ペットの死と向き合い、その死の原因を知りたいという思いで、遺体の病理解剖を望む人がいます(写真:らい/PIXTA)

みなさんは「獣医病理医」と聞いて、どのようなイメージを持たれるでしょうか。

獣医病理医の中村進一さんが専門にしているのは、動物の体から採ってきた細胞や組織を調べて、「病(やまい)」の「理(ことわり)」を究明すること。要は「なぜ病気になったのか、どうやって死んだのか」を調べることを生業としています。

そんな中村さんの著書『死んだ動物の体の中で起こっていたこと』(ブックマン社)から、動物の生と死をめぐるエピソードを3回に渡って紹介します。

飼い主さんから直接頼まれて

ぼくが普段行っている動物の病理解剖の多くは、動物病院・動物園・水族館などの臨床獣医師からの依頼によるものですが、それとは別に一般のご家庭の飼い主さんから直接頼まれてペットの遺体の病理解剖を行うことが時々あります。

近年、一般家庭で飼育されている動物とその飼い主である人との結びつきが強くなり、イヌやネコは単なる所有物から家族同然の存在に変わりました。それに伴い、かつて「愛玩動物」と呼ばれていたペットは、今では「伴侶動物」と呼ばれています。

家族であるペットを亡くした飼い主さんが、「この子はなぜ死んだのだろうか?」「最期に苦しんだだろうか?」という疑問を持つのは自然なことです。

動物の死と向き合い、その死の原因を知ろうとすることは、動物にとっても飼い主さんにとっても、そしてぼくたち獣医療に携わる者にとっても、非常によいことだと思います。

遺体が持ち込まれたその雑種のネコは、すでに8歳の頃に、動物病院の健康診断で「腎臓の働きが悪くなっている」と指摘されていたといいます。

この子はその後、定期的な投薬や食事療法などを続けていましたが、加齢に伴って腎機能が徐々に低下していき、14歳のときに慢性腎臓病による尿毒症で亡くなりました。

家族同然のネコを献体

遺体を直接持ってこられた飼い主さんは50歳前後の男性でした。

ネコは家族同然だったのでしょう。

目は潤み、鼻は赤く、ひとしきり泣いた後という様子で、一見して深い悲しみの中におられることがわかりました。

そのような中で、「愛猫の体の中で起こっていたことを知るために」と献体してくださったのでした。

腎臓は、血液をろ過して老廃物(尿毒素)や余分な塩分・水分を排出したり、必要なものは再吸収したりして、体液のバランスを一定に保つ重要な器官です。この腎臓の働きが悪くなると尿が出なくなり、排出されなくなった老廃物が全身のさまざまな臓器に悪影響を与えます。

亡くなったネコの病理解剖を進めていくと、この子の体にも口内炎や舌の潰瘍、胃炎、肺炎など多くの異常が見つかりました。

そして、本丸である腎臓は色褪せて、小さくしぼんで、本来役目を果たすべき細胞の大部分が線維に置き換わっていました。

肉眼でも明らかにわかる異常です。長年にわたって慢性腎臓病と闘った腎臓の「なれの果て」がそこにはありました。

このようにして命を落とすネコは多いのです。

ネコの死因となる2大疾病は、「がん」と「腎臓病」です。

そして、直接の死因は腎臓以外にあっても、念のために遺体をくまなく診てみると、腎臓がボロボロであることがよくあります。これはネコの品種によらず、高齢になるほど発生頻度が高くなります。

一方で、高齢で腎臓が相当悪そうに見えても、顕微鏡で観察してみるとそれほど悪くなっていない場合もあります。

ネコが腎臓病になりやすい原因はさまざま挙げられていますが、ネコ科動物の腎臓が先天的に老廃物で目詰まりを起こしやすいことが、その一因ともいわれています。

ですから、すべてのネコの飼い主さんは「ネコは腎臓が弱い動物だ」ということを念頭に置いて、飼いネコがなるべく若いうちから動物病院で定期的な健康診断や血液検査を行うようにしてください。腎機能に低下の兆候があれば食事や投薬などで負担を減らしてあげましょう。

飼い方が悪かったから?

このときの飼い主さんがぼくに病理解剖を依頼した背景には、「自分の飼い方がよくなかったせいで腎臓が悪くなったのではないか」という不安が少なからずあったようです。


(イラスト:秦直也)

慢性腎臓病は長生きしたネコの宿命のようなものですから、明確な原因がないことも多々あります。このネコも、「なれの果て」の腎臓病と尿毒症による病変は観察できますが、腎臓が悪くなった決定的な原因は特定できませんでした。

ただ、飼い主さんに飼育状況を詳しくヒアリングし、もっとも心配されていた飼い方には問題はなかったのだろうと推測できました。

8歳ですでに腎臓が悪くなっていたネコが14歳まで生きたというのは、獣医療の現場においては大往生といえます。

大切に飼われて幸せな生涯だった


「決定的な原因はわかりませんが、飼い方に問題はなかったでしょう。それどころか、早めに病気を見つけて、適切な治療を続けてあげていたことで、この子は本来よりもずっと長く生きることができたはずです。大切に飼われて、幸せな生涯だったと思いますよ」

獣医病理医としての客観的な見解を伝えると、飼い主さんは感極まったのか、声を震わせて泣き出しました。

「この子の病気がどこまで進行していて、どのようにして亡くなったかを知ることができました。病理解剖をしてもらってよかった……」

「病理解剖をしてよかった」

依頼主からしばしばいただくこの言葉に、ぼくはいつも報われる思いがします。

(中村 進一 : 獣医師、獣医病理学専門家)