「実は最悪だったマイナー環境」投打で活躍する大谷翔平がいてもエンゼルスの勝率が5割越さない理由

2023年3月のWBCで日本を世界一に導き、大会MVPを獲得した大谷翔平。大谷自身の活躍は連日スポーツニュースで取り上げられているが、所属するエンゼルスはここ数年勝率5割以上でシーズンを終えたことがないという。その理由を『もっと知りたい! 大谷翔平: SHO-TIME観戦ガイド』 (小学館新書)から一部抜粋・再構成してお届けする。

「なおエ」なエンゼルス…残念な負け方が多い

大谷さんがMLBに移籍してからの5年間、私は毎年のようにエンゼルスの快進撃を期待してはいるのですが、残念ながらエンゼルスは2015年から2022年シーズンまで8年連続でプレーオフ進出を逃しています。

春先はチーム状態がよく、チーム成績で上位に位置しますが、故障者や投手力不足で、最終的には失速。結局は下位に沈むという傾向がここ数年は顕著です。

MLB現役最高選手の呼び声が高いマイク・トラウトと大谷さんが奮闘しながらも、結局は試合に敗れてしまうことが多いエンゼルス。そこでインターネット上で生まれたのが、エンゼルスの弱さを揶揄する「なおエ」という言葉です。

「なおエ」とは「なお、エンゼルスは敗れました」という文章の省略形。

新聞などの活字メディアが、試合で大活躍をした大谷さんの様子をひと通り伝えたあと、文末に「なお、エンゼルスは敗れました」と記すことが多いのですが、それがファンの間で「なおエ」という略語として定着してしまったわけです。つまりそれだけエンゼルスは残念な負け方が多いということです。

例えば2022年6月21日のロイヤルズ戦、大谷さんは6打席で4打数3安打、ホームラン2本、8打点と大車輪の活躍をしたのですが、チームは延長11回を戦った挙句、11対12の1点差で負けました。このときは「大谷さん、1人で8打点! なおエ」といった興奮とため息の入り混じった書き込みがネット上にあふれかえりました。

大谷さんがエンゼルスに加入してからのチーム成績を振り返ると、2018年(マイク・ソーシア監督)が80勝82敗の4位で勝率は4割9分4厘、2019年(ブラッド・オースマス監督)が72勝90敗の4位で同4割4分4厘、コロナ禍で短縮60試合シーズンとなった2020年(ジョー・マドン監督)が26勝34敗の4位で同4割3分3厘、2021年が77勝85敗の4位で同4割7分5厘、2022年(マドン監督とフィル・ネビン監督代行)が73勝89敗の3位で同4割5分1厘となっています。

なんと、投打で活躍する大谷さんが加入してから、エンゼルスは勝率5割以上でシーズンを終えたことがありません。見ているファンはもちろんですが、一番がっかりしているのは、世界一の選手を目指し、ワールドシリーズ制覇を夢見てMLBに挑戦した大谷さんかもしれません。

戦力的には十分戦えるはずなのに、試合には弱いエンゼルス。一体なぜ?

試合を観戦しながら不思議に思っている方も多いのではないでしょうか。その謎はエンゼルスの球団の体質をひもとくと、答えが見えてくるはずです。

開幕直後は好スタートを切るが中盤から失速するパターン

2022年シーズンはエンゼルスのもろさが際立ったシーズンでした。5月15日のアスレチックス戦を終えた時点で24勝13敗。貯金11でエンゼルスはア・リーグ西地区の首位を快走していました。

もしかしたら今年はやってくれるかも! と期待に胸を膨らませた矢先のことです。5月下旬から6月上旬にかけて球団史に残るワースト記録の14連敗。マドン前監督も解任され、結局、例年と変わらない、「なおエ」なシーズンとなってしまいました。

大谷さんがエンゼルスに移籍した2018年以降、開幕直後は好スタートを切りますが、シーズン中盤から終盤にかけて失速する、この繰り返しでした。ベストメンバーなら強い打線とされていますが、故障者が出ては、代わりに台頭する選手が少ない。簡単に言えば、結果的に選手層が薄いメンバーだったと言わざるを得ません。

MLB球団で最下位! エンゼルスのマイナー環境

1つの要因として、マイナー組織から選手が育ちにくいことがあります。2022年の時点で、MLB公式サイトが発表したファームシステム(マイナー組織の育成環境など)のランキングによると、エンゼルスはなんと、MLB30球団で最下位の30位となっています。

