店長になるとLINE通知は1日2000件…ビッグモーターにみる「軍隊式マネジメント」という日本のお家芸
■ビッグモーターの常軌を逸した「LINE依存」
次から次へと不正疑惑や異常なパワハラ体質が浮かび上がるビッグモーター。中でも最近、注目を集めているのが、「LINE」への常軌を逸した依存だ。
同社では業務連絡だけではなく、降格や異動の言い渡し、さらにはミスに対する注意や叱責まですべてがLINE上で行われていたという。
報道によれば、店長などはいくつものLINEグループに参加しており、休日や昼夜問わずに連絡が入り1日2000件に及ぶこともある。つまり、24時間365日、会社から監視されているようなものだったのだ。
また、LINEはパワハラやいじめの舞台ともなっていた。マスコミの取材に応じた現役社員が明かしたところでは、「適当な仕事すんなクソタコ」や「ボケ」「カス」などの恫喝メッセージが飛び交うのは日常茶飯事で、前副社長が送った「教育」と「死刑」という文字を大量に羅列した叱責メッセージも大きく報道された。
■「改革」の第一歩がLINEを削除することだった
さらに、衆人環視の前で吊し上げに遭う「公開処刑」もされていたという。例えば、2019年からおよそ2年間、店長を務めた後にうつ病を発症して解雇された男性が、ビッグモーターを残業代未払いやパワハラで訴えているのだが、その訴状の中にも、他の店長らも参加するLINEグループでこんな暴言をあびせられたという。
「ふざけてんじゃねーよ。日本語大丈夫? 会話すら成立しないなら店長下りろタコが」
こんな話が山ほど出てきたからなのか、ビックモーターは「改革」の第一歩として、全社員にLINEのアカウントを削除するよう指示する内容のメールを送ったという。
さて、このような話を聞くと、「業務連絡をLINEってどこまでブラックなんだ」と呆れる人も多いかもしれない。ネットやSNSでは、「業務連絡にLINEを使うのはブラック企業」という説が囁かれているからだ。理由としては以下の3つがよく挙げられている。
■LINEを業務に使う会社はいろいろと危ない?
1と2に関しては、先ほど紹介したビッグモーターの事例がわかりやすい。ポイントは、このような仕事用LINEにまつわるトラブルを、10年以上も前から専門家が指摘していたということだ。そのため、社員の労務トラブルやハラスメントに敏感な上場企業の中には、業務にLINEを使用するのは禁止していたり、職場でのLINEグループをつくらないように呼びかけたりする会社もあるほどだ。
このように、労務トラブルやパワハラ・いじめの温床になるリスクがかねて指摘されているツールを使っているという段階で、社員の労務管理やメンタルヘルスを軽く見ている証拠だ――。「業務連絡にLINEを使うのはブラック企業説を唱える人々は、そう主張している。
3に関しては、21年3月に発覚した、LINEユーザーの個人情報が業務委託先である中国の関連企業からアクセスできる状態になっていた問題を指している。その後、政府機関が利用をいったん停止した。これを受けて、多くの企業でLINEの使用について慎重になった。
当然だ。会社にとって「社外秘の情報漏洩」や「個人情報流出」は経営にも大ダメージを与える問題だ。そういうリスクのあるツールを使い続けるということは、情報の取り扱いに対する意識が低いということだ。
■「ホウレンソウ」への固執がパワハラを生む
あくまで一般論だが、「情報」の取り扱いがゆるい企業は、ガバナンスもゆるい。「カネ」を生み出す話ではないが、企業の社会的責任として絶対にやらなくてはいけないことに手を抜いているということは、他も手を抜く可能性が高い。つまり、社会の一員として守るべきルールを軽視したり、法律を守るという意識まで希薄になってしまうというワケだ。
「なるほど」と深くうなずく人も多いだろうが、個人的には「業務連絡にLINEを使うのはブラック企業」という決めつけは良くないと思っている。
LINEには「LINEWORKS」というビジネスチャットの法人向けサービスもあり、多くの企業が導入をしている。社内のコミュニケーション活性化のためにLINEを用いて、うまくまわっている会社だってちゃんとある。しょせん、LINEはツールに過ぎないので結局、使う側次第なのだ。
