1割の自治体で、2025年度までのシステム移行が困難になっていることが明らかになりました。なぜ遅れているのでしょうか。

A 現在契約する中堅ベンダー(※システムの構築や運用を担う事業者)が「対応できない」と撤退の意向を示したので、一部業務で期限内の移行を断念せざるをえなかった。ベンダーも現行のシステムを大きく作り替える形で新しいシステムを開発するとなると、単純な更新作業とはかなり工数が違って、対応が難しいようだ。

国は既存ベンダーだけでなく、フラットにさまざまな業者を検討すべきと言っているが、そう簡単な話ではない。他のベンダーを探しても、全国一斉で進められている今回のプロジェクトへの対応でベンダー側も人手が逼迫しており、既存顧客以外に新規対応してくれる業者は極めて少ないのが実情だ。


B うちの場合、契約する地場ベンダーに継続して移行を担ってもらえることにはなった。ただ、現行システムが独自開発した仕様になっている関係で移行作業に時間がかかり、完了は期限の翌年度になりそうだ。

ベンダー側はSEが不足しており、他自治体でも五月雨式に間に合わなくなりそうだ、との話も出ていると聞く。今後、期限内の移行が困難な自治体はさらに増えていくのではないだろうか。

C ベンダーの人的リソースが不足しているのは、大手の事業者であっても同様だ。特別区などの大都市の場合は、名前を知られている大手との契約が多い。われわれも基本的には現行ベンダーとの契約を継続するかたちを取っているが、それでも一部では間に合わないと言われている。

――自治体のシステムをめぐっては、仕様がバラバラになっていることで業務が非効率になっている点が指摘されてきたほか、自治体が特定のベンダーに頼り切りになる「ベンダーロックイン」を問題視する声も挙がっていました。今回のシステム標準化によって、そうした問題は解消されるとみていますか。

C 各自治体でシステムを個別にカスタマイズしていたことで、金銭的コストや人的負荷が必要以上にかかるといった問題が解消されるという利点はある。

A 国が用意するクラウドを利用してシステムが標準化されると、システムを乗り換えたいとなったときに、ベンダーも比較的乗り換えやすくはなるはずだ。ベンダー同士の競争力が働くようになり、特定ベンダーに依存し続ける状況が解消されるのは、公平性の観点から望ましいと思う。

D ベンダーロックインの解消という意味では、読めない部分もある。今回の標準化に当たって、業務によっては規模が小さいベンダーが撤退しているケースもある。結局大手にしか請け負えないといったことになれば、はたして本当に将来的に乗り換えがしやすくなるかは疑問が残る。

E 市民生活にとっては、今回の移行で直接的な利点があるわけではない。競争環境の変化に対応するために、ベンダー側が市民向けの新しいサービスを積極的に開発するようになれば、便利な行政サービスを使えるようになるといった展開は期待ができる。

ただ、そこまで辿りつくのはまだまだ先の話。システム標準化は、あくまでそのための「基盤作り」といった位置付けだ。

コストは「3割削減」どころか…

――政府は、標準化などを進めることによって、自治体のシステムの運用経費を2018年度と比べて「少なくとも3割削減」することを目標としています。費用削減効果は期待できそうですか。

A 政府はクラウド事業者と一括契約することによって割り勘効果が働き、利用料が安くなると説明しているが、その点について私は懐疑的だ。

現状、われわれの試算や、先行自治体の状況を見ても、コストのメリットがまだ見えてこない。クラウドに接続する回線などの経費もかかるので、簡単に3割減という効果は出せない。予算に関わり、議会も気にするところだ。

C 同感だ。本来であれば、クラウドを共同で使うことによるコストメリットが期待されるものの、クラウドの利用環境がドル建てで、円安などの影響で当初想定よりも高くなるとの話も聞いている。

B うちの町の試算では、むしろ現在よりも大幅に費用が高くなってしまう見込みとなっている。ランニングコストは、現在の3〜4倍かかるとの試算だ。

政府が法律で決めてしまったのでやらざるをえないが、これだけ高くなるならはっきり言って何のためにやるかわからない。

――標準システムに移行した先で、クラウドサービスはどう選びますか。昨年11月、ガバメントクラウドの提供事業者として、AWS(アマゾン ウェブ サービス)など外資系4社以外で、さくらインターネットが初の国内事業者として条件付きで採択されました。

C クラウドについては基本的に、ベンダーのほうから「ここを使わせてほしい」というような話が結構ある。本来は自治体側で選べるのが望ましいが、そこで問題なければそれでいいかなとも思う。最終的に、外資系になりそうな気はしている。

E 自治体に裁量権がないのは、まさしくその通りだ。

今のベンダーは、「このクラウドでいきます」と話を持ってくることが多い。個人情報を海外の業者に渡すのはリスキーだし、さくらのような国内のクラウドは大事だと考えるが、ベンダーに「このクラウドでやってほしい」と頼んでも、向こうも人手不足で困るという話になる。もう少し期限に余裕があれば、選択できる余地も出てくるのではないか。

B 役場では、私が他の業務と兼務しながら、ひとりでシステム業務も見ている状態。正直、どこの事業者がいいとか、技術的な話がわかる職員もいない。

ベンダー側の意向でAWSになりそうだが、ベンダーを飛び越えて何か決めるというのがそもそも難しいのが本音だ。

今の現場はかなり混乱している

――全国一斉に移行することでトラブルが発生し、住民が不利益を被る懸念はありませんか。

D 今は過渡期で、新・旧両システムの移行や連携の部分をどうするかというところで、かなり混乱している。最善を尽くしてはいるものの、なかなかこちらのイメージ通りとはいかない。システムを移行して蓋を開けてみたら、トラブルも大なり小なり出てくる可能性はある。

F 20年ほど前、市町村が合併したときにシステムの全面刷新を行ったが、当時は相当短期間で全面乗り換えをすることになり、合併当日の朝もまだ完成していないなど、窓口が大混乱に陥る状況になった。

今は当時以上にシステムに依存することが増えたので、トラブルが起きたときの影響もすごく大きい。今後2年という短い移行期間になっているが、慎重を期して対応したい。

E 同じく、市民サービスへの影響が極力出ないよう進めたいのは当然だが、正直心配なところはある。

ベンダーのSEが不足しており、今回のシステムとは全然関係ない担当だったSEも回ってくる。そういう中で無理に進めると、トラブルも起きかねない。新しいシステムが入ってから、職員の習熟度が低いことで現場が混乱することも懸念はしている。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)