スポーツを⽌めるな「1252プロジェクト」リーダー伊藤華英さん photo by Kishiku Torao

伊藤華英の For Your Smile 〜 女性アスリートの未来のために vol.10

【世界的にも注目される】

 私たちは約3年前から、⼥⼦学⽣アスリートの⽣理とそれに伴う体調変化に関する教育・情報不⾜などの課題に取り組む、スポーツを⽌めるな「1252プロジェクト」の活動をしてきました。私は1252プロジェクトのリーダーをさせていただいています。

 医療関係や教育の専門家の方々に協力をいただきながら、女子学生の実態調査をはじめ、学校や部活動、スポーツチームに向けた講義「1252clubroom workshop!」、インスタグラムでの教材「1252Playbook」、YouTubeチャンネル「スポーツを止めるな」(TalkUp1252)でのトップアスリート対談などを通して、この課題を共有・解決するために取り組んできました。

 今年7月にはこの活動が国際オリンピック委員会(IOC)の公式サイト「Olympic channel」でも紹介されました。近年では、日本だけではなく、欧米諸国からも生理の課題をコーチに相談できないという課題が、ある海外の研究で明らかになってきています。世界では、医療機関の方々が中心になって活動している事例を拝見したことがあります。ただ私のような元アスリートが活動している例は、世界的にはまだあまりないようですので、そのあたりに注目いただけたのではないかと感じています。

 少し前には国際柔道連盟の方ともコミュニケーションを取り、「とても大事なことだ」と評価してくださいました。今後はグローバルに広めていく仲間が増えていけばいいかなと思っています。

【男女問わずアイデアが出る】

 これまで私たちのスタッフは、中学校、高校、大学、そしてスポーツチームなど、50校や団体で、出張授業や調査を実施してきました。実際に話を聞いてみると、先生や指導者には言えないという悩みが多いことに気がつきました。授業後には「本当に知らないことばかりでした」「勉強になりました」という声を多数いただいています。

 授業は先生や指導者の方はもちろん、基本的に男子学生・女子学生一緒にやっています。私たちから一方的に何かを説明するということはなく、参加してくれた学生や選手に意見を求めたり、話し合ってもらったりしています。そんな時には男女問わず、たくさんの意見が出ます。なかには「生理担当リーダーをつくって、その人にまずは伝えよう」とか、「先生には直接言いづらいから、まずはチームのなかで共有しよう」とか、さまざまなアイデアを出してくれます。

 これらの活動を評価していただき、社会貢献活動に取り組むアスリートを表彰する『HEROs AWARD 2023』を受賞することになりました。12月18日に授賞式が行なわれるのですが、この受賞は素直にうれしいですし、より多くの方に生理の課題について知っていただくいい機会かなと思います。これを機に課題をシェアしていただき、多くのアスリートの方にぜひ参画してほしいなと願っています。


大阪成蹊大学での様子。男子も女子も一緒に生理に関する授業を受けた

【自身の経験がきっかけ】

 そもそも私がこのような活動を始めたいと思ったのは、現役時代の経験がきっかけです。北京五輪の時に、十分な知識を持たず、十分な準備もせずに、ぶっつけ本番のような状態で中用量ピルを服用しました。その副反応が多くの影響を及ぼしました。月経コンディションを含むさまざまな要因が重なり、思うような結果を出ことができませんでした。

 中用量ピルを服用したことが悪いのではなく、知識がなくて言われたままの対処しかしなかったのが原因でした。だから今の選手たちには正しい知識を持っていただき、自身で選択をしてもらいたい。また、より充実した競技人生を送ってほしいなという思いがあります。

 この思いは、「絶対に社会を変えてやるんだ」とか「曲がったものをまっすぐにしたい」という強い正義感や使命感というよりも、生理の課題については変えていける余地があるので、そこにアプローチしていきたいという淡々としたストレートな思いです。「1252プロジェクト」にはたくさんのスタッフがいますし、みんなそれぞれの立場でいろんな思いを持って活動していますので、それぞれの形で広めていきながらも、気持ちを合わせていけたらいいかなと思っています。

 活動をするにあたって、私たちはとにかく迅速に行なうことを心掛けていて、やれることから早めにやっています。行動は早いほうです。自分のことは失敗してもいいですが、組織や団体を進める時には、判断を鈍らせないことに集中していますね。

【検定がスタート】

 そんなスタッフと協力しながら、これまでさまざまな施策を行なってきましたが、来年2024年から新たに検定を実施することになりました。これは指導者の方から「どうやって勉強したらいいかわからない」という声を多数いただいたのが発端です。「1252公認 女子アスリートコンディショニング エキスパート検定」という名称で、女子アスリートを指導する上で必要な知識を問う検定です。生理の仕組みや、 必要な栄養、 適切な接し方など、スポーツ界における女性特有の課題に対する知識や対策を学び、女子アスリートのパフォーマンス向上に役立つ見識を深めることが目的です。

 医学、教育、プロのトレーナーなどの専門家に監修、ご協力をいただき、最新鋭の学術的、実践的な知見を集結させました。女子アスリートを指導するプロフェッショナルとして身につけるべき高度な専門知識を得られる1級と、女子アスリートを指導する上で必ず知っておくべき基礎知識を得られる2級があります。指導者はもちろん、学生や、女性とともにお仕事をするビジネスマンの方にもきっと役立つはずです。テキストブック(※2024年初頭発売)もありますので、ぜひ一度ご覧になってください。

 私たちは、本当に悩んでいる人に届いてほしいという思いで活動しています。おかげさまで、その思いに賛同して、さまざまな団体や行政、企業の方々などから、一緒に取り組みたいと言っていただいています。活動を進めていくにあたっての課題は、人材不足もそうですが、リアルな話ですと、資金不足ということもあります。今後は私たちの軸がブレないことを前提に、企業とのタイアップをどう進めていくべきかも考えていかなければいけないと思っています。

【Profile】
伊藤華英(いとう・はなえ)
1985年1月18日生まれ、埼玉県出身。元競泳選手。2000年、15歳で日本選手権に出場。2006年に200m背泳ぎで日本新、2008年に100m背泳ぎでも日本新を樹立した。同年の北京五輪に出場し、100m背泳ぎで8位入賞。続くロンドン五輪では自由形の選手として出場し、400mと800mのリレーでともに入賞した。2012年10月に現役を引退。その後、早稲田大学スポーツ科学学術院スポーツ科学研究科に通い、順天堂大学大学院スポーツ健康科学部博士号を取得した。現、全日本柔道連盟ブランディング戦略推進特別委員会副委員長、日本卓球協会理事。