苫小牧CCS大規模実証試験に関する展示(筆者撮影)

最近、自動車産業界でカーボンニュートラルに関わる取材や意見交換をする中で「それはCCSも考慮して……」という表現が出てくることが、増えてきた。

CCSとは「Carbon dioxide Capture and Storage」の略語で、「Carbon dioxide:二酸化炭素」を「Capture:回収」して「Storage:貯留」する技術を指す。

工場や発電所等から排出されるCO2を大気放散する前に回収し、地下へ貯留する技術だ。


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これには、「カーボンニュートラルの実現に向けて、将来とても期待できる先進的な技術だ」という前向きな意見がある一方で、「埋めたCO2が漏れ出すことはないのか」「地震への影響はどうなのか」といった安全面への懸念や、「高コストで事業として成立しないのではないか」といったビジネス視点の意見など、賛否両論がある。

そんな中で今、CCSを取り巻く環境がグローバルで大きく変化しているのだ。たとえば、経済産業省が2023年3月に公開した、「CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ」には、次のような記載がある。

「昨年、世界的に、懐疑論から政策導入に転換。貯留地を巡る『大競争時代』の到来」

このように国は、CCSが今、歴史的な大転換期に入ったという認識を示しているのだ。一般的には、まだまだ知名度が高くないCCSの実態を知るため、筆者は北海道の苫小牧(とまこまい)市を訪れた。

北海道唯一の石油精製所に隣接 

苫小牧と聞いて、あなたは何をイメージするだろうか。

改めて苫小牧市のデータを紹介すると、位置は札幌の南約60km、新千歳空港から約20kmの沿岸部にあり、面積は東京23区とほぼ同じ約560平方キロメートル。人口は16万7502人(2023年5月末時点)の街だ。

ホッキ貝の漁獲量で21年連続日本一という漁業の町であり、また取扱貨物量では海外を含めて全国3位、国内向けでは全国1位の国際拠点港湾という海運の町でもある。関東圏からは北海道への海のルートとして、茨城県大洗からのフェリーで着く港としても知られている。


苫小牧港の空撮風景(写真:7maru / PIXTA)

工業の分野でいえば、1910年に創業した王子製紙の中核工場の町である。そのほか、トヨタのトランスミッションやCVTを製造するトヨタ自動車北海道や、トヨタ関連企業のアイシン北海道など、沿岸部に多様な産業が集積する地域である。

そんな苫小牧の市街地から埠頭をまわってクルマで30分ほど、市街地からの直線距離だと3kmほどの距離に、日本最大級のCCS大規模実証実験の場がある。CCSに関する施設が市街地にこれほど近い位置にあるのは、世界でも極めて稀だ。

今回の目的は、まず「苫小牧CCS実証試験センター」を取材すること。現地に到着すると、そこは今や北海道で唯一の石油精製施設となった出光興産北海道製油所だった。

日本CCS調査は、経済産業省からCCSに関連する各種の事業を行う受託事業者として2008年に設立され、出光興産から敷地の一部を借りて実証試験を行っている。

2012年から施設の建設や坑井の掘削など準備を行い、2016年から地中にCO2圧入を行い、2019年11月22日に当初目標の30万トンの圧入を達成したことで、圧入を停止。現在はモニタリングのみを行っている段階だ。


苫小牧CCS実証試験センターの敷地内の様子(筆者撮影)

30万トンというCO2圧入量の根拠は、出光興産北海道製油所から受け取るガスの量に関係している。

石油製品の精製過程で使う高純度水素ガスを得るPSA(プレッシャー・スイング・アドソープション:圧力スイング吸着)装置を経た「PSAオフガス」は、成分の約50%がCO2で約40%が水素、そして残りがメタンなどの炭素を含む燃えるガスだ。

このガス中のCO2の量が最大600トン/日で、年間で約20万トンとなるが、製油所の定期修理などを考慮して、その半分の年間約10万トンをCCS実証実験で使用。実証期間が約3年であるため、今回の実証試験として地中に埋めるCO2総量を30万トンと定めた。

日本CCS調査の資料に基づき、CCSの仕組みを簡単に紹介しよう。CO2を埋める地層を「貯留層(ちょりゅうそう)」と呼ぶ。

貯留層には、砂岩や火山岩類などすき間のある地層が適しているとされ、その上にCO2を通さない「ふた」の役目を果たす泥岩などでできた地層、「遮蔽層(しゃへいそう)」が必要だ。

苫小牧CCS大規模実証試験では、前述のPSAオフガスからCO2放散塔と低圧フラッシュ塔(LPFT)という2つのCO2回収塔で、CO2吸収液に活性化アミンを使って回収する。


