理不尽な言動や状況に傷つき、夜も眠れくなるときはどうすればよいのか。エッセイストの松浦弥太郎さんは「どんな出来事や状況、言動でも、基本、肯定的に捉えてみる。同時に、必然の学びと受け止めて感謝をする。感謝する気持ちを抱けば、眠りはやってくるはずだ」という――。

※本稿は、松浦弥太郎『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』(小学館)の一部を再編集したものです。

■コンプレックスを強みに変える

どうして自分はこうなんだろう。と考えてしまう夜があります。

心配しないでください。誰にだってコンプレックスはあります。

僕は、コンプレックスに対して、自分なりに向き合い、しっかりと受け止めて、できるだけ何かをする際の重荷にならないためにはどうしたらいいかと考えてきました。

コンプレックスから生まれる、怒りやいらだちを感じたら、その感情は誰のせいでもなく、自意識によって芽生えたものにほかならないと言い聞かせましょう。そして、コンプレックスを自分の強みに変えていくように、その中からプラスに値する意味や事柄を探してみるのです。

僕は若いころから、コンプレックスについて、自分以外にその解決を求めても意味がないと気がついていました。不甲斐(ふがい)ない自分を正当化するための言い訳のように感じていたのです。

とはいえ、コンプレックスをゼロにすることはできません。自分の中でどうやってそれを解決するのか。コンプレックスというつらさを、どうやって扱えばいいのでしょうか。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/xijian

■コンプレックスは心の中に置いておく

僕の場合、高校生のころまでは、四畳半と三畳間のアパートに、家族四人で暮らしていました。裕福ではないわが家でした。「うちは貧乏だなあ」と思う幼いころの気持ちは、まさにコンプレックスであり、悔しいこと、悲しいことでした。

しかし、このコンプレックスとどう向き合って生きていくのか。僕は思い悩んだ末、「心の中に置いておく」ことにしたのです。その事実というか現実はどうやったって変えることはできないからです。

心の中に置いておく。つまり、「わが家は貧しい」ということを受け入れるということ。ただ、単に受け入れたとしても、きっとまた、思い出して、悩むこともあるでしょう。「なんで僕は、こんな家に生まれてきたのだろう」と。そんなときがやってきたら、こう自分に聞きます。

「この先、八〇歳まで寿命があったとして、自分のコンプレックスをずっと嘆いて、しかも怒りを持ち、もしくは社会を恨みながら生きていくのか」と。

もちろん、そんな生き方はふしあわせでしかありません。ばかばかしくも思います。冷静になればわかるはずですよね。

■他人と違うことは天からのギフト

コンプレックスというのは、単に他人との違いなのです。

ときに「どうして自分はひとより劣っているのだろう」「どうして自分ばかりにこんなにつらいことが続くのだろう」と嘆いてしまいがちだけれど、他人と違うことを、どうにか自分に必要な学びとして、もしくは天から授かったギフトとして、重荷にならないような考え方に変えていくことが大事だと思ってみてはいかがでしょうか。

その怒りやいらだちという感情をプラスのエネルギーにして奮起するのもいいでしょう。

若いころの僕は、納得できないこと、自分の至らなさからくる負の感情を、コンプレックスとして自分のちからに変えて頑張っていたときもありました。

しかし、そんなコンプレックスの中にも、そのおかげで学んできたことがたくさんあり、感謝の気持ちになれることは必ずいくつかあるはずです。

まずは感謝できることを探してみましょう。違いをたからものにしてしまいましょう。

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■貧乏だったからこそできたこと

貧乏だから、ひととは違った経験をしてきた。学歴がない分、社会を知っている。普通の道に行けないから、自分で新しい道をつくってきた、など。

ないものがあれば、持っているものも必ずあるはずです。マイナス要素も角度を変えて見てみればプラスかもしれません。

そんなふうにコンプレックスはかんたんにプラスにできるのです。そうすれば、自分の心の中にコンプレックスは授かりものとして置いておけるようになるのです。

マイナスだったものを、プラスにすることは自分の考え方次第で可能です。

そうやって自分にとってストレスだったコンプレックスは、誰にも負けない底力というパワーに変えることもできるのです。

ということで、コンプレックスはあればあるだけプラスに変えてしまいましょう。

まずは、認めること。受け止めること。感謝することです。

■どんなことにもいろいろな側面がある

あらゆる出来事には、いろいろな側面があります。

ある角度から見ると、本当につらい、悲しいと感じることでも、ちょっと角度を変えて見てみれば、それが自分にとっての「学び」や、新しい「気づき」をもたらしてくれるのです。

関係性の中で起きたネガティブな出来事だって同じです。

「あんなことを言われて悲しい」
「あれには納得がいかない」

そんなことはたくさんあります。けれど、それはある一面だけを見て、自分勝手に受け取ってしまっているだけかもしれません。

たしかに、受け止めたときはつらいけれども、ちょっと角度を変えて考えてみると、そうつらくもないと思えることがある。

そして、どんなことにも「よほどの理由」があることを知りましょう。

写真=iStock.com/selimcan
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■「よほどの理由」は魔法の言葉

