メンバー同じクラスの同級生としても3年間共に過ごす(写真:オルファス提供)

アイドル戦国時代と呼ばれてから十数年。日々数多くのアイドルがデビューし、その裏で多くのアイドルが辞めていく。

アイドルになる方法はオーディションスカウトなどさまざまあるが、この度、新たな選択肢が加わった。

佐久長聖高校にパフォーミングアーツコース(アイドルコース)が設立されたのだ。専門のレッスンやグループの運営は(株)オルファスに委託されている。

そしてこの8月、同コースに入学した高校生たち6名がアイドルとしてデビューした。グループ名は「7限目のフルール」

彼女たちはなぜアイドルを目指したのか、どうして高校でアイドルコースを設立したのか。この興味深い、佐久長聖高校の取り組みは一体どういったものなのだろうか。

メンバー、高校、そしてグループの運営を担うオルファスに聞いてみた。

*この記事の前半:「『アイドル育成コース』佐久長聖高校、驚きの挑戦」

名門私立高校で「アイドル育成コース」が誕生

佐久長聖高校(以下、佐久長聖)。長野県佐久市にある名門私立高校だ。

春夏合わせて10回甲子園に出ている野球部全国大会で上位の成績を収めている陸上部、柔道部などスポーツ強豪校として有名な高校である。文武両道、進学校としても力を入れている。

そんな佐久長聖でこの春、パフォーミングアーツコースという新たなコースがスタートした。アイドル育成コース「高校の教育の一環としてアイドル活動をする」という新たな取り組みである。

同コースの1期生、つまり1年生は6名。

岡澤唯(おかざわ・ゆい)さん
片岡和(かたおか・にこ)さん
勝見奏花(かつみ・そな)さん
高柳咲彩(たかやなぎ・さあや)さん
竹内花春(たけうち・はる)さん
丸山心優(まるやま・みゆう)さん。


いずれも地元長野県出身でこの春、佐久長聖に入学。


学校にいるときは、普通の高校生として学業などに励むメンバー。左から、片岡和さん、高柳咲彩さん、竹内花春さん、岡澤唯さん、丸山心優さん、勝見奏花さん(写真:松原大輔)

「好きな歌とダンスでたくさんの人に元気を届けたいと思って入学を決めました」(丸山さん)


つねに笑顔でいることを心がけているという丸山心優さん(写真:松原大輔)

将来の夢がいろいろな方向にたくさんあるので、どんな職業にも就けるよう、興味のあった芸能と勉強が両立できるこの学校に入学しました」(岡澤さん)

「高校生活を送りながらレッスンを受けて、アイドル活動ができることに魅力を感じました。学業と自分の夢が両立できそうだったから入学しました」(勝見さん)

なぜこのコースに入ったのか、その理由も将来の夢もさまざまな子たちが同コースに集った。

アイドル以外の選択肢を持ち、勉強と両立させる

みなに共通するのは現時点ではアイドル以外の選択肢を持ち、勉強と両立させるということだ。

実は彼女たちの言葉とこの姿勢はアイドルという職業を捉えるときに非常に興味深いものとなる。

アイドルというのは最初、ステージに立つからには「売れたい」と誰もが思うものだ。絶対ではないが、それはエンターテインメントをビジネスとするものとして当然のことだろう。

だが、彼女たちはあくまで高校生活の一部としてのアイドル活動であり、いわば授業の一環と言っても過言ではないだろう。

事実、歌やダンスはコースのカリキュラムに組み込まれ、校内にある専用のレッスン室で外部から招かれた専門家に指導を受ける。

今現在、これらのダンスや歌のレッスンは単位には影響せず、他の部活動同様に高校生としての課外活動にあたるということだった。

ゆえに彼女たちの将来は「アイドルとして売れたい」だけではない。大学進学やその他の選択肢もあるわけだ。

「将来のことはまだ明確には考えていませんが、このままアイドル活動を続けた先に見えた自分の未来へ進みたいと思っています」(勝見さん)


趣味はお菓子作りという勝見奏花さん(写真:松原大輔)

大学か専門学校への進学を考えてます」(竹内さん)

大学に進学して声楽を学びたいなと考えてます。もちろん芸能活動にも興味があります」(片岡さん)

将来に関して聞いた際に出てきた答えは、みな悩みながらもいわゆるアイドル的な回答でなく、完全に高校生としてのものだった。

軸はあくまでも普通の高校生。だからこそ、彼女たちのアイドル活動は他のアイドルと差別化され生きるのではないだろうか。

「高校卒業=アイドル卒業」の期間限定アイドル

入学した段階で3年間限定のアイドル活動であることは決まっている。3年生の夏に卒業公演を行うことも予定されているため「期間限定アイドル」となる。

多感な高校3年間という貴重な時間の中でアイドル活動に学校生活の一環として取り組む姿は、アイドルファンにとって新鮮に映ることだろう。

それは彼女たちとて同じだ。今年8月にステージデビューしてまだ3カ月足らず。だが、実質の活動期間はあと2年間しかない

「土日に活動があるので、平日の授業はしっかり予習もして取り組んでいます。普通の高校3年間では経験できないような活動ができて、憧れていたアイドル活動なのですごく楽しいです」(高柳さん)

「勉強が苦手なので大変だけど、忙しいとか大変だなとか思えること自体幸せなことだと思うんです。青春だなと思うので頑張ります!」(片岡さん)


