2020年に全国導入されたマクドナルドの「モバイルオーダー」が、業界の課題だった「レジ前の行列」を解消しつつある。モバイルオーダーの注文と有人レジの注文は同時にさばかれるので、行列に並ぶより、手元のスマホで注文したほうが早いからだ。利用率は右肩上がりで、一部店舗では時間帯によって注文の半数以上を占めることもあるという。「神サービス」の導入経緯を同社に聞いた――。(聞き手・構成=フリーライター・村上敬)

■「列を飛ばして受け取れる」が目的ではない

――「モバイルオーダー」機能を使って、レジ待ちの列を飛ばして商品を受け取る人をよく見かけるようになりました。

【藤本】列を飛ばして受け取れることに注目が集まりがちですが、もともとはお客様の店舗体験を向上させることがメインの狙いでした。お客様には自分のペースで商品を選びたいというニーズもあります。そのニーズに対応するために導入したのが「モバイルオーダー」です。商品を受け取るまでの時間が早いか遅いかより、心地よく注文していただくことを重視して入れた施策の一つでした。

撮影=プレジデントオンライン編集部

そもそもモバイルオーダー単体で生まれたわけではありません。マクドナルドは、2019年ごろからピープルとデジタルを融合させた「未来型店舗体験」を推進しています。

お客様のライフスタイルが多様化する中で、「クルーのホスピタリティ」というピープルの部分とともに、デジタルも活用してお客様のニーズにお応えすることが狙いでした。

■「クルーのサービス」を支えるためのプラットフォーム

具体的には、店内でおもてなしを専門におこなう「おもてなしリーダー」や、できたての商品をクルーがお席までお持ちする「テーブルサービス」、駐車場に停めたお車に商品をお持ちする「パーク&ゴー」などがそれに当たりますが、モバイルオーダーも未来型店舗体験の一つとして導入しました。

モバイルオーダーができれば、たとえばお子様づれのお車のお客様が駐車場に停めたまま注文してパーク&ゴーで商品を受け取ることができます。また、店舗でお食事が終わって「コーヒーをもう一杯飲みたい」と思ったとき、モバイルオーダーとテーブルサービスを組み合わせれば、席から移動せずに注文して受け取れます。

モバイルオーダーはこのような多種多様なニーズを満たすためのプラットフォームとして開発したものであり、正直、列をスキップできるという視点はあまりありませんでした。

■ピーク時でもさばけるように製造キャパシティを倍増した

――一般的なモバイルオーダーは時間指定型が多いですね。マクドナルドは違います。

【藤本】時間指定型にするのは、ご注文をいただいてからすぐに商品をご提供できる体制がないか、あるいは他に何か狙いがある場合でしょう。マクドナルドはすぐに商品をご提供できる体制があるので、注文を時間指定で予約する方式にはしませんでした。

お客様はオーダーしたらすぐ食べたいですよね。そのニーズにお応えしています。

もちろん、課題もありました。新しい注文方式が増えると、キッチンの機器やクルーの負荷が増えることはたしかです。ただ、モバイルオーダーの導入と同時に店内設備のアップグレードを進めてきました。

たとえば、商品を受け取るカウンターの上で番号を表示する「オーダーメニューボード」というモニターはその一つです。これがなければ複雑化するオペレーションに対応できなかったかもしれません。

撮影=プレジデントオンライン編集部
商品カウンター上の「オーダーメニューボード」。モバイルオーダーの注文分はMから始まる番号で表示される。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

キッチンの製造設備もアップグレードしています。

従来から2レーンで調理して受取口まで運ぶ厨房機器はあったのですが、2016年にベルトコンベアを導入、4レーンに倍増された新型の厨房機器が開発されました。

モバイルオーダー導入やデリバリー強化によるピーク時の注文量の増加に向けて、大きな店舗を中心にこの機器の導入を進めて製造キャパシティを増やす準備をしていましたし、新店は開店時から導入できるような設計にしています。

■全国3000店舗で一気に導入できた理由

――フランチャイズ店舗が大半ですよね。一気に導入するというのは大変そうです。

【藤本】マクドナルドは全国あわせて約3000の店舗があります。このうち、7割がフランチャイズ店です。モニターや新しい厨房機器への投資にはお金がかかりますし、導入したくてもスペースに制限がある店舗など、状況はさまざまですので、一気に導入はできません。

ただ、普段からフランチャイズオーナーのみなさんとコミュニケーションする機会は多く、今回の未来型店舗体験に関しても、モバイルオーダーや厨房機器のメリットはもちろん、将来のビジョンを含めてオーナーのみなさんに一つひとつ丁寧に説明させていただき、数年かけて実現しました。