では、どういう企業がLINEを使ってしまうと過重労働やパワハラの温床になってしまうのか。過去にパワハラが問題になった企業のコンサルをしたこともある経験で言わせていただくと、「ホウレンソウ」(報告・連絡・相談)に固執する企業がLINEで業務連絡をすると、ひどいことになりがちだ。
■ホウレンソウは「働かされている」象徴
社会人になるのと同時に研修などで「ホウレンソウしなさい」と叩き込まれるせいで、日本人の多くは「ホウレンソウ=良いこと」という刷り込みがなされているが、実は世界的にみると、これはかなり「異常なマネジメント」だ。
海外赴任をした方ならばわかるだろうが、現地で採用した人に「報告・連絡・相談はしっかりね」みたいなことを言うと、ほとんどの国でポカンとされる。場合によっては「なんだよこいつ、人を子ども扱いしてヤバイやつだな」と露骨に嫌な顔をされることもある。
なぜかというと、多くの国で「働く」ということのは、個人が自主性をもって進めることであって、乗り越えなくてはいけない課題があってもまずは自分の頭で考えて、試行錯誤をしていくのが当たり前という考え方があるのだ。
中には、「ホウレンソウ」を無理に押し付けられることは、奴隷や召使いのように「働かされている」と感じる人もいる。組織のための滅私奉公が当たり前の日本と違って、個人の尊厳を傷つける高圧的な要求と捉える国も少なくないのだ。
■ビッグモーターと対極にあるホワイト企業の考え
そのため、海外進出した日本企業の中では、「ホウレンソウ」は現地雇用の人々とのトラブルに発展しがちなので、現地の労働文化を尊重して、無理強いしないケースもあるのだ。
実際、国内でも「ホウレンソウ」を否定する企業が増えてきている。その代表が、岐阜県にある電気・設備資材メーカー「未来工業」だ。高年収なのに1日7時間15分就業で残業禁止が原則というホワイト企業ぶりで「社員が日本一幸せ」と言われ、同社では、「ホウレンソウ」が禁止されている。その理由を創業者である故・山田昭男氏はこう述べている。
「近頃の管理主義は、社員を信用せずに、上司が事細かに口出しして“子ども扱い”をしとる」(東洋経済オンライン 16年4月13日)
そんな「未来工業」と対極にあるのが、「管理主義」が暴走していたビッグモーターだ。経営計画書に「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の生殺与奪権を与える」と明記されていたように、「部下」は上司に徹底的に管理をされていた。細かい報告や連絡が徹底されていたことはもちろん、目標が達成できないなら、なぜできないのかを説明するよう口すっぱく言われていた。つまり、「ホウレンソウ」に固執した組織だった。
■日本企業は軍隊式マネジメントと相性がいい
「ホウレンソウ」はやればやるほど、組織を管理主義に傾倒させる。そんな負のスパイラルに拍車をかけていたのが「LINE業務連絡」だった、というのが筆者の考えだ。
なんて話をすると、「ホウレンソウを否定するな! わが社はホウレンソウで大きく成長して社員もみんなハッピーだぞ」と不愉快になる人も多いだろう。確かに、海外ではアレルギーのある「ホウレソウ」だが、日本企業ではうまくフィットして、組織の活性化に貢献している側面があることは、事実だろう。
ただ、これにもちゃんと理由がある。日本企業が「ホウレンソウ」と相性がいいのは、海外の企業と違って、組織マネジメント手法のルーツが「軍隊」にあるからだ。
ご存じの方もいらっしゃるかもしれないが、年功序列、定期異動、定時出社、上司の命令は絶対など、多くの日本人が「日本企業特有の文化」と信じていることのほとんどは、戦時体制下に軍隊の指導によって社会に定着したものだ。
■連綿と受け継がれてきた「産業戦士」の働き方
当時、国民総動員体制下で、総力戦をしていた日本では、「民間企業は生産性を上げるために軍隊の優れた組織マネジメントを導入せよ」というお達しが出た。実際に軍隊から指導員がきた。彼らのもとで軍隊式の働き方改革を受けた民間人は「産業戦士」と呼ばれた。
戦後も基本的には、同じことが繰り返されている。