圧縮したCO2を海底下に送る圧入井(筆者撮影)

得られたCO2を圧縮して、2つの「圧入井(あつにゅうせい)」から沖合の海底下・深度1000〜1200mの萌別層(もえべつそう:砂岩)と、2400〜3000mの滝ノ上層T1部類(火山岩類)に向かってCO2を送った。

結果的には、約30万トンのほとんどが、深度の浅い萌別層に入った。深度の深い滝ノ上層T1部類は98トンのみで、当初の調査での予測のような圧入量は得られなかったという。こうした実証実験全体での設備建設費用は、約300億円である。

よくある4つの質問

今回の取材の中で、日本CCS調査の視察者から「よく聞かれる質問」が4つあると説明された。1つ目は、「埋めたCO2が、地中や海中に漏れ出さないのか」。

これについては、苫小牧CCS大規模実証試験を含めて、世界各地のCCS関連施設で各種の観測機器を使ったモニタリングを行っており、現時点で大きな問題は生じていないという。

ただし、モニタリングの期間や方法などについては、国や地域によって準拠する法令が違い、また日本では貯留事業者の保安責任やモニタリング責任が不明確である(経済産業省CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめに記載)といった面もあり、今後は国際基準化などをさらに進める必要があると思われる。

2つ目は、「なぜ、海底下の地層に埋めるのか」である。これは、現時点で陸域でのCO2地中貯留に関する法律がなく、苫小牧CCS大規模実証試験では「海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律」(海洋汚染防止法)に基づいて実施するという立て付けになっているためだ。


苫小牧CCS実証試験設備の位置関係(日本CCS調査株式会社の資料より)

「経済産業省CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ」によれば、これまでの調査で日本にはCO2貯留に適した地層(貯留層)が北海道から九州まで11地点で、合計160億トンあると推定されている。

また、IEA(国際エネルギー機関)の試算から推計すると、国がカーボンニュートラルを目指す2050年時点でのCCSの想定年間貯留量の目安は、年間約1.2億〜2.4億トンだ。ここからバックキャストすると、2030年中には国内でCCS事業を開始し、そこから2050年に向かって事業拡大に導く必要があるとの考えを国は示している。


CCSの導入拡大イメージ(CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ 説明資料より)

そのため、国は現在、CCSに関する早急な事業環境整備を進めており、その中で新しい法律の策定について議論しているところだ。その新法に基づき、今後は日本の内陸部でのCCSも実施される可能性が高いと考えられる。

3つ目は、「コストが高いのではないか」という点だ。これについては、「経済産業省CCS長期ロードマップ検討会 最終とりまとめ」の中で目標値を示している。

具体的には、CO2の分離・回収は、2030年に約半減、2050年に4分の1以下。輸送は、2030年にコスト削減を目指す事業を開始し、2050年に7割以下。貯留は、2030年にコスト削減を目指す事業を開始し、2050年に8割以下だ。

このように、分離・回収については現状技術の発展による技術革新のスピードが速い一方で、輸送と貯留についてはまだ検討の初期段階にある印象だ。

大きく変わるCCSへの風向き

4つ目は、「地震による影響はないのか」という懸念だ。

2018年9月に発生したマグニチュード6.7の北海道胆振東部地震で、苫小牧CCS実証試験センターは震度5弱を経験しているが、地上設備の異常はなかったという。また、貯留層についても、モニタリングしている温度や圧力の観測データ等から、CO2の漏洩を示唆するデータは観測されてないことについて有識者の共通認識を得ている。

こうした最新設備を持ち、しかも市街地からの距離が近い苫小牧CCS大規模実証試験は、世界的にも関心が寄せられている。

海外から視察に訪れた人は、2012年度より50カ国以上2000人に達しており、海外政府、大使館、大学・研究機関、産業関係者、海外メディアなどさまざまだ。ところが国内の視察者については最近、変化が起きているという。

日本CCS調査の取締役総務部長 川端尚志氏は「最近、視察に来られる方には、銀行や保険の業界の関係者も増えてきた」と、CCSに関する大きな時代の変化を感じているというのだ。

背景にあるのは、2010年代後半からESG投資(環境・社会性・ガバナンスを重視した投資)がグローバルで広まったことと、それに伴い日本では菅政権時に2050年カーボンニュートラルに向けた政策を掲げたことが挙げられる。CCSを学術的な観点だけではなく、社会実装を前提とした事業として捉える人が増えてきているといえるだろう。

