政界引退する松井一郎大阪市長(撮影:ヒラオカスタジオ)

来春行われる統一地方選挙。日本維新の会の牙城である大阪では4月9日、大阪府知事と大阪市長、同府議会・同市議会議員の4重選挙となる。とりわけ注目されるのが、松井一郎氏の政界引退で「ポスト松井」を争う大阪市長選。2期目出馬を表明した吉村洋文知事とセットで世代交代をアピールする維新に対し、自民をはじめとする各党や住民団体はIR・カジノ反対を旗印に戦略を練るが、足並みは揃わず、候補者擁立も見通せていないのが実情だ。

不発に終わった維新の奇策「予備選」

現大阪市長の松井氏は大阪府議時代の2010年に橋下徹知事(当時)と地域政党・大阪維新の会を立ち上げた創設者であり、12年にわたって党の顔かつ司令塔として君臨し続けた。その後釜の市長選候補者選定で維新は奇策を打った。党外からも含めて立候補者を公募し、党員投票で決める予備選である。松井氏の指示によるものだった。

これに府議・市議計5人が手を挙げ、今年9月から約3カ月かけて府内各地で公開面接や討論会、吉本芸人を進行役に大喜利大会まで開き、YouTubeで配信。辛坊治郎、須田慎一郎、三浦瑠麗の3氏も加わった選考委員会で2人に絞り込んだ後、12月10日の党員投票で横山英幸・大阪府議が選ばれた。

府職員出身の横山氏は、吉村知事と同じ2011年初当選の「吉村世代」。41歳と若いが、2020年の大阪都構想住民投票では党戦略本部の事務局長を務め、同年秋から大阪維新の会幹事長に就任。香川県三豊市の市長を務めた父親の影響で政治家志向が強く、党内外で早くから市長選候補の本命と見られていた。とはいえ、松井・吉村コンビに比べれば一般的には無名に等しい。予備選は、在阪メディアの注目を集めて候補者の顔と名前を売る「顔見世興行」の狙いがあった。

だが、そうはいかなかった。公職選挙法で禁じる事前運動に当たる恐れから、街頭演説や電話調査など不特定多数を対象とする運動はできず、党内向けのイベントにとどまった。論戦といっても党の従来路線を引き継ぐのが基本で、候補者間で政策や主張の違いも見えにくい。結党時からの目標である都構想=大阪市廃止は、2度の住民投票否決を受けて今回は封印。既存政党や既得権益を敵と見なして攻撃する、いつもの維新流選挙とは勝手が違ったせいか、支持者の関心も低調だった。


吉村知事(左から2人目)が出席した維新の予備選討論会。右端が大阪市長選候補となった横山府議(12月1日、大阪市内。撮影:松本創)

在阪メディアの報道も総じて抑制的で、記者たちに聞くと冷ややかな声が目立った。

「他党との公平性もあるし、コップの中の争いだからニュースバリューもあまりない。外部の有名人でも参戦すれば、もう少し注目されたかもしれないですが」(テレビ局デスク)

「外部選考委員の3人は維新と近いテレビコメンテーターばかりだし、動画はいかにも番組制作会社が作った身内ノリのバラエティ。正直、鼻白みましたね」(テレビ局記者)

「フェアで開かれた選考だとアピールしたいのでしょうが、維新は表面上の言葉やイメージと実態がかけ離れていることが、これまでも多かった。出来レースとは言わないまでも、結局は松井氏や吉村氏の思う本命に決まると思っていた」(全国紙記者)

こうした雰囲気の反映か、党員投票の投票率も39.10%(投票者数8535人)と盛り上がりを欠いた。議員以外の一般党員は34.18%とさらに低く、オンライン投票を導入したLINE会員も見込みほど伸びなかった。予備選期間中は「維新らしい挑戦」「政治革命」と喧伝していた吉村知事も、終了後の会見では「周知する難しさを感じた」「今後の選挙で常に予備選をやるのは難しい」と振り返った。

メディア効果を狙った顔見世興行としては、完全に不発に終わったのである。

「負けている側こそ戦略を持つべき」

ただし、今回の内容は別として、予備選というアイデア自体を「面白い」と評価する声もある。維新の選挙戦略に詳しい選挙プランナーの松田馨氏はこう語る。

「維新は大阪で圧倒的に強いにもかかわらず、常に危機感を持っている。改革政党を標榜しているからでしょう、飽きられてはいけないと積極的に新しいことをやろうとする。メディア利用に長けていると見られがちですが、彼らは自分たちの広報戦略は下手だと思っているんです。今までは橋下・松井・吉村各氏の発信力に頼ってきただけだと。

公選法の縛りもあって今回は低調に終わったとはいえ、有権者の関心を高め、投票率を上げるのに予備選の試みは悪くない。2021年の富山市長選では、自民党内で6人も手を挙げたため、分裂回避のために予備選をやり、候補者を一本化した前例があります。この時は地元紙が経過を連日報道し、関心が高まった。その結果、自民の元県議が維新の元衆院議員らに圧勝しています。

維新予備選の党員投票率が低かったのは、維新の看板がある限り、誰になってもそう変わらないという、ある種の信頼感も大きかったのでは。賛否はあるでしょうが、本来は負けている維新以外の政党こそ、こうした仕掛けを考えていくべきだと思います。候補者選びの段階から有権者が主体的に参加できれば、自分たちの代表だという納得感や選挙本番へのモチベーションも高まるはずです」

負けている側、つまり野党こそ予備選をやって候補者を一本化するべきというのは、実は橋下氏が2018年の著書『政権奪取論』で提唱している。このアイデアを、松井氏は自身の後継候補選びに応用したのではないかと松田氏は見る。

こうした指摘をどう思うか、反維新側に問うてみると頷く人も少なくない。「維新をただ批判するばかりでなく、勝つための戦略や旗印が必要なのはその通りだ」と。だが、そう簡単にはいかないのが実情だ。前回までは維新が都構想を掲げていたため、「大阪市廃止反対」で自民から共産までまとまれたが、今回は明確な政策的争点がないうえ、維新発足後の12年で自民をはじめ維新以外の議員は激減している。府知事選・市長選とも候補者はいまだ決まらず、それどころか自分自身の選挙に危機感を募らせる議員も多い。

IR計画の土壌問題やコストが争点?

こうした中、反維新側にとって一縷の望みとなっているのがIR誘致をめぐる状況だ。大阪府・市は今年秋頃に整備計画が国に認定されると見込んでいたが、12月になって国交省が「年内の認定判断は厳しい」と見解を示した。最大の理由は、建設予定地である大阪湾の人工島・夢洲(2025年万博の会場でもある)の地盤問題。液状化や地盤沈下が指摘され、費用や安全面の懸念が増しているのだ。

大阪市長選の候補者選定で自民の中心的役割を担う川嶋広稔・市議団幹事長は12月初めに開いた市政報告会で、この問題に時間を割いた。自らのスタンスを「IR・カジノそのものに反対はしないが、問題だらけの大阪の計画には反対」と説明したうえで、こう語った。

 「橋下氏も松井氏も当初、インフラも含めてすべてカジノ事業者がお金を出す、(府市は)一円も出さなくていいと言っていた。それが気づけば、万博関連も含めてすべてのインフラ整備を大阪市がやることになり、液状化や土壌汚染対策に788億円もの負担をすることが決まりました。地盤沈下の問題もあり、さらなる追加負担も予想される。下手をすれば10年20年単位で1000億2000億かかるだろうと私たちは見ています」

「夢洲では高層建築を支える基盤となる洪積層まで80mもの杭を打ち込む必要があるのですが、大阪湾の洪積層は長期にわたって沈下していく特異な地盤であることが指摘されている。あんなところに建てては絶対だめだと防災学者は言います。このことは国交省にも伝えています。とんでもない費用がかかり、泥沼になりますよ、と」

土壌以外にもさまざまな問題が指摘される。インバウンドの好調時は海外の富裕層を見込んでいたが、コロナ禍以後、大半が日本人客と想定されていること。世界のカジノは急速にスマホなどのオンラインに移行していること。MICE(国際展示場・会議場)の規模が当初計画の5分の1に縮小され、近隣の既存施設にも及ばないこと。にもかかわらず、年間来場者2000万人、経済効果1兆1400億円と見込む算定の甘さ。

直近では、事業者(MGM・オリックス コンソーシアム)への土地の賃料が不当に安く設定され、その根拠となった不動産鑑定結果が4社中3社で一致していた不自然さを毎日放送が報じている。

カジノに反対や不安を訴える声は根強い

こうしたことからカジノに反対や不安を訴える声は根強く、今年7月には市民団体が誘致の是非を問う住民投票条例の制定を府に直接請求した。府内で21万筆を超す署名を集め(うち約19万筆が有効)、必要な法定数を上回ったものの、維新と公明の反対多数により府議会で否決。「住民が望まない都構想で2回も住民投票をしたのに、住民が求めるカジノではやらないのか」と反発が広がった。


市民団体が集めたカジノ反対署名(7月21日、大阪府庁前。撮影:松本創)

市民団体は活動を継続し、12月からは「夢洲カジノを止める 府知事と市町村長・議員をつくろう」と銘打って統一地方選へ向けた運動を始めた。IR計画の問題点を街頭やネットで発信して争点化すること、投票率を65%(都構想が否決された住民投票と同程度)に上げることなどを目標とする。ただ、会として候補者を擁立するかどうかは現時点で決まっていない。

先述の川嶋市議は、今年11月の兵庫県尼崎市長選の応援に行った経験が維新との戦いの参考になったという。政党色を前面に出さず勝手連的な支援を集めた市民派候補が、維新の公認候補に圧勝した選挙だ。市政報告会では、「『反維新』ではなく『非維新』の大きなうねりを作るために、もう一つの選択肢を示していきます」と宣言し、「消費者民主主義から当事者民主主義へ」「公共の役割をしっかり示す」などをキーワードに挙げた。

単一の政党色を打ち出す維新に対し、理念や政策の方向性を同じくする市民が政党にかかわらず草の根的に運動を展開するイメージだろう。反維新側が候補者を擁立でき、大阪IR計画の認定が統一地方選後までずれ込めば、選挙戦はカジノの是非をめぐる住民投票の様相を帯びるかもしれない。

(松本 創 : ノンフィクションライター)