焼け野原から経済復興を経験した人のほとんどが、軍隊で復員した経験のある人や「産業戦士」なので当然、戦後のベビーブーマーたちに「軍隊式の働き方」を叩き込んだ。そうして、「産業戦士2世」となった人々が次の世代にも継承する、という感じで「軍隊式の働き方」の世代間連鎖が続いた結果が、現在の日本企業である。
だから、令和の今も、日本の労働者は、旧海軍で導入されていた「5分前行動」を当たり前に続けている。そして、われわれが世界の常識と信じ込んでいる「ホウレンソウ」も、実はそんな日本軍式マネジメントのひとつなのだ。
■軍隊時代より「部下」への負担が重くなっている
戦時中、日本軍では上官の心得として「命・解・援」ということを叩き込んでいた。下っ端の兵隊を「突っ込め」の一言でキビキビ動かすには、まずしっかりと「命令」を下して、「なぜそれをやるのか」「どうやるのか」という「解説」をしてやって、さらにその命令が実行できるような助言などの「援助」もしてやらなくてはいけない。上官たるもの、この3つのサイクルをまわしていかないと、部隊は全滅してしまうと言われていた。
ここまで言えばもうお分かりだろう。1980年代に広まった「ホウレンソウ」というのは、「命・解・援」の世界観を部下側から焼き直したものに過ぎないのだ。
そう言うと、「本当のホウレンソウは、部下が上司に萎縮をしないで、報告や連絡や相談をしやすい風通しのいい職場をつくることなので軍隊の影響などではない」と反論する人も多いが、「部下とは上司に報告や連絡や相談をするものだ」という考え方自体が、実は民間企業にはない発想で、軍隊特有のものだということに気づいていない。
むしろ、上司の気持ちを先まわりして、部下が率先して報告・連絡・相談をするのが理想、という考えは、ある意味で軍隊より「下」への負担を重くしていると言えなくもない。
■歯車が狂うと、不正やハラスメントの温床になる
軍隊というのは、連戦連勝している時はムードもよくて、風通しもいい。しかし、敗色が濃厚になるとあらゆることが逆回転して、不正やハラスメントなどさまざまな問題が生じる。
日本企業も同じだ。人口が右肩上がりで増えて、経済も順調も成長をしている時は、年功序列も滅私奉公もうまく機能する。ホウレンソウによって風通しがよくなる。しかし、人口が減少に転じて経済も低迷してくると、年功序列も崩壊してリストラが加速して、滅私奉公は過労死へ、という感じで逆回転をしてしまう。
「目標達成のためには部下の生殺与奪権を与える」なんてことが経営計画書に書かれるほど、管理主義が浸透していたビッグモーターは、典型的な「軍隊企業」だ。拡大戦略がうまくいっている時は、ブラック労働でも社員は高収入が得られたので、LINEを用いたホウレンソウも機能していた。
しかし、拡大戦略が破綻すると、敗戦間際の日本軍のように、現場に過剰なプレッシャーがかけられる。すると、LINEを用いたホウレンソウは機能しないどころか、「公開処刑」などのパワハラの温床になり下がってしまうのだ。
われわれは一度、「これが正しい」と教育されたことはなかなか否定できないが、「時代」が変われば、「正しい」も変わっていく。ホウレンソウはその代表だ。
今は「LINEで業務連絡はするのはブラック企業」という主張が多く見られるが、そう遠くない未来、「ホウレンソウを徹底せよというのはブラック企業」が社会の常識になっているかもしれない。
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窪田 順生(くぼた・まさき)
ノンフィクションライター
1974年生。テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者等を経て現職。報道対策アドバイザーとしても活動。数多くの広報コンサルティングや取材対応トレーニングを行っている。著書に『スピンドクター“モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)、『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)など。
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(ノンフィクションライター 窪田 順生)