さらに、冒頭で紹介した「昨年(=2022年)、世界的に(CCSは)懐疑論から政策導入に転換。貯留地を巡る『大競争時代』の到来」(経済産業省CCS長期ロードマップ検討会 最終取りまとめ)という状況で、CCSに対する関心がグローバルで一気に高まっていることも大きな理由の1つだ。CCSは今、明らかに大きな転換期にあるといえる。

そもそも苫小牧が選ばれたワケ

そうしたCCSに対する時代の変化については、苫小牧市でもはっきりと認識しているという。

苫小牧市産業経済部企業政策室港湾・企業振興課 課長の力山義雄氏と主査の内山隼典氏も「菅政権のカーボンニュートラル宣言後、CCSについては苫小牧市だけではなく国全体で風向きが変わった印象がある」と変化を体感していると話す。


苫小牧市産業経済部企業政策室港湾・企業振興課の力山義雄課長(右)と内山隼典主査(左、筆者撮影)

では、なぜ大規模なCCSの実証試験場が苫小牧に作られたのか。もとをたどれば、早い段階で苫小牧市に確定していたわけではないという。

国内で複数の候補地があったが、2011年の東日本大震災によって国は候補地選びに苦慮し、そうした中でそれまでも環境施策に積極的だった苫小牧市がCCS大規模実証試験の誘致に動いたという経緯があるのだ。

背景にあるのは、岩倉博文市長の“先見の明”と、苫小牧市民が「苫小牧は工業の町」という意識を持っていることが挙げられる。

古くはパルプ産業から始まり、現在では大規模な苫小牧東部地域を筆頭にした10カ所の工業団地(総面積1万3000ヘクタール)に、紙・パルプ、自動車、石油・天然ガス、化学、産業ガス、鉄・金属、物流……など、約800社がさまざまな事業を行っている。

そのため、苫小牧の人と社会は新しい産業を受け入れることに柔軟で、実際にCCS大規模実証試験に対する苦情はほとんどないという。

こうした中、苫小牧市は2022年3月、「苫小牧市再生可能エネルギー基本戦略」を発表した。2021年8月に行った「苫小牧市ゼロカーボンシティ宣言」と産業振興の両立を図る施策である。

具体的には、CCSにUtilization(利用)を加えた発想であるCCUSやカーボンリサイクル、再生可能エネルギー、水素を含めた苫小牧市としての検討会や推進協議会、さらに国やNEDO事業を苫小牧市が環境関連の施策として一体化した形である。


苫小牧市役所ロビーにある苫小牧CCS大規模実証試験に関するデータに関するモニター(日本CCS調査の資料より)

苫小牧市が民間事業者に対して、プロジェクト誘致や雇用確保などを戦略的にアプローチしていく仕組みだ。

苫小牧市としては、CCS大規模実証試験をきっかけとした「次世代の町づくり」を着実に進めていくことになる。また今後について、苫小牧市は独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の令和5年度「先進的CCS事業の実施に係わる調査」に応募したところであり、さらなる活性化が考えられている。

同取材後、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)は2023年6月13日、「先進的CCS事業」として、苫小牧地域CCSを含む全国7つの事案について認定した。

「作る」と「使う」のバランスの中で

最後に、日本におけるCCSの今後について私見を述べたい。最も大事なことは、CCSやCCUSを含め、カーボンニュートラルに向けた「社会全体のエネルギー需給バランス」の取り方だと思う。

カーボンニュートラルに対するグランドデザインは、大枠としては菅政権時の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」をベースに、岸田政権が2023年2月に閣議決定した「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」がある。

また、地域社会でもさまざまな計画や戦略があり、今回取材した苫小牧市には「苫小牧市再生可能エネルギー基本戦略」が構築されている。


令和5年度「先進的CCS事業の実施に係わる調査」・選定案件の位置および提案企業(出典:経済産業省/JOGMEC)

そうした中で各方面と意見交換して感じるのは、エネルギーを「作る側」と、エネルギーを「使う側」がまだ、いわゆる「鶏が先か、卵が先か」という議論の中にいるということだ。

また、カーボンニュートラルという枠組みに限らず、「再生可能エネルギー100%の地産地消が理想的だ」という声も多い。だが、化石由来の燃料等を使う既存産業において、カーボンニュートラルに向けてCCSという考え方も受け入れざるを得ないのが現実だろう。

本来、CCSはカーボンニュートラル実現に向けた緩衝/調整装置(バッファー)であり、地球全体がCCSに頼る割合を低くすることが望ましい。

今、事業としてCCSへ投資が集まり始めているところだが、投資による国際的な競争に日本が振り回されることを望む人はいないはずである。「地球の明るい未来」からバックキャストするようなCCSのあり方を、いまこそ日本国内でしっかりと議論していくべきだろう。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)