最近よく聞くようになった「空飛ぶクルマ」。垂直離着陸できる小型の交通モビリティは、従来からある小型ヘリコプターと何が違うのでしょうか。代表的な機種と比べてみたら、ヘリコプターの優秀性を再発見することができました。

なんで「クルマ」と呼ぶようになった?

「空飛ぶクルマ」という言葉が流行しつつあります。昨今、各種メディアやインターネットでよく見かけるようになりました。

 まるでSF映画に出てきそうな未来を彷彿とさせるこの新しい乗りものは、現在、世界中で開発競争が激化しつつあります。日本でも2025年の大阪・関西万博での実用化を目指している「スカイドライブSD-05」という機種があり、2023年5月現在、すでに100機のプレオーダー(10機の確定、90機のオプション)を集めています。

 とはいえ、「空飛ぶクルマ」とはそもそも何なのでしょうか。既存の飛行機やヘリコプターとは何が違うのか判然としません。また実用化されると、私たちの生活にどんな影響を与えるのでしょうか。


フランスのスタートアップ企業アセンダンス・フライト・テクノロジーズが開発中の5人乗り垂直離着陸機「ATEA」のイメージ(画像:ASCENDANCE FLIGHT TECHNOLOGIES)。

 実は「空飛ぶクルマ」という言葉には正確な定義がありません。そのため様々な形態がありますが、一般的には、電動モーターを備えた小型の垂直離着陸機「eVTOL」を指すことが多いようです。eVTOLとは「Electric Vertical Take-Off and Landing」の略で、日本語にすると電気で動く垂直離着陸機という意味になります。

 たとえば前出のSD-05ではプロペラやローターが複数あることで、ヘリコプターのように上下に動くことができます。また、電動化によって騒音や排気ガスを抑えることができると開発元は説明しています。

 SD-05にクルマとしての機能はありません。「クルマのように誰もが日常的に使える航空機を目指す」という目標から「空飛ぶクルマ」と呼ぶようになったと明記されています。

ヘリコプターと何が違う?

「空飛ぶクルマ」は、渋滞も関係なく都市をスピーディーに結ぶ次世代モビリティであるなどと大変もてはやされていますが、ここでひとつの疑問が浮かびます。「空飛ぶクルマ」はそもそも「ヘリコプター」と何が違うのでしょうか。

 実は何も違いません。「空飛ぶクルマ」とは「ヘリコプター」そのものであり、これは商戦略上のために新しい名前をつけただけだと考えていいでしょう。


日本企業スカイドライブが開発を進めるSD-05(画像:スカイドライブ)。

 たとえば「空飛ぶクルマ」は、ビルの屋上や街中の駐車場といった、比較的狭いスペースから離着陸が期待できますが、これは当然ながらヘリコプターでも可能です。また電動化によってヘリコプターより騒音が抑えられるというのも、そもそもヘリコプターの騒音はエンジンではなく回転翼によって発生するという原理上、それほど大きく変わらないでしょう。

 しかしながら「空飛ぶクルマ」と「ヘリコプター」においてもっとも大きな差が出るポイントが2つあります。

 まず1つ目は「価格」です。2名が乗れるSD-05とほぼ同等のヘリコプターとしてロビンソンR-22があります。R-22は1970年代に開発されたシンプルなレシプロエンジン・ヘリコプターであり、ロビンソン社のウェブサイトでは様々なオプションを選んで実際に見積もりして、発注(購入)までできます。2023年5月時点ではR-22は36万〜38万ドル、日本円で約5000万円でした。一方SD-05は約150万ドル、約2億円であり、価格面では現状、4倍もの差が生じています。

傑作ヘリコプターと比較してみた

 2つ目の大きな差は「性能」です。実際にSD-05とR-22の性能を比較してみましょう。

 乗員は両者とも2名で変わりませんが、最大巡航速度はSD-05が100km/hなのに対してR-22は189 km/h、最大航続距離はSD-05が10kmである一方、R-22は460kmと段違いです。飛行時間もSD-05が10分しか飛べないのに比べ、R-22なら180分、すなわち3時間です。

 このように2機種を比較した場合、速度でおよそ2倍、航続距離に至っては46倍、飛行時間は18倍R-22が優れており、SD-05が設計どおりの性能を発揮したとしても全く比較にならないことがわかるでしょう。


約5000万円で購入することが可能な2人乗りヘリコプター、ロビンソンR-22(画像:ロビンソン・ヘリコプター・カンパニー)。

 こうした性能面における問題の原因は、もっぱらバッテリー性能の低さにあります。バッテリーがもっと軽く、小さく、大電力を蓄えられるようになった未来なら違うかもしれませんが、現実的に考えるならば当面「空飛ぶクルマ」は「劣化したヘリコプター」から脱却することは難しいのではないでしょうか。

 遠い未来はわかりませんが、国や自治体さえ喧伝する2025年の大阪・関西万博で「空飛ぶクルマ」がデビューし、社会の何かが変わるかのようなストーリーは夢物語に近く、世界中の「空飛ぶクルマ」の開発者でさえ、そのようなことは考慮すらしていないのではと筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)は推察します。

 またコスト面だけではなく、当然「航空機」として安全に飛行が可能であることを証明しなくてはなりません。三菱スペースジェット(MRJ)はこの安全の証明(型式証明)に失敗し商業化を断念しなくてはなりませんでした。

 非常に厳しい言い方になりますが、「空飛ぶクルマ」で可能なことは全てヘリコプターで可能です。しかも値段はヘリコプターのほうが格段に安く高性能なのですから、もし「空飛ぶクルマ」が新しい交通手段やビジネスを開拓できるのであれば、それは既にヘリコプターによって実現されていると言えるでしょう。