今年の株主総会ではロシア事業に関する質問が集中、株主も不安を抱いているようだ(記者撮影)

「ロシア事業は現状のままやっていけるのか、不買運動が起こったりはしていないのか」

3月22日に開かれたたばこ大手・JTの株主総会。剰余金の処分、資本準備金の額の減少、取締役10名選任、監査役1名選任の4つの議案はすべて承認された。10時に始まった総会は11時28分に終了し、会場の出席者数は684人だった。

昨年の総会は、香港の投資会社であるリム・アドバイザーズから、JTの上場子会社である鳥居薬品への天下りの禁止や自己株式の取得などが提案され、否決されていた。今年は株主提案はなく、議事は粛々と進行した。

ただし株主が強い関心を寄せたのは、長引く戦争の影響が懸念される、ロシア事業の見通しについてだった。

直ちに事業停止せざるをえない状況でない

ロシア事業については事前に質問が寄せられ、質疑応答でも冒頭から3問連続で株主が質問に立った。総会では以下のようなやりとりがなされた。

――ロシア事業の見通しについて教えてほしい。

寺畠正道社長 ロシア事業は2023年度のグループ全体の売上収益に占める割合で約10%、調整後営業利益で約24%だった。2024年度の通期見込みではそれぞれ約9%、約21%を占める。

国内外における各種規制や制裁措置を遵守をした上で事業を継続しており、現時点で製品在庫や原材料の確保の観点から直ちに事業停止せざるをえないような状況ではない。

経営の分離を含めた選択肢についても並行して検討を続けている。各国の制裁、ロシア国内の法制度が頻繁に変更されており、より慎重な検討が必要になる。

――ロシア事業は現状のままやっていけるのか、今後の方針は?

寺畠社長 今はビジネスを継続することが可能な状況にある。来年、再来年以降も確実に継続できるかというと100%できるとは言えないが、継続すべく努力をしている。


2018年から代表を務める寺畠正道社長。ロシア事業存続に加え、加熱式タバコの巻き返しなど課題山積だ(撮影:今井康一)

われわれもロシアに4000人を超える社員がいる。社員、顧客、株主、社会からの要請、このバランスをとりながら、どのような形でロシア事業を継続するのか、最悪、切り離すかを検討していく。

――ロシア事業を継続していることで、欧州等で不買運動などは起きていないのか?

加藤信也・JTI(海外たばこ事業の子会社)副CEO 現時点で不買運動等が起きているということはない。しかしながら、不買運動も含めて支障をきたす可能性も排除できない。グループ全体としてロシア事業の継続が大きなネガティブな影響を与えることがあれば、それを考慮して継続の可否を判断する。

寺畠社長 ウクライナでJTIが「戦争支援をしている企業」とリスト化されたことを認識している。だが、同時にウクライナでもビジネスを継続し、1000人以上雇用もしている。工場を持ち経済にも貢献している。

先日、大統領から「今後の復興を考えると、ウクライナでこれだけ投資をかけているJTグループのように、日本企業にも支援をしてほしい」と発言いただいた。ウクライナでも一定の評価をいただいていることは付け加えておきたい。

――ロシアから撤退した場合の損失額を教えてほしい。

中野恵副社長 現時点では事業を継続しており、撤退について決定したものはない。ミスリードを避けるため、詳細な財務影響についての説明は控えたい。

モラル、雇用、利益、どう考えるのか

株主が質問を重ねるのは当然だ。ロシアは利益の2割を占める重要市場で撤退は大きな損失になる。また、JTは高配当銘柄としても人気がある。配当額の減少も考えられるため、投資判断に直結する。

アナリストも、以前から決算説明会で、この点について幾度も質問してきた。事業継続を説明するJTに対し「具体的にどんな出来事、トリガーがあれば撤退するのか」と説明を求める場面もあった。

ロシアからはマクドナルドやスターバックスなど、世界的な企業が撤退している。日本企業もトヨタ自動車などが撤退。ユニクロも全店営業停止状態(HPでは2023年8月末以降、店舗数はゼロの記載)だ。

たばこ業界では、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)が撤退。フィリップ モリス インターナショナル(PMI)も撤退の意向を表明したがまだ実現できておらず、JTIとともに戦争支援者のリストに加えられている。

JTは明確な撤退の意向について示しておらず「製造を一時的に停止する可能性もある」との声明にとどまっている。新規投資やマーケティングは停止した状態だ。

財務大臣が株式37.57%を保有

撤退について明確な基準を説明できない背景には、複雑な事情がある。寺畠社長が「社員、顧客、株主、社会からの要請のバランス」と語ったように、そもそも4000人のロシア社員の雇用を打ち切れるのか。急激な利益や配当の減少を投資家は許容できるのか。そして、日々人命が失われる中での事業継続はモラルとして許されるのか、といった複数の面から企業の責任が問われている。

PMIなど同業他社も撤退を進めるならば、仮に事業を売却するとしても売却先はロシア企業しかない。まず事業規模に見合った正当な売却額にはならないだろう。この点でも株主への丁寧な説明が必要になってくる。

そもそも、JTは民間企業でも特殊な会社。株式37.57%を保有する筆頭株主は財務大臣で、2023年はJTから単純合算で1293億円の配当金を受け取ったことになる。重要な決断を、経営陣だけで下すことはないだろう。

ロシアのウクライナ侵攻から2年が経過し、戦争は長期化している。さまざまに絡み合う要素の中で、何を優先すべきなのか。今後もJTは事業継続に関して、厳しく説明を求められそうだ。

(田邉 佳介 : 東洋経済 記者)