対空装備は馬車仕立て…? WW2期ドイツ軍の「対空馬車」は無いよりマシな心理兵器か
「電撃戦」で知られるWW2期ドイツ軍であっても、全ての部隊が最新装備で固められていたわけではありません。新鋭戦車などが配備された部隊の隣には、馬車で行軍する部隊もいました。後者に見られた、馬車引きの対空装備のお話。
時はWW2前夜 馬車の部隊にも対空装備は必要ということで…
第2次世界大戦緒戦のドイツ軍といえば、戦車や装甲車の機甲部隊と急降下爆撃機など空軍力を駆使して高い機動力を生かした、「電撃戦」のイメージに彩られます。しかし実際には、戦車や爆撃機の数は揃わず、これらの高性能兵器は優良部隊に優先して集中配備され、ほかの一般部隊は第1次世界大戦の頃とさして変わらない、徒歩や馬車で前進するのが普通でした。
行軍するドイツ軍、中央に「対空馬車」(画像:Bundesarchiv、Bild 146-2005-0176/CC-BY-SA 3.0、CC BY-SA 3.0 DE〈https://bit.ly/3DYz6ld〉、via Wikimedia Commons)。
第1次世界大戦時と大きく変わったのが、飛行機の発達による経空脅威の増大でした。飛行機が空から重力に従って地上に爆弾を落とすのと、地上から重力に逆らって空へ弾丸を撃ち上げるのでは、どちらが有利かは明らかで、地上部隊が飛行機に対抗するには専用の武器である対空火器が必要でした。対空火器が無ければ逃げ回るしかありません。
電撃戦の先陣を切るような優良部隊には対空車両も配備されていましたが、数は少なく一般部隊までは回って来ません。それでも少しでも抵抗しようと生まれたのが、馬で牽引する対空機関銃車、つまり「対空馬車」でした。
ドイツらしさあふれるコンパクトながら作り込まれたメカニズム
対空馬車で多く作られたのは、2頭立ての馬車IF.5型で牽引する2輪1軸のトレーラーに、2丁のMG34機関銃を装備する36式連装銃架を載せた、「36式MGトレーラー」とも呼ばれたものでした。
一応ゴムタイヤを履きますが、低速なのでサスペンションはありません。馬を繋いだ移動状態での射撃はできず、馬車部分を外してボディの前後に備えられた2本のスタンドを降ろし射撃体勢を取りました。地味ですが見た目のユニークさから結構、有名になり、のちにプラモデルにもなっています。
36式連装機銃架を備えた36式MGトレーラー(画像:BreTho、CC BY-SA 4.0〈https://bit.ly/3bAbs4g〉、via Wikimedia Commons)。
四角い車体はバスタブのようにも見え、ひとりがやっと入れるくらいの小さな2輪のトレーラーにちょこんと機関銃座が載っている姿はユーモラスですが、36式連装機銃架はしっかりと射手席まで作りこまれており、いかにもドイツ的な凝った兵器でした。この銃架部分はトラックや乗用車にも装備されました。
また、MG34機関銃は優秀でした。1934(昭和9)年に制式採用された口径7.92mmの汎用機関銃で、ドイツ軍では広く使われました。他国の一般的な機関銃の発射速度が毎分500発から600発だったところ、MG34は毎分800発から900発の能力があり、対空機銃としての威力は充分で、地上攻撃にも有効でした。機銃の左側に150発入りの弾倉を取り付けました。
対空馬車は1942(昭和17)年頃まで第一線で使用されている写真が残っています。この頃までは、ドイツ軍の勢力圏においては敵機の攻撃も少なかったので、対空馬車でも戦力になったのですが、戦争も後半になって戦局が悪化してくると、さすがに能力不足が明らかになり姿を消していきます。
「対空馬車」が果たした役割は対空戦闘のみにあらず
地上部隊はいつも空を気にしています。対空馬車はドイツ軍一般部隊の苦肉の策だったかもしれませんが、敵の飛行機が馬車部隊だと思って侮ってかかると、MG34がうなりを上げました。飛行機は撃墜こそされなくとも、地上から反撃され1発でも命中弾を感じると、途端にパイロットの戦意は下がるものです。ましてや積極的に対空火器へ挑んでいこうとは思いません。
地上部隊にとっても、馬車列に1台でも対空馬車が混じっているだけで、飛行機にやられる一方ではなく反撃できるという安心感があります。発射速度毎分800発から900発のMG34連装機銃の射撃音は、まるでチェーンソーのように派手に聞こえたはずです。それだけでも「反撃している感」はあります。対空火器の役割は敵機を撃墜できることが一番重要ですが、パイロットに圧迫感を与えて寄せ付けないことも重要であり、地上部隊の戦意を維持するという一種の心理的兵器でもあります。
36式連装機銃架(画像:Bundesarchiv、Bild 101I-028-1632-13/Weber、Robert/CC-BY-SA 3.0、CC BY-SA 3.0 DE〈https://bit.ly/3DYz6ld〉、via Wikimedia Commons)。
ひるがえって2022年現在のウクライナでは、有人機の活動が不活発な傍らで、各種のドローンが躍動しています。地上部隊は、たとえ相手が小さなドローンでも、対抗手段が無ければやはり逃げ回るしかないのです。
そうしたなか、ドイツがウクライナへ自走対空砲「ゲパルト」を供与したことがニュースになりました。ドイツでは退役済みの旧式兵器で、当初はその実効性を疑う向きもありましたが、その後、ドローン相手に戦果を挙げているようです。旧式でも、地上部隊には頼もしい存在なのです。対空馬車も一見、滑稽にも見えますが、地上部隊には頼りにされていました。