喜ばしい人生のイベントも、疲れを生み出す「ストレッサー」になり得ます(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)

結婚や昇進、希望する企業へ就職が決定――

嬉しいことが起きたときに、なぜかぐったりと疲れを感じてしまうことはありませんか。

日本リカバリー協会の代表理事であり、科学的な視点で「疲れ」と「休息」を研究する医学博士の片野秀樹氏は、ポジティブな出来事でも人によってはストレスになり、疲労の原因になることがあるといいます。

ストレスを受けたとき、私たちの体では何が起こっているのか。片野秀樹氏がこのほど上梓した『休養学:あなたを疲れから救う』より、抜粋・編集してお届けします。

疲労の「もと」はストレスである

私たちはよく「ストレス」という言葉を口にしますが、ストレスって何だと思いますか?


「会議でいいたいことがいえなくてストレスがたまった」

「満員電車ってストレスだよね」

などなど――。多くの場合は「イヤだけど、我慢するしかないもの」というような、精神的な重圧の意味で使っているかもしれません。

しかし休養学でいうストレスとはもっと幅広く、肉体的・精神的な疲労の原因になるような外的刺激はすべてストレスであるとみなします。

たとえば暑いとか寒いとか、そんな単純なことも立派なストレスですし、結婚や昇進など一般には喜ばしいとされている出来事も、生活が大きく変わるという意味ではストレスです。

私たちにストレスを与えるものは「ストレッサー」と呼ばれます。ストレッサーには大きく分けて、次の5種類があります。

■物理的ストレッサー
暑い、寒い、うるさい、人ごみがすごい、日差しがまぶしすぎるなど、肉体に物理的なストレスを与えるもの

■化学的ストレッサー
公害、薬物、化学物質が与えるストレス。アルコールあるいは薬物の副作用、タバコのニコチンなどが含まれる

■心理的ストレッサー
不安や緊張や失望、悲しみなどの感情を自分に与える出来事のこと。結婚や昇進、進学、仕事や学業での目標、ノルマもこれに当てはまる

■生物学的ストレッサー
新型コロナウイルスに代表されるような、ウイルスや細菌など。花粉症の原因となるスギ花粉もこちら

■社会的ストレッサー
家族関係、友人関係など人間関係や、お金など経済的な問題がもたらすストレス

疲労とは、本来の活動能力が下がった状態のことを指します。

これらのストレッサーがどのようにして活動能力を下げるかというと、たとえば100mを走ると、体は熱を出しますから物理的ストレッサーの「暑さ」がストレスとなり、疲労のもととなります。また、運動すると体内に活性酸素が生み出されますが、これは化学的ストレッサーの一種です。

計算テストや面接などは、それ自体が心理的ストレッサーの「不安」「緊張」に該当しますが、さらに、脳をフル回転させると、体内に熱が生じ老廃物が生まれます。これは化学的ストレッサーに相当します。

どうでしょうか。思ったより広い範囲に、私たちを疲れさせるストレッサーが存在することがわかりますね。特に現代社会では、日々ストレッサーに囲まれて生きているようなものです。

ストレスは生きる張り合いでもある

本来、ストレスは悪いだけとは限りません。ストレスが生きる張り合いになることもありますし、ストレスがないとそれに耐える力は養われません。

問題はストレスが過剰になることです。

私たちの心はゴムボールのようなものだと想像してみて下さい。ゴムボールを指で強く押すと、ボールは凹みます。このときボールに外からかかる力がストレッサーです。ストレスを受けてボールは変形しますが、ボールには外から加わる力を内側から押し返そうとする力があります。この内側から押し返す力をストレス耐性といいます。

私たちの心身にはある程度、ストレス耐性が備わっています。ストレス耐性は鍛えて高めることができます。押し返す力が強くなれば、軽いストレッサーならすぐにはねかえし、もとの丸いボールにもどれるわけです。

しかし体調が悪いときはボールの空気圧が下がっているようなもので、外からの力に負けてしまうこともあります。あるいは今まで経験したことのないような強いストレスは、自分のもつストレス耐性では押し返せないこともあるでしょう。

体の中で何か起きるか

強いストレスがかかると、私たちの体ではさまざまな変化が起きます。

まずストレスがかかると脳の視床下部というところがそれを感知します。その反応は脳下垂体を通る内分泌系と脊髄を通る自律神経系の2つの系に分かれます。


ストレス反応の経路(出典:『休養学』)

内分泌系も自律神経系も、どちらも直接的には、副腎に影響を与えます。副腎とは、腎臓の上にある小さな臓器で、肉まんのように二重構造になっています。肉まんの皮にあたる部分を「副腎皮質」といい、内側のあんにあたる部分を「副腎髄質」といいます。

内分泌系はまず脳下垂体に影響を与えます。脳下垂体は全身のホルモンのコントロール役を果たしており、体の中のさまざまな機能を調節しています。この脳下垂体の指示によって各所のホルモンが動き出します。

ホルモンとは簡単にいうと、私たちの体で起こった変化を調整し、体をつねに一定の状態に保つための連絡役です。この連絡役は血液に乗って目的の場所まで運ばれます。ホルモンは生命機能を維持するために大切な物質です。

内分泌系ではストレスがかかると、肉まんの皮の部分である副腎皮質からコルチゾールというホルモンが出ます。これが抗炎症作用を引き起こします。抗炎症作用とは、炎症を起こさなくすることです。そう聞くと「体にとってよいことじゃないの?」と思うかもしれませんが、必ずしもそうとはいえません。

ストレスで免疫が働かなくなる

炎症が起こるのは体内に侵入した細菌やウイルスを排除するためだからです。有害な細菌やウイルスを殺すために熱や腫れといった炎症が起こり、免疫機能がはたらき出します。


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つまり炎症は免疫という生体の防御反応なのですが、体にとって火事のようなものでもあります。たとえば皮膚に問題が起きた場合、サイトカインという物質によって熱をもったりかゆみや痛みをともなったりします。

サイトカインは「おーい、ここに炎症を起こすものがあるぞ」というサインを出す連絡役でもあります。

すると、免疫物質はこれをしずめるために、消防士のように火消しをするために飛んできます。免疫は、防御反応として炎症を起こしながら、その炎症をみずから抑えようという2つの機能を有しているわけです。

しかし、コルチゾールの抗炎症作用は、このサイトカインの動きを止めてしまいます。

その結果、熱やかゆみや痛みは一旦しずまりますが、同時に、火事を知らせる連絡機能も停止してしまうため、免疫自体が反応しません。結果的に、炎症の火種が放置されることになってしまいます。

さらに悪いことに、コルチゾールが高まるとDHEAという、テストステロンやエストロゲンなど若さや元気の素をつくる「ホルモンの素」が減ってきます。一言でいえば、ストレスを受けると元気がなくなってしまいます。ストレスが引き金になって疲れるのは、一つにはこうしたしくみがあるからなのです。

(片野 秀樹 : 博士(医学)、日本リカバリー協会代表理事)