僕にとって「よほどの理由」は魔法の言葉です。日々の出来事の中には、自分では理解できないことや、納得できないこと、それこそ我慢できないことがあります。それについて無理に理解しようとしたり、いつまでもこだわったりしても、わからないものはわからないのです。そのときに役立つのが「よほどの理由」です。

きっと「よほどの理由」があったんだなあ。この一言で自分を納得させるのです。その「よほどの理由」について、自分には干渉できないし、知ることができない。でも必ず、「よほどの理由」があって、そういうことが起きている。そう思えば、それを受け止めることができると思うのです。

どんな出来事や状況、言動でも、基本、肯定的に捉えてみる。同時に、必然の学びと受け止めて感謝をする。ネガティブなこと、自分が傷つけられることであっても、ちょっと角度を変えて見てみれば、結局、自分にとっての学びがある場合が多いのです。

それは将来、自分が何か困難を乗り越えるときのための学びであるかもしれないし、一つの経験として、プラスを与えてくれることかもしれない。感謝する気持ちを抱くころには、眠りはやってくるはずです。

■毎日欠かさない僕のルーティン

毎日、同じ時間に眠るために、一日のルーティンは欠かせません。

朝五時に目を覚まし、朝食のあとに一時間のマラソン、午前はデスクワーク、午後一時にかるいランチをとります。午後は打ち合わせなどの面会に当てて、夕方五時に夕食。夕食後に一時間のウォーキングをして、雑事をこなしたら、入浴して、一〇時には就寝。このルーティンは、三六五日、ほぼ毎日変わりません。合間に読書をしたり、ぼんやりすることも忘れません。

こんなふうに言うと、驚くひともいるでしょう。毎日毎日、同じ時間に起きて、同じ時間に寝て、その間にやることもだいたい決まっているなんて、「ストイックすぎる」「なんて退屈でつまらない人生だろう」とあきれるひともいるかもしれません。

僕からするとストイックという感覚はなく、どちらかというと、自分がいちばん心地よく仕事をし、その成果を上げるためであったり、常にリラックスした心と身体のコンディションをキープするため、できるだけストレスを溜めないためには、どうしたらいいのだろうと、時間をかけて試行錯誤した結果、やっと見つけた発明のようなタイムスケジュールなのです。

写真=iStock.com/T-kin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/T-kin

■誰でもそのひとなりのルーティンがつくれるはず

僕がエッセイストであり、経営者だからできることでもありますが、誰でも今の環境の中で、そのひとなりの最適なルーティンはつくれるはずです。

たとえば、朝の習慣をつくってみる。もしくは眠る前の習慣をつくってみるだけでも、日々の暮らしにリズムはできます。そのリズムを大切にすることで、常に自分がリラックスしている状態をキープするのです。

時間がばらばらで、何が起きるかわからない中で、その対応に自分が振り回される毎日は、自分が自分でなくなる疲れ方と言いましょうか、とにかくリラックスからは程遠い毎日になってしまいます。

それでよく眠れるはずはありませんし、身体も心も壊してしまいます。不必要な緊張感が生まれたり、不安に苛(さいな)まれたりして、そのぶん、眠りも浅くなってしまうでしょう。充分に眠れないと、生活のリズムもさらに崩れてしまいます。

■「同じ毎日」はふしあわせなことではない

若いころの僕は、そんなことにはまったく気づきませんでした。

日々の生活や人生には、いろんなことが起きて、毎日、何らかのスペシャルがあることこそが、楽しくて、豊かで、しあわせだと思い込んでいました。

松浦弥太郎『眠れないあなたに おだやかな心をつくる処方箋』(小学館)

「退屈だ」とか、「つまらないな」と思うことは、幼ければ幼いほど思いがちだったし、僕も若いころまでは「おもしろいこと、何かないかな」と考え続けていました。

けれども、大人になってから、「退屈だ」とか、「つまらない」ということに対する解決法は、スペシャルを計画することではないのかもしれない、と思うようになったのです。

「同じ毎日」ということは、けっして、自分にとってふしあわせなことではないと気づきました。

変わらぬ同じ毎日からは、いつも心に余裕が生まれ、いつも心が整った状態で仕事をし、暮らすことができます。当然、コンディションはよいので、仕事の成果も上がり、人間関係や暮らしには、安心という豊かさが生まれるでしょう。

そうです。今日は何も起こらなかったことに安らぎを覚える。そのしあわせに感謝する、そんな日々が、僕の心と身体を癒してくれているのです。

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松浦 弥太郎(まつうら・やたろう)
エッセイスト、クリエーティブディレクター
2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。2006年から9年間『暮しの手帖』編集長を務め、その後、ウェブメディア「くらしのきほん」を立ち上げる。ユニクロの「LifeWear Story 100」責任編集。Dean & Delucaマガジン編集長。他、様々な企業のアドバイザーを務める。著書に『人生を豊かにしてくれる「お金」と「仕事」の育て方』『僕が考える投資について』(ともに祥伝社)、『伝わるちから』『いちからはじめる』(ともに小学館文庫)など多数。
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(エッセイスト、クリエーティブディレクター 松浦 弥太郎)