理由は、過去にドラフト上位で指名した選手が、期待通りに活躍していないことにあります。

近年で言えば、テイラー・ウォードが2015年のドラフト1巡目(全体26位)で指名され、2022年シーズン、強打を生かしてレギュラーに定着しました。一方、2017年のドラフト1巡目(全体10位)に指名されたジョー・アデルは、期待が大きかったものの守備面に不安を残し、MLBのトップレベルの舞台ではいまいち活躍できていません。主力がケガで離脱した時に、若手がカバーし、主力選手を脅かすくらいの活躍をする。バランスのいい新陳代謝が強いチームには欠かせないのですが、その新陳代謝が少ないのです。

ただ、ポジティブな傾向もあります。2020年のドラフト1巡目(全体10位)で指名された期待の左腕リード・デトマーズが、2022年5月に球団史上最年少22歳でノーヒットノーランを達成。シーズンを通じて好不調の波はありましたが、25試合の先発登板で7勝6敗と踏ん張りました。また、最速105.5マイル(約169.8キロ)の剛腕ベン・ジョイスら有望な若手投手もまだいます。

とはいえ、他チームを見渡してみると、同じア・リーグ西地区のマリナーズでは、2018年のドラフト1巡目(全体14位)の右腕ローガン・ギルバートが2022年シーズンで13勝6敗、防御率3.20の好成績を残し、2019年のドラフト1巡目(全体20位)の右腕ジョージ・カービーは8勝5敗、防御率3.39と、若い2人がチームの投手陣を支えました。

レイズでは2018年のドラフト1巡目(全体31位)の左腕シェーン・マクラナハンが、2022年のオールスター戦の先発に選ばれるなど才能を開花させ、12勝8敗、防御率2.54と大活躍。若い投手が順調に成長している他球団を見れば、エンゼルスには物足りなさが残ります。

チグハグな補強…選手層の薄さと投手力の弱さ

もう1つ、投打のバランスが合わない要因として、補強の失敗も挙げられます。2000年以降、エンゼルスはFAで様々な大物選手を獲得してきました。

例えば歴代4位の通算ホームラン703本を誇るアルバート・プホルス。最近では2019年オフにワシントン・ナショナルズからアンソニー・レンドンと長期契約を結びました。ただプホルスは全盛期ほどの活躍ができず、レンドンは2021年から2年連続で故障に泣き、ふがいないシーズンを送り、いずれも期待された結果を残せてはいません。

獲得した選手はいずれも野手で、アストロズからヤンキースに移籍したゲリット・コールのような大物FA投手の獲得はならず、最終的には選手層の薄さと投手力の弱さが毎年のように勝てない要因として指摘されています。

FA選手の獲得や、大型トレードの決定権を持っているのが、エンゼルスのオーナー、アート・モレノ氏だと言われています。

2020年シーズンのキャンプ直前、ドジャースの前田健太がツインズにトレードされました。当時、レッドソックスに在籍していたムーキー・ベッツの獲得を狙っていたドジャースとの三角トレードが成立。この大型トレードには当初、エンゼルスも加わっていたと報道されました。エンゼルスは、ドジャースから左の長距離砲ジョク・ピーダーソンと、先発右腕ロス・ストリップリングを獲得すると報じられていましたが、直前で白紙に。

これは、オーナーのモレノ氏の意向だったとされています。明確な理由は明かされていませんが、モレノ氏が交渉にしびれを切らして、撤退を決めたと複数の米メディアが伝えています。

ヤンキースなど複数の金満球団がエンゼルスに大谷トレードを打診

2022年7月下旬から8月初旬にかけて、大谷さんのトレードも大きな話題となりました。

ヤンキースなど複数の金満球団がエンゼルスに問い合わせをしたそうですが、結局、球団の方針として大谷さんをトレード市場には出しませんでした。やはり、これもオーナーの意向と報じられています。つまり、大型補強や長期契約はオーナーの一存で、方針が決まる訳です。

2022年8月下旬に球団の売却を発表し、翌年1月に一転してオーナー権の継続を決めたモレノ氏。方向性が不透明ですが、今後チームの補強をどのようにしてうまく進めていくのかは、オーナーの決断にもかかっているわけです。

昔から弱かったわけではない

ここ数年低迷を続けているエンゼルスですが、過去をたどれば必ずしも弱いチームではありませんでした。大谷さんが選んだエンゼルスという球団のことを知っていただくためにも、簡単に歴史を振り返ってみましょう。

球団創設は1961年で、60年以上の歴史があります。夢と魔法の王国ディズニーランドから車で約5分のオレンジ郡にあるアナハイム市に、新球場アナハイムスタジアムが完成したのは1966年のことでした。新しいスタジアムのオープンをきっかけにエンゼルスは、「カリフォルニア・エンゼルス」と改名しました。

「球団ではノーラン・ライアン以来」

そして救世主が出現します。その名はノーラン・ライアン。1972年メッツからエンゼルスに移籍して1年目にいきなりア・リーグ奪三振王に輝き、1973年はサンディ・コーファックス(ドジャース)が持つMLB記録更新の383奪三振をマーク。その年から3年連続で合計4度もノーヒットノーランを達成。1974年には人類史上初めて速球のスピードが100マイル(約161キロ)の壁を突破し、彼のニックネームである「ライアン・エクスプレス」から、日本では「カリフォルニア超特急」として知られるようになりました。

ちなみに大谷さんが活躍すると、球団記録も度々掘り起こされますが、そのときに枕詞のように使われるのが「球団ではノーラン・ライアン以来」とのフレーズです。2022年で言えば、大谷さんが6試合連続で2ケタ奪三振をマーク。ライアンの持つ球団記録、7試合連続には及びませんでしたが、メジャー歴代1位5714奪三振を誇る名投手に迫る勢いでした。

大谷さんが現在のエンゼルスの人気を支えているように、ライアンの活躍によって当時のチームの人気も上昇。1975年以降は毎年100万人以上の観客を動員し、チームカラーを紺から赤色主体に変えたことで雰囲気も明るくなり、同じロサンゼルスのドジャースに人気、実力とも肩を並べられるくらいのチームになりつつありました。

ドジャースに対抗すべく、チーム作りに多大な功績を残した人物がいます。1951年から18年間にわたってドジャースのGMを務め、在任中に8度のリーグ優勝、うち4度の世界一と大繁栄をもたらした球界の大御所、バジー・バベージです。

もしエンゼルス黄金期に大谷さんがいたら…

1977年オフにエンゼルスのGMに就任するや否や戦力補強し、最初のシーズンとなる1978年に早くもチームを5位から2位へと押し上げました。同年オフにはツインズから〝安打製造機〟ロッド・カルーをトレードで獲得。ロッド・カルーはア・リーグで7度も首位打者に輝き、1977年は驚異の打率・388をマーク。リーグMVPにも輝いたパナマ出身の大スターです。

1979年、エンゼルスは”Yes We Can(為せば成る)”をスローガンに開幕早々10連勝と好スタートを切り、エースのライアンを筆頭とする投手陣の活躍とア・リーグ№1の得点力で、球団創設19年目にして初の地区優勝。観客動員数は初めて年間200万人を突破し、最終的に252万3575人を集めました。対照的にドジャースは2年連続リーグ優勝から地区3位に転落。観客動員数も286万人と落ち込み、両チームの差が一気に縮まりました。

しばらくエンゼルスの強い時代が続き、1986年までで3度地区優勝を飾りました。もしもこの時代に大谷さんがいたら、と思うのは私だけでしょうか。ライアンとカリフォルニア・ダブル超特急、安打製造機のカルーとパワフル大谷さん、ものすごいチームだったと想像すると、たまりません。

バベージGMの積極的な補強は留まるところを知りませんでした。1981年にMLB史上初めて新人王&MVPを同時受賞したフレッド・リンや、1982年にはワールドシリーズで大活躍し、「ミスターオクトーバー」の異名を取った球界の千両役者、レジー・ジャクソンを獲得。これで、カルーと主砲ドン・ベイラーを含めMVP受賞の経験を持つ選手が4人揃い、「MVPカルテット」が誕生しました。

現在のエンゼルスでMVP受賞歴があるのは、マイク・トラウトと大谷さんの2人。そう思うと、当時の打線はすさまじいですね。ちなみにジャクソンは1982年、メジャートップのホームラン39本を放ちます。これは2020年まで左打者としては球団記録でした。これを塗り替えたのが、大谷さんです。2021年シーズン、大谷さんはホームラン46本をマーク。野球殿堂入りを果たしているジャクソン超えを果たしたのです。

『もっと知りたい! 大谷翔平: SHO-TIME観戦ガイド』 (小学館新書)

福島 良一

2023年6月1日

990円(税込)

‎192ページ

ISBN:

978-4098254507

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2023年3月のWBCで日本を世界一に導き

大会MVPを獲得する大車輪の活躍をした大谷翔平。

2023年シーズンのMLBも開幕から投打に好調な滑り出しを見せて、

2021年シーズン以来2度目のア・リーグMVP獲得にも期待がかかる。

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