ライオンズ「"正しく走る"トレーニング」驚く全貌
西武でスプリントコーチを務める秋本真吾氏(左)と田村伊知郎投手(筆者撮影)
スポーツにおいて「走る」という行為は何を意味するのか。
「育成改革」を掲げる西武は、2022年から陸上の専門家をコーチに招いて学びを深めている。速く走れるようになると、走塁や盗塁が改善されることはもちろん、ひいては打撃や投球の向上、選手寿命を伸ばすことにもつなるからだ。
その真髄を伝えるのが、男子200メートル障害の元アジア最高記録保持者である秋本真吾氏。その走塁指導を取材すると、コーチングに重要なポイントも浮かび上がってきた。
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陸上選手と野球選手「走り方」の決定的な違い
スポーツの各競技において、運動動作の基盤になるのが「走る」という行為だ。その意味で、筆者には耳から離れない言葉がある。
「この中で、正しく走れている選手はほぼいません」
埼玉西武ライオンズが2022年10月に実施した入団テストで10メートル走を見ながら、実施メニューの監修を手伝った運動学の研究者がそう指摘していたのだ。
「実際、『走り方で直すところはほとんどない』という野球選手のほうが少ないですね。だからこそ、伸びしろがあるなって感じています」
そう語ったのは、男子200メートル障害の元アジア最高記録保持者である秋本真吾氏だ。
阪神タイガースや、今年限りで現役引退した内川聖一(元福岡ソフトバンクホークス)らを指導する秋本氏から見て、陸上選手と野球選手の「走り方」には"決定的な違い"があるという。
「僕が見てきた野球選手には2つの特徴があります。ひとつは体を前に傾けすぎて走ること。いわゆる前傾グセです。もうひとつは地面を強く蹴りすぎてしまうこと。陸上選手の場合、立った姿勢のまま体を傾けて加速していく一方、野球選手は上半身だけ傾いていく。正確に言うと、“前屈”している感じです」
秋本氏によると、速く走るためには大前提がある。「ピッチ×ストライド」だ。
「バッティングもそうですが、自分の体に近い場所で動作をしたほうが大きい力を出せますよね。走る場合、自分の体の真下に着地することによって、大きい力が出る。接地時間を短くし、いかに大きい力を地面に加えるかが速く走るためのポイントです」
こうした原則は、走る専門家である陸上選手なら当たり前のことだ。
「走る」という動作を専門的に学んでいない
対して、野球選手にはそうではない。
走るという動作を専門的に学んでいないことに加え、野球のコーチから「迷信のように言われる教え」が邪魔をしているからだ。「低く構えろ」「地面を蹴れ」というものである。
コーチは速く走らせようとして上記の指示をしているが、意図しないところに選手を導いてしまっている。秋本氏が続ける。
「サッカー選手の動きを見ていても、『なんでこんなに体勢を無駄に低くしちゃうんだろう』と思うことがあります。理由を聞くと、『高校時代にコーチから構えろと言われて、低く構えないとめちゃくちゃ怒られたんです』と。そのトラウマが残ってしまうわけです」
秋本氏は阪神で2016年秋から臨時ランニングコーチを務め、その評判を聞きつけた西武が2022年からスプリントコーチとして月2回招聘している。
今年、重点的に指導したのが新人のモンテルだ。
垂直跳び91.8cm、背筋力220kgというパワーと跳躍力を誇り、50メートル走は手動で5秒69を記録したこともある。昨年の入団テストを受けた26選手の中で、潜在能力を買われて唯一合格したのがモンテルだった。
球界でも飛び抜けた身体能力を誇る一方、独立リーグ時代の2022年途中まで投手としてプレーおり、「正しい走り方」は身についていない。そこで今年、専門家である秋本氏に見てもらい、ポテンシャルを引き出せるようにアプローチしている。
その中で特に指摘されたのが、「体を倒しすぎるクセがある」ということだった。
坂道ダッシュでは前傾を体で覚えやすい(筆者撮影)
選手のクセを、どう改善させていくか
「前屈はダメだけど、前傾はOK。前屈になると骨盤が後ろに持っていかれるので、足が引っかかって上げにくくなるので。地面を蹴る動きもNGです。
『走るときには地面を蹴っているじゃん』と思われるかもしれませんが、速い選手ほど着地時間が短いと言われています。
桐生祥秀選手が100メートル走で初めて9秒台を出したとき、0.08秒しか地面に着いていないというデータがあります。つまり、地面に足が着いたらすぐに離れているということです。
対して野球選手の場合、地面に着いて、蹴ってという動きが強いので、足が後ろでグルンと回ってしまう傾向にある。もったいないと感じています」
こうしたクセをどのように改善させていくか。それこそコーチの腕の見せどころだ。
まず大事になるのは、「走るスピード=ピッチ×ストライド」のように正しい知識を知ることだ。そのために、西武では走り方について「座学」で教えている。
