作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセイ。季節が秋に変わる今、おすすめしたい美術館巡りについて、つづってくれました。

第106回「美術館旅のすすめ」

今年は残暑も厳しかった。暑いと何をするのも億劫になって、思考が停止してしまうことも多かった。ようやく、少しずつ暑さがやわらいで、朝晩は、ひんやり冷たい風。秋、ええですねえ。こんな季節が永遠に続いてくれたらいいのに。

ということで、今こそ旅に出よう。芸術を見にいくのもよいし、秋の食を巡るのもいいだろう。私は、二拠点生活をしていて、一ヶ月交代に東京と実家の愛媛で暮らしている。愛媛に戻るときは、ただ移動するだけでなく、美術館や行ってみたかった場所へ立ち寄ってから家に帰ることが多い。せっかくなら、同時に旅も楽しもうという魂胆だ。

みなさんも実家へ帰省する際には、美術館旅おすすめですよ。都会の美術館もいいけれど、地元の美術館こそゆったり見られていいものです。

●美術館に行くと、力がみなぎる

7月には愛媛県松山市で開催されていた大竹伸朗さんの展覧会へ行ったし(しかも2回も!)、9月はあえてお隣、香川県の高松空港へ降り立ち、猪熊弦一郎美術館で開催されている中園孔二さんの展示に行った。

その他にも、旅に出ると大小さまざまな展覧会へ足を運ぶ。芸術は私の心を柔らかくし、また風穴をあけてくれる。今日明日、役に立つものではないけれど、だからこそ素晴らしいなと思う。

「何を見たらいいのかわからない」とか「どういう意味なの?」とか言う方も多いけれど、意味なんてわからなくていいのでないかなあ。

絵や創作物を通して、作者の人生を味わっているのかもしれない。熱量や、わけのわからなさ、すっごいな!という、それだけで、こちらにも何かがみなぎる。そしてくたくたになる。意味とか効率をもとめがちな社会の中で、丸裸になってみる。世界はこんなに面白いのか!

●おすすめ!地方の美術館

東京以外で私のおすすめの美術館を駆け足で書いてみます。岡山は倉敷美観地区にある大原美術館、それから犬島にある精錬所美術館。香川県はいっぱいあるよ、丸亀市の猪熊弦一郎美術館、豊島美術館、地中美術館、ベネッセミュージアムもいいです。

愛媛は県美もいいですが、実は大三島にも、ところミュージアム、伊東豊雄建築ミュージアム、岩田健母と子のミュージアムなど、景色も合わさって良い美術館がたくさんあります。北陸は言わずと知れた金沢の21世紀美術館、それから図書館も素晴らしい富山市のガラス美術館。建物や場所がいわさきちひろの世界そのもののような、長野県安曇野市の安曇野ちひろ美術館。北海道は基本設計をイサム・ノグチが担当しているモエレ沼公園が良かったなあ。神奈川はポーラ美術館、箱根彫刻の森美術館など。

九州は、大濠公園の中にある福岡市美術館はよく行きます。

ということで、今ぱっと思い出すだけでもこんなにあるんだねえ。

宿でゆっくりする旅もいいですが、あえて各駅停車の電車に乗って、読書にあけくれるのもいい。美術館で今日見た作家の関連書籍を買って、読みながら家へ帰る。各駅停車だから、ふいに15分も知らない駅で停車したりして、こういうとき旅をしているなと感じる。何にも追われていない、誰とも会話せず、スマホも見ずに本を読んだりぼーっとしたり。とても贅沢な時間だ。

●アートに触れて、日常と違う世界を味わいつくす

愛媛に帰ったら、農作業が待っている。ずっと無心に体を動かす。アートを見るのとは対局の世界にも思える。でも、畑の休憩の時間、木陰に入って美術館で買った本を読んでみると、とても合うことに驚いた。作物を育てるっていうリアルな世界の中にいると、芸術とか文学を遠く感じることがあって、愛媛だと本が全然読めなかった。きっと目の前のことで精一杯だったんだと思う。けれど、美術館へ行ってから向かう畑は少し景色が違っている。目の前の、この小さな生命に宿る宇宙の大きさを想像するし、広い年月での巡りを意識するようにもなった。

もちろん、それは秋になったからでもある。心にも余裕ができているからだ。

すすめられて美術館へ行くものでもないけれど、気持ちいい季節なので、ぜひ庭園を散歩しながら、美術館の扉を開いてみてはどうだろう。きっと、日常から引き剥がされて、子どもの心で明日からの世界を見ることができると思う。

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