ポケモンイベントの期間中、キャラクターの装飾を施したロープウェー(写真:Transport for London)

ロンドン東部のテムズ川両岸を結ぶロープウェーが、コロナ禍のあおりで運営の危機に直面している。2012年に開業したこのロープウェーは、日本にも乗り入れている中東ドバイをベースとするエミレーツ航空が冠スポンサーとなり「エミレーツ・エアーライン」の名で運営が続けられてきた。しかし、スポンサー契約は更改されることなく終了。目下、財政難が顕著なロンドン交通局(TfL)の資金によって運行を継続している。

ところがこの夏、このロープウェーに”マジック”がかけられた。ロープウェー駅の隣接地にある会議・展覧施設「ロンドンエクセル」で、8月18日から21日まで「ポケモン・ワールド・チャンピオンