一度ポーラを退職し、再び入社するまでに「外」で試行錯誤した経験から、「会社の知名度や歴史、周囲の人々の存在がいかに大きいか、大切かを知った」と菅沼さんは語ります(写真:梅谷秀司)

社員が会社を辞めるのは、なんらかの理由があるからだ。給料かもしれないし、人間関係かもしれないし、自身のキャリアを考えた結果かもしれない。ライフイベントに合わせた結果かもしれないし、その背景には人それぞれの事情がある。

しかし、中には「一度去った会社に戻ってくる人」もいる。「出戻り転職」と呼ばれる行動だが、本連載ではこの「出戻り転職」にフォーカスを当てたい。一度辞めたのに「戻りたい」と思える会社はそれだけ働く人にとって魅力的だと考えられるし、そこから「社員と会社の良好な関係性」をひもとけると考えられるからだ。

「昔の自分はなんでもできると思っていた。でも転職してみると、会社の知名度や、会社が築いてきた歴史、周囲の人々の存在がいかに大きいか、大切かを知った」

筆者はフリーランス人事として多くのビジネスパーソンの転職相談に乗っているが、中でも多くの人から聞くのが上記のような感想だ。能力の高い人でも、転職先で必ず満足のいく結果を出せるとは限らない。会社の風土、ビジネスの内容、チームとの相性、個人のライフイベントとの兼ね合いなど、多くの変数が影響してくるからだ。

「外」で試行錯誤した経験から得た学び

今回話を聞いたのは、株式会社ポーラの菅沼麻子さん(42歳)。リンクルショット、B.Aなどのポーラの代表的なスキンケア商品開発を担う部署である、ブランドクリエイティブ部・ショット開発チームのチームリーダーを務める女性だ。出戻り転職した人にインタビューする本連載に登場していることからもわかるとおり、一度ポーラを退職し、再び入社している。

退職のきっかけを尋ねると「あの頃は、すごい調子にのっていたんだと思います……(笑)」と、当時を思い出しながら、気さくな語り口で話し始めてくれた。彼女の話からわかるのは、「周囲と協力しながら働けることが、いかにありがたいことか」ということだった。

菅沼さんは2004年にポーラへ新卒入社。化粧品の商品企画に関わった後、グループ企業である株式会社ACROに出向し、コスメブランドTHREEの立ち上げを行う。今となっては定番の人気ブランドという印象のTHREEだが、実は苦労の連続だったという。


菅沼麻子(すがぬま・あさこ)/株式会社ポーラ・ブランドクリエイティブ部・ショット開発チーム チームリーダー。2004年にポーラへ新卒入社。化粧品の商品企画に関わった後、グループ企業である株式会社ACROに出向し、コスメブランドTHREEの立ち上げを経て、2018年にポーラを退職。2021年に再度入社する(写真:梅谷秀司)

「市場そのものを作るところから始めないといけないので、もちろん順風満帆だったわけではなくて、最初の3年はほぼ売れない状況が続いていて。街でショッパーを見かけると驚いていたくらいなんです(笑)」

コスメブランドをゼロイチで立ち上げるという稀有な経験は、菅沼さんに「自信」と「つくること」の楽しさを教えてくれたわけだが、結果的にこれが「転職」につながることとなった。

ある程度のことなら1人でできる気がしていた

「出向先からポーラに戻ったあとは、1から10、10を100にする、ってことが求められていて。0から1を作り上げることをまたやりたいな、って思ったんです。

お恥ずかしい話、あの頃の自分は『1人でなんでもできる!』って思っていて。商品開発をすることができるし、開発依頼先のOEMさん、PR、店舗バイヤーさんと直接お仕事を自分がやらせていただく経験もしたことから、周囲と協力しなくても、ある程度のことなら1人でできちゃう気がしていたんです。

一方で、大きな会社ならではの組織のしがらみや人間関係を煩わしく感じているところもありました。『もっと小回りのきく環境に行って、もっと大きな権限を持つことができれば、自由にできるんじゃないかな』と思うようになりました」

権限を持ちたいのであれば、会社に残って出世すればいいのではと思う人もいるかもしれないが、実際、転職活動と並行して、菅沼さんは社内の昇進試験を受けていた。が、結果的にこれも菅沼さんの転職への意欲を高めることになった。

「うちの昇進試験は、多方面からの審査があります。でも、当時のわたしは仕事がめちゃくちゃ忙しくて。そうなると、『この競争に勝ち抜いてリーダー職を目指そう』という気持ちより、『自分が磨きたいものを磨く道に進もう』という考えになっていくんですよね」

ポーラの昇進試験は、それにかける準備期間が長く、試験回数が多いという。これは人事的な目線で見れば「しっかりしている」わけだが、当時の菅沼さんは「待てない!」という気持ちになったのだった。皮肉な話である。