撮影=プレジデントオンライン編集部
クルーの頭上にも注文を表示するモニターが設置されている - 撮影=プレジデントオンライン編集部

もともとアプリがあったことも大きいですね。2018年ごろで、マクドナルド公式アプリのMAU(マンスリー・アクティブ・ユーザー)は1700万人いました。すでに強いお客様の母体があったので、それを活用してさらに良いサービスを展開していけたことも導入のスピードを後押ししました。

■既存のアプリ4つを公式に統合した

――マクドナルドがアプリの運用を始めたのはいつからでしょうか。

【藤本】ガラケー時代の「トクするケータイサイト」をスマホ向けのサービスにしようと公式アプリを開発したのが2010年です。当時の公式アプリはクーポンや店舗検索やプロモーション情報といった機能が中心でした。その後、14年に「マックデリバリーサービス」、15年にお客様アンケートアプリ「KODO」をリリースしました。「モバイルオーダー」も最初は単体のアプリとして2019年に沖縄からサービスの提供を開始し、20年1月に全国でローンチしました。

――モバイルオーダー開始時点でアプリが4つあったのですね。今はすべて公式アプリに統合されています。

【藤本】モバイルオーダーアプリは20年3〜4月に統合しました。他のアプリも順次統合して、22年11月にはすべて公式アプリにまとめられました。

提供=日本マクドナルド

たとえば同じブランドでも、ショッピングと動画というように完全に違う役割を持ったものなら、別々のアプリにする意味はあると思います。しかしマクドナルドは、お客様にハンバーガーをお買い上げいただいて楽しんでもらうことがすべての着地点です。ならば4つ別々に開くのでなく、一つにまとめたほうがお客様の利便性も向上すると考えました。

■「DX」という言葉は使わない

――4つあったものを一つにするとごちゃごちゃして使い勝手が悪くなるおそれもあります。UXで工夫された点はありますか。

【藤本】ボタンの位置や数、フォント数など、できるだけシンプルにすることは意識しました。ただ、UXは当然こだわるものの、アプリの世界だけで考えることはしまぜん。重要なのは店舗体験を含めた全体感。お客様が店舗で実際にどのような体験をするのかというカスタマーエクスペエンスを念頭に置いてデザインしています。

提供=日本マクドナルド

さらにエンプロイーエクスペリエンスの視点も欠かせません。モバイルオーダーでクルーのオペレーションの負担が増して良い接客をする余裕がなくなれば、お客様の店舗体験が損なわれかねません。お客様の声だけでなく、店舗からもフィードバックをもらって全体で改善を続けています。

ちなみにマクドナルドでは「DX」という言葉を使っていません。ピープルとデジタルを融合させて、いかにカスタマーセントリックな世界をつくるかが重要だと考えています。

■モバイルオーダーの注文が「半数以上」になることも

――モバイルオーダーの利用率はどれくらいですか。将来的には、「レジなし店舗」のような形もありうるのでしょうか。

【藤本】22年はカウンターで注文するお客様のうち約16%がモバイルオーダーでした。時間帯によっては半数以上がモバイルオーダーという店舗もあり、利用率はどんどん高まっています。また、店頭のデジタルタッチパネルで商品画像を確認しながらセルフ注文できる「セルフオーダーキオスク」の導入も一部店舗で始まっています。ただ、マクドナルドはお子さんからご高齢の方までご利用いただいています。多様なニーズにお応えすることが大切なので、現金が使えるレジをなくすことは今のところ考えていません。

撮影=プレジデントオンライン編集部

ただ、お客様のニーズはデジタルの進展とともに変化するということもまた事実です。たとえば自動運転が普及すれば、お客様がドライブスルーに求めるものも変わるかもしれません。そうした変化にスピーディーに対応するには、アプリも柔軟性や拡張性が必要でしょう。お客様の新たなニーズを汲み取ったときに、アプリが対応できなければ後れを取ってしまう。店舗体験を良くするためのプラットフォームとして、さらに進化させていきたいですね。

----------
藤本 靖(ふじもと・やすし)
日本マクドナルド マーケティング本部ナショナルマーケティング部 部長
2006年日本マクドナルド入社、2016年よりGoogle合同会社勤務を経て、2019年より現職。
----------

(日本マクドナルド マーケティング本部ナショナルマーケティング部 部長 藤本 靖 聞き手・構成=フリーライター・村上敬)