芸能活動を見据え都内の高校進学も視野に入れていたという片岡和さん(写真:松原大輔)

アイドル活動との文武両道。同校の佐藤康校長もアイドル活動を「教育の一環」と捉え、生徒たちの成長を促す。

だが、崇高なる目標を掲げる一方で、彼女たちの立つアイドルのステージは「売れたい」「儲けたい」などさまざまな思惑が絡み合い、魑魅魍魎が渦巻く世界だ。

もちろんファンはイベント、特典会でお金を払い、エンタメを楽しむ。そこでは教育というだけでは済まされないことも多々ある。そのあたりはどう考えているのだろうか。

メンバーの自己負担は一切ない

まず特典会などの売り上げは、すべてグループのレッスンなどの育成費、スタッフ人件費や、宣伝などの活動費楽曲、MV、振付、衣装などの制作費に充当されるとのこと。

その分、活動によるメンバーの自己負担は一切ない形をとっている。

交通費の自己負担や売上ノルマも課されるアイドルがいる中で、彼女たちはいい環境にあると言える。

見方を変えれば、メンバーたちに金銭的な還元はない。なぜなら仕事ではないからだ。再三再四になるが「教育の一環」だからである。


高校野球、陸上、柔道など全国区の部活動も多い佐久長聖高校(写真:オルファス提供)

「3年間の活動自体が、今後の個々の経歴や実績につながるものと考えています。例えば、進学する際にアピールできる成果物であったり、就職する際のひとつの武器になりうることなど、他の部活動に励む生徒同様、活動を通じて成長する環境を提供できていると思います」

そう佐藤康校長は話してくれた。

アイドルとしての安全面をどう捉えているのか

同時に安全面に関しても聞いてみた。

「プライバシーの観点から学校名を伏せるという件に関しては、他の生徒同様(公式の部活動以外でも個人の生徒がメディア取材された場合など)、特別な場合を除いては原則伏せる必要はないものと考えます。ただし、公表している学校名や氏名など以外の個人情報の保護には努めて参ります。また、委託するオルファスには安全対策やセキュリティーの徹底、連絡指示系統の共有やイベント主催者の詳細確認などをお願いし、安心して活動できる環境を提供していきたいと思います」

高校としてのスタンスは保つ回答ではあるが、アイドルという活動の特性上、メンバー全員が通っている高校がわかっているというのは危険な側面もある。残念ながらニュースではストーカー被害の報告も定期的にあり、プライバシーの問題もある。

アイドル現場を日常的に取材している身からすると、不安は残るというのが正直なところだ。

アイドル活動はやはり東京、大阪、名古屋、札幌など都市中心に展開される。それゆえ長野の佐久市を拠点とする彼女たちは、いわゆる地方を中心とした「ローカルアイドル」と見ることもできるのだが、あくまでも高校が佐久長聖であり、活動は全国というスタンスでいる。

週末、土日には都内でのライブやイベントに出演するため、学校のバスで移動。同校の野球部が遠征で対外試合を繰り返すようなものだろう。

なぜ「全国で活動」を選ぶのか、聞いてみた

移動の大変さなど地理的な不利は否めないが、なぜ「ローカルアイドル」としての活動だけではなく、都内の活動も選ぶのか。

こちらは「7限目のフルール」の運営を担うオルファスの担当者に聞いてみた。

「他のアイドルが行う活動をリアルに実践してもらい、グループとして経験値を上げていく意図が、まずあります。彼女たちの成長を促すためにも、第一線で活躍されているアイドルと同じステージに立つことはとても大きな意味があります。どんなステージでもつねに良いパフォーマンスする難しさや、ファンを獲得する大変さなどを感じることは大切だと思います。さらに、佐久市と東京は新幹線でおよそ1時間。地理的にも良い環境だといえます」

確かにアイドルとして経験値を積むには、都内でのイベントが一番だろう。出演者数やイベント数などは地方とは桁違いに多いし、レベルもさまざまだ。

週末の移動、メンバーは大変ではないのだろうか。

「週末東京に行って、戻ってきて勉強もしないといけないし、翌日はすぐに学校っていう生活で疲れはあるんですけど、段々と慣れてきたら大丈夫っていう感じはしています」(竹内さん)

「中学の頃はダンス部で体力には自信があったんですけど、日々のレッスンに自主練、週末には東京と、まだまだ体力つけないといけないなと感じています。だから今は動いてないと逆に変な感じです」(岡澤さん)


ダンスが大好きでスキルを磨いていきたいという岡澤唯さん(写真:松原大輔)

メンバーも今は東京に行く度にテンションが上がり、楽しく過ごせているという。だが、こうした楽しい日々ばかりではないのがアイドルの世界だ。

「アイドルとして残された時間」はあと2年弱

地元長野で生まれ育ち、それまでライブハウスに行ったこともなく、佐久で勉強とレッスンに励む彼女たちは今、週末東京でアイドルとしてステージに立っている。

その楽しさや苦しさを本格的に経験するのは、まさにこれからだろう。彼女たちにアイドルとして残された時間はあと2年弱。

この時間をどう過ごすし、そこで何を感じ、何を学ぶのか。

佐久長聖高校パフォーミングアーツコースの6名、「教育としてのアイドル」の1期生として、どのような姿でアイドルと高校を卒業するのか、注目せずにはいられない。

*この記事の前半:「『アイドル育成コース』佐久長聖高校、驚きの挑戦」

(松原 大輔 : 編集者・ライター)