「今はマネージャーを目指すより、自分が描いているキャリアプランのために向かっていきたい」

「会社で昇進していくよりも、“転職市場や業界内で自分がどう評価されるか”、“自分の伸びしろ”、“それらを知ってもっとトライしたい”」

面接を通して自分自身のキャリアの話を重ねていくことにより、より一層、気持ちが固まっていった菅沼さんは、2018年末にポーラを退職。DtoCブランドの株式会社タカミ(※現在はロレアルグループ)に入社した。

リーダーとして入社、これまでの経験も生かし成長を実感

「最後、3社で悩んでいたんです。即戦力になれそうだけど組織体制がよく似ている会社、THREEのようなミッションがある会社、そしてタカミ。

当時、タカミは、オンラインを主軸にしたチャネル展開でリアル店舗での販売はあるものの、直営店やフラッグシップショップはまだ展開していなかった。これまでの経験を生かすこともできるし、ECチャネルにおける顧客育成に成功していた印象があり、これまで経験したことのない新たなことができる! やってみたい!と思いました。

そして転職決意のもう1つの理由が、社長の化粧品に対するこだわりと情熱。その思いへの共感でした。『思う存分新しいことをやってよ! 絶対一緒に働こう!』と言ってくださり、ここでまた0から1を立ち上げる経験をチャレンジしたいと思って、入社を決意しました」

初めてリーダーという立場で入社したが、結論から言えば「なんでもできる」意識が強くなったという。順調にキャリアを積んでいるように見えるが、後々、その意識の捉え方が変わるとはまさか本人も思いもしていなかったのだろう。

タカミに入社後、実はこれまでキャリアを積んできた商品開発だけではなく、ブランド初のフラッグシップショップの立ち上げを経験する。

「タカミでは、企画開発リーダーとして業務をする傍らで、初となる路面店を急ピッチで進めるというプロジェクトを担当しました。やったことのない店舗づくりでしたが、ブランドを体現するショップを企画するということで、実は商品企画の業務と通ずるものがあり、これまでのキャリア経験が違ったかたちで生かすことができました。

ゼロからデザイナーやアーティストの方々と一緒に作っていく過程が楽しかった。自由にできる分、重圧もすごかったので、それは大変でしたけど、店舗開発って数多くの方と関わるんです。内装会社の方、箱などの資材メーカーの方、メディアの方など。絶対に結果を出したい!と思っていたので、とにかく夢中になっていました。

無事に店舗をオープンできたときは『あ、モノづくりだけじゃなくって、もう店舗づくりもできるようになった!』と、充実した気持ちと、自分の成長を実感しました」

そんなとき、知り合いのスタイリストから「アパレルメーカーで化粧品の商品開発をできる人を探している。一緒にコスメブランドを立ち上げないか?」という誘いを受けることになる。

「THREEの開発をしていたってことをきっかけに声をかけてもらったようでした。今までとは違う業界、アパレルメーカーでコスメ作れるなんて『超自由じゃん!』と感激したし、その頃はまだ0→1をやる余力が残ってたので、転職することにしたんです」

しかし、ここで大きな壁にぶつかった。

「『なんでもできる!』と思っていた私ですが、『業界が変わるとこんなにも仕事の進め方が違うのか』と驚愕することになったんです。というのも、アパレルと化粧品って近い業界って思われがちなんですけど、実際はビジネスモデルがまったく違うんです。

例えば、アパレルだと1カ月もあればTシャツを作ることができる。しかも10枚からでも作れる。一方で、化粧品は作るのに1年以上かかって、ロットも3000個からだったりする。アパレルはセール文化が当たり前。化粧品はセールをしない。化粧品は同じものを使い続けるけど、アパレルはそうじゃない……。

そういったビジネス面の違いを社内で説明するのに、とても苦労したんです。チームを組んでやっていましたが、いい人であったとしても、育ってきた文化が違うと、コミュニケーションを取るのにも苦戦するんです。結果、私は深夜まで働くことも多く、気づけば40代になっていて、昔のように働けるわけでもない……ひとり深夜のオフィスで、周囲の人々の大切さを、身に染みて感じる日々でした」

従業員数が連結で4000人を超えるなど、規模の大きな会社であるポーラ。新しい研究知見を商品開発に反映し販売する、バリューチェーンに沿った組織体制が確立されているが、そのメリットを、退職後により深く理解したのだった。

組織風土が少し変化したポーラ

この経験を通して、「1人では何もできないこと」「チームワークの重要性」「言わずもがなを共有できるありがたさ」などを改めて実感した菅沼さん。そんなある日、ポーラに出戻りするきっかけが訪れた。

「昔の上司から『また化粧品一緒に作らない?』と連絡がきたんです。最初は、委託先を紹介してって意味だと思ったんですが違って。当時は商品開発の真っ最中だったので、最初は軽い反応をしていたんですが、話を聞いていくうちに、少しポーラの組織風土が変わった印象を受けました。

