「根も葉もない噂を流す人」の心理とは(写真:beauty-box/PIXTA)

「精神科を受診する患者の最も多い悩みは、職場の人間関係に関するもの」と精神科医の片田珠美氏は言います。本稿は、片田氏の新著『職場を腐らせる人たち』より一部抜粋・再構成のうえ、職場の困った人たちの心理に迫ります。

根も葉もない噂を流すお局社員

職場のなかには、事実無根の噂を平気で流す人がいる。たとえば、不動産会社に勤務する20代の女性社員は、同じ会社の同期の男性と交際していたのだが、あるときから携帯に電話しても出てくれなくなった。そのうえ、社内でたまたま顔を合わせたときも、交際相手は目を合わせないようにして通り過ぎていった。

さらにショックな出来事が追い打ちをかけた。交際相手から突然宅配便が送られてきて、この女性が彼の誕生日やクリスマスなどにプレゼントした品々が詰め込まれていた。おまけに、「出会い系サイトで知り合った男と不倫して、その妻に会社に怒鳴り込まれるような女とはつき合えない」と書かれた、別れを告げる手紙も同封されていたのだ。

この女性はびっくり仰天した。出会い系サイトを利用したことも、不倫したこともなかったからだ。しかし、交際していた男性の手紙から察すると、そういう噂が社内で流れているようだったので、同期の一人に事情を尋ねた。

すると、驚愕の事実が判明した。この女性と出会い系サイトで知り合って不倫していたと称する男性の妻が、男性の携帯を盗み見て不倫の事実を知り、夜遅くに会社に怒鳴り込んできたところ、残業でただ1人社内に残っていた経理部のお局社員が「当該の社員はもう退職しましたから、当社とは一切関係ありません」と上手に説明して追い返したと、お局社員自身が吹聴しているというのだ。しかも、「これは秘密だけどね」という前置きをつけて。

話を聞いて、この女性は頭にカーッと血が上った。すぐにお局社員に電話して「なぜ嘘八百を言いふらすんですか」と問い詰めてやろうかと思ったほどだ。だが、そんなことをすれば、さらに何を言いふらされるか、わかったものではないと思い、ぐっと堪えたそうだ。その晩から、怒りと悔しさが込み上げてイライラし、さらに根も葉もない噂をばらまかれるのではないかという不安から眠れなくなって、私の外来を受診した。

お局社員は40代の独身で、とくに若い女性社員に対して厳しく、気に入らない社員がミスを犯すと、厳しく叱責する。しかも、それを後々まで蒸し返し、「あのミスのせいで、みんな大変だったのよ。二度とあんなことがないようにしていただきたいわ」「できない人が1人いると、大迷惑だわ。もっとスキルを磨いていただかないと」などと責める。

とりわけきつく当たられているのが、既婚あるいは男性と交際中の女性らしい。そういう女性からの経費請求には、必ずといっていいほど難癖をつけるため、自腹を切って必要な備品を購入している女性社員もいるほどだとか。そのうえ、「腰掛け気分で会社に来てもらったら困るのよね」などと嫌みを言う。

事実無根の噂を流された女性も、経費請求の際に不快な思いをしたことが再三あった。また、彼女が同期の男性と交際していたことは、社内では割と知られていたらしい。同期との交際に対して、お局社員が羨望を抱いた可能性も十分考えられる。羨望とは、他人の幸福が我慢できない怒りにほかならないので、この幸福をぶち壊してやりたいと思って、とんでもない噂を流したのかもしれない。

「イネイブラー(enabler)」が多い組織の怖さ

私が驚くのは、お局社員が流した噂を社内の多くの人々が信じただけでなく、さらに拡散したことだ。その結果、噂を流された女性の交際相手までがうのみにして、別れを告げた。お局社員の日頃の行状を聞く限り、こんな人の言うことをなぜ信じるのかと首を傾げたくなるが、それなりの理由があるようだ。

まず、お局社員は男性社員には非常に優しいという。若い女性社員に対する容赦ない対応が嘘のように、男性社員、とくに営業職の男性からの経費請求には甘く、とても親切で、面倒見もいい。だから、お局社員を姉のように慕っている男性もいて、噂を流された女性の元交際相手もその1人だった。

しかも、お局社員は管理職には平身低頭で、ゴマすりも上手らしい。この会社では、管理職はほとんど男性で、若い頃からお局社員に優しい対応をされてきたので、彼女を高く買っている管理職も少なくないそうだ。独身のため自分で食べていかなければならないお局社員なりの保身術は功を奏しているわけで、とくに営業職の男性に甘いのも、営業が稼ぎ頭で花形という合理的な理由によるのだろう。

第一、お局社員は勤続年数が長く、仕事もできるため、どうしても周囲から頼りにされる。それほど大きな会社ではなく、離職者も後を絶たないので、経理に一番詳しいのがお局社員という状況では、結局わからないことがあるたびに彼女に尋ねるしかない。

お局社員の機嫌を損ねたら、教えてもらえないかもしれないと思えば、彼女の話を一応聞いておき、決して逆らうまいという心理になりやすい。だから、お局社員が気に入らない社員に対して大人げないふるまいを繰り返しても問題視されずにきたのも、彼女の流す噂を信じる社員が一定数いるのも無理からぬ話だ。

ただ、このような社内の反応は結果的にお局社員のふるまいを許容することになっている。その点で、この会社では社員の多くが知らず知らずのうちに「イネイブラー(enabler)」になっていると考えられる。

「イネイブラー」とは、依存症患者の周囲にいて、薬物やアルコールを購入するお金を与えたり、不始末の尻ぬぐいをしたりする人物を指す。結果的に悪癖を容認し、場合によっては助長してしまうことが少なくない。

この会社の社員の多くも、お局社員が流した根も葉もない噂を信じ、さらに拡散したという点では、彼女の悪癖を容認し、助長する「イネイブラー」になっている。その根底には、他人の不幸や不祥事が面白おかしく語られると、それに快感を覚えるという人間の残酷な一面が潜んでいるのではないか。

他人との比較でしか自分の幸福を実感できない人

他人の不幸にまつわる話に嬉々として飛びつき、面白がる人がいかに多いかということだ。「他人の不幸は蜜の味」という言葉はまさに真実だと痛感した。


その心理を分析すると、何よりも大きいのは「あの人よりはマシ」と思えることだろう。他人との比較でしか自分の幸福を実感できない人ほど、他人の不幸や不祥事に飛びつくように見えるが、これは自分より“下”の人の話が喉から手が出るほどほしいからだろう。裏返せば、「あの人よりはマシ」と思える相手がいなければ心の平穏を保てないわけで、常にそういう対象を探し求めているともいえる。

こういう人はどこにでもいて、すぐに「イネイブラー」になる。そして、「イネイブラー」が多いほど、噂は簡単に広まる。しかも、その真偽など誰も気にせず、ただ面白ければいいという理由で拡散する。その結果、噂を言いふらされた人が心身に不調をきたしたり、出勤できなくなったりする事態を招くこともありうる。もっとも、そういう不幸をむしろ面白がって見ている人さえいる。

(片田 珠美 : 精神科医)