武器は強風!「お化け扇風機」付き消防車なぜ必要? きっかけはJR福知山線脱線事故
全国には個性的な消防車が数多く存在します。なかには大規模な消防局にしか配備されていないものも。そのひとつが巨大な扇風機を持つ「ブロアー車」です。一見、放水などできそうにないこの車両、どういう経緯で導入されたのでしょうか。
ブロアー車全国配備のきっかけとなった大事故
2022年11月12日と13日に、静岡県で行われた「第6回緊急消防援助隊全国合同訓練」では、実に多彩な緊急車両が登場したのですが、その中にひときわ目を引く消防車両がありました。それが「大型ブロアー車」および「特別高度工作車(ブロアー車)」です。
これらブロアー車は、車体後部に超大型の扇風機を搭載しているのが特徴です。あまり見かけない消防車両ですが、東京消防庁を始めとして横浜市や川崎市、京都市や大阪市など、大都市を守備範囲とする消防局に配備されています。
神戸市消防局に配備されている「ブロアー車」こと特別高度工作車(武若雅哉撮影)。
ある意味、とても特殊な消防車両といえるブロアー車ですが、なぜ大都市の消防局だけに配備されているのでしょうか。その背景には2005(平成17)年に発生した「JR福知山線脱線事故」の教訓がありました。
2005(平成17)年4月25日午前9時18分頃、兵庫県尼崎市にあるJR福知山線の塚口駅と尼崎駅の区間で、速度超過したJR福知山線がカーブを曲がり切れず脱線しました。レールから外れた列車は、線路に隣接していたマンションに激しくぶつかり、乗客と運転手合わせて107名もの死者を出し、562名が負傷するといった大惨事を引き起こします。
尼崎市消防局は、この事故の10年ほど前に発生した阪神淡路大震災の教訓から迅速な救助活動を実施、さらには異常を感じた近隣住民の多くが救助活動を支援しています。しかし、現場ではマンションの駐車場などに停めてあった自動車などからガソリン漏れが発生し、気化した可燃性ガスが充満している環境でした。
そのため、押しつぶされた列車に閉じ込められた乗客が二酸化炭素で酸欠に陥ったほか、消防隊員らも溶断用のガスバーナーや火花を散らすエンジンカッターといった救助用の装備が使えず、被災者の救出活動は困難を極めたのです。
東京ドームを膨らますことも可能な性能とは?
こうしたJR福知山線脱線事故の教訓から、総務省消防庁によって東京および一部の政令指定都市の特別高度救助隊にまず「大型ブロアー車」が、その後ほかの政令指定都市などに「特別高度工作車(ブロアー車)」が配備されるようになりました。
これらブロアー車ですが、一例によると最大送風能力は1時間あたり21万立方メートルもの送風量を持っているとか。これがどのくらいの性能かというと、ペチャンコに潰れた東京ドームを5時間で膨らませることができる規模だといわれています。
名古屋市消防局に配備されている大型ブロアー車。送風機は高さや送風方向の調整が可能(武若雅哉撮影)。
また、大型ブロアーが発生させる強力な送風力を活かして、閉鎖空間に向けて、外部から強制的に新鮮な空気を送り込むことが可能です。これにより、閉鎖空間の中に充満した煙や有毒ガス、蒸気、熱気などを排出・換気することができ、前出のJR福知山線脱線事故で起きたような可燃性ガスが充満した場所でも、迅速かつ安全に救助活動を実施できるようになりました。
さらに、この大型ファンはホースを接続することで霧状の水を噴霧放水することもできるため、爆発的に延焼する「フラッシュオーバー」と呼ばれる火災現象を抑制することもできます。
その一方で、長く伸びる地下街やトンネル、高層ビルなどでは、いくら巨大なファンだとしても遠くまで風を届けることは困難です。そこで、登場するのが車両中央に搭載している可搬式の小型ファンです。まず大型ファンで陽圧換気を行ったあとに、この小型ファンを奥へ設置することで、より広い面積の陽圧換気を行うことができるといいます。
「万が一の事故の際、困難な現場であっても可能な限り犠牲者を少なくする。一人でも多く助け出す」。こうした消防士たちの思いが形になったものの1つが、この大型ブロアー車ならびに特別高度工作車だといえるでしょう。
ちなみに、2019年にはこれらブロアー車の進化系ともいえる、自走式大量噴霧放水大型ブロアー車、通称「ハイパーミストブロアー車」というのが沖縄県の那覇市消防局に配備されています。
※一部修正しました(11月20日14時20分)