そこからお互いが今どんなことをしているかっていう話になって。その流れで、『面接受けてみない?』と提案を受けました。『まぁ、受けるだけならタダだしな(笑)』と思って入社試験を受けました。

面接のときは、ミッションの確認もして。『メークが弱いから立て直してほしい!』と言われて、よし!と思ったら、箱を開けて見たらスキンケアでした(笑)。でも、そのあと、ちゃんと再度、ミッションの確認をしました。なんのミッションかがわからないと、働く目的を見失うと思ったんです」

そんなこともありつつ、2021年7月に正式に入社。社員になった今ではすり合わせが無駄に終わったことを若干ボヤく菅沼さんではあるが、口ぶりとは裏腹に、面接などを経るなかで「この会社で基幹職になりたい!」という気持ちは日に日に増していった。

そして、組織体制の変更などもあり、同年の10月からマネージャーになった。

「もちろん、昇進試験を受けました。限られた時間の中で猛勉強。短期間でTOEICや論文などもぎゅぎゅっとやって。1年かけて勉強することを3〜4カ月でやるわけなので、まさにお受験みたいな感じでしたね」

もともとポーラを退職した際、菅沼さんは昇進試験の結果が出るのを待っているタイミングだった。時間をかけて考え、覚悟を持って転職した当時は「ポーラに戻るなんて思っていなかった」が、出戻り時には「この会社でチームをもって、仲間と仕事をしたい!」と思って、昇進試験を自ら受けた。外に出ることで、いかに会社のよさを知ることができるのかが、よくわかるエピソードだ。

メンバーが壁にぶち当たる場面も理解できる

そんな彼女は現在、ブランドクリエイティブ部のチームリーダーとして活躍している。リンクルショットやホワイトショットといったブランドのスキンケア・メーク品の開発を担うチームで、新入社員から40代の社員までいる、6名のチームだ。

前述したとおり、規模の大きな会社であるポーラだが、現在、社内では部門の壁を越えてさまざまな従業員のスキルを活用していくスキルシェアの有志グループもあり、アウトプットを最大限高める組織体制と1人ひとりの能力を生かす風土が根づいているという。

そんな特長的な環境の中、菅沼さんは、メンバーがどのような場面で壁にぶち当たるかも理解できるという。

「一度会社を辞めた自分だからこそ、プロパーの人が悩むポイントがわかるんです。会議が多いとか、資料が多いとか、昇進試験が大変だとか。でも、そこを俯瞰して見ると、そんなに悩まなくていいと思えるようになって。

社外を知っているからこそ、『この資料はそこまで作り込みすぎないでいいよ』『だけどここだけは押さえてね』と言えたり、解決する手段の提示の仕方が増えました。無駄な業務や会議なども断捨離してあげる。資料も自分で作り込むことはしないで、みんなで骨組みを作るようにしました。

あとは、頑張っていることをしっかりと認めること。方向を微修正するように力になること。同じ会社にいながらもブレイクスルーできるよう、考えています」

長年勤めた会社を辞めて、外で試行錯誤した経験が、彼女のマネジメントにいい影響を及ぼしたのだ。


(写真:梅谷秀司)

「もし部下や後輩が転職したいと言ったら」

なお、本連載では、「もし部下や後輩が転職したいと言ったらどう接しますか?」と尋ねることがある。「出戻り転職をしたから得られたものがある」と話した人に対し、「そもそも転職したくない会社のほうがいいのでは?」と聞く、いわばやや性格の悪い質問なのだが、菅沼さんの場合はその辺りもひと味違うらしい。


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「私は『辞めないで』とは言わずに、普段から私は『もし辞めたくなったときは教えて! そのときはいいエージェントを紹介するから!』って言っています。働くって楽なことじゃないので、辞めたくなる瞬間って誰にでも、いい会社だとしてもあると思うんです。そう思うこと自体が悪いわけじゃないよなって。

でも、将来に不安を抱いてるときに、1人で悩むのはつらいから、私が相談に乗ることができれば、気が楽になるかなって思っているんです。まあ、私に相談するときには、もうすでに転職することを決めちゃってる場合もあるんですけどね(笑)」

会社を変えることによって、得られる経験は異なってくる。異なる経験をすることにより、これまで気づくことができなかったその会社のいいところや、自分のキャリアに対する希望が明確になってくるものだ。菅沼さんの場合、とくに周囲と協力しながら働くチームワークの大切さを実感した。

そう考えると、この出戻り転職は彼女にとっても会社にとっても、必要なものだったのだろう。

本連載「戻りたくなる組織の作り方」では、出戻り転職を経験した方からの体験談をお待ちしております。実名・匿名を問いません。お申し込みはこちらのフォームよりお願いします。

(桐山 奈々 : フリーランス人事)