次にグラウンドで「実践」し、その様子をiPadで「撮影」する。選手と一緒に映像を見ながら「確認」し、直すべき点があれば「修正」していく。
こうしたPDCAのようなプロセスの中で、とりわけ重要になるのが「撮影」だ。秋本氏が語る。
「陸上選手は、しつこいくらいPDCAを自分で回しています。映像を見て確認し、もう1回その動作をして、ダメだと思ったらまた確認する。それをいかに高速回転でやるか。
そのためにはバックボーンとなる知識が必要です。その前提があったうえで、修正をかけていく。コーチは選手に対し、どうやって修正すればいいかを自分で把握できるようにさせていきます。
映像を見て、自分で修正していくというサイクルを自動化して回せるようになるのは結構時間がかかるので、ライオンズでは1年かけてつくっています」
選手を「正しい方向」へ導くために
コーチにとって重要な仕事は、選手を「正しい方向」に導くことだ。そのうえでポイントになるのが「表現力」である。
2023年シーズン中の取材日、ドラフト2位ルーキーの古川雄大に秋本氏が走り方を指導していた。前屈になるクセのある古川に対し、秋本氏がかけたのは「腰を押す」という言葉だった。
腰を押すことで上体が真っすぐになり、足をかく動作がなくなる。秋本氏のアドバイスを受けた直後、古川の走り方は改善された。
秋本コーチ(右)は伴走しながら新人の古川を指導(筆者撮影)
「古川さんは考えれば考えるほど、考えすぎるタイプです。だからあまり複雑なことは言わないほうがいい。
今日走っているとき、『やべえ。こんがらがってきた』と言ったので、『そこは全然気にしないでほしい。シンプルで、1個だけでいいです。腰を押しましょう』と伝えると、スッとゴールまで行けました。
どういう表現がその選手に合うのか。逆に、小難しく言ったほうが咀嚼して飲み込める選手もいます。いかにシンプルでわかりやすく届けるかが僕のコーチングのテーマです」
走るという練習メニューは、野球選手にとってプラスにもマイナスにも働きかねない。専門家である秋本氏は率直にそう感じている。
「ピッチャー陣が走り込むとして、目的を何に置くか。コーチが選手を追い込ませることが目的になると、動きは絶対的に壊れます。
そうして走ることが嫌いになった選手に対し、何のためにこのトレーニングをして、野球にどう活きるかをちゃんと説明すれば、『もう1本走っていいですか』と自分から走り出します。
走るのが大事なことは、わかっているはずなので。だからこそコーチは『どうすれば選手が好きになるか』を考えて、アドバイスする必要があります」
「走り方がいい」と感じた選手は40歳の"あの選手"
秋本氏が西武のスプリントコーチを務めるなかで、特に走り方がいいと感じる選手が2人いる。ともに40歳の栗山巧と中村剛也だ。
栗山は名球会入りとなる2000本安打を達成、中村も六度のホームラン王&現役最多の471本塁打を放つなど、ともに球史に残る名選手だ。
「走り方をあまり意識しているわけではないけど、中学のときに陸上をしていたのでドリルはやっていました」(栗山)
「走り方は小さい頃から変わっていないですね。自然です。この体型(175cm、102kg)なので、どうやったら速く走れるかと思っていました(笑)」(中村)
前述したように、地面を強く蹴りすぎたり、接地時間が長くなりすぎたりすると、体に負担のかかる走り方になりやすい。つまり、故障のリスクも高くなる。
ともに40歳を迎えて現役を続ける中村と栗山は、正しく走れているから長くプレーできているとも言えるわけだ。
スポーツ選手は「走る」という行為から、多くを学ぶことができる。だからこそ秋本氏は、走るトレーニングを通じてさまざまなことを吸収してほしいと願っている。
ファーム降格中だった隅田知一郎投手(右)は秋本コーチ(左)に熱心に質問(筆者撮影)
飛躍のカギは、正しく「走る」こと
「体の使い方や、速く走るために力を一瞬でどう使えばいいのかなどは、バッティングやピッチング、ボールを蹴る動作にも生きてくることです。選手たちが走り方を学習し、自分の行っているスポーツの本職がすごくよくなったと思ってもらいたいですね。
自分ができないことをできるように変えていくうえで、『走る』ってすごくわかりやすいことです。
例えば、ライオンズの隅田知一郎投手は坂道ダッシュで『僕が前屈するのはクセですよね』と言っていたけど、『そうです。クセがあるということは、クセがつくまでそのフォームでやり続けたからじゃないですか。そう考えると、新しいやり方でやり続ければ、いくらでも良い方向に直せますよね』という話をしました。僕は本当にそう思っているので」
走るトレーニングを通じ、西武の選手たちは何を学んでいくのか。
秋本氏が伝える真髄をモノにできれば、選手として大きく羽ばたいていける可能性がある。
*1回目の記事:「西武ライオンズ『若手の伸び悩み』解消する新挑戦」
*2回目の記事:「西武ライオンズ『獅考トレーニング』驚きの全貌」
*3回目の記事:「西武ライオンズ『若手の"やる気"に頼らない研修』の裏側」
(中島 大輔 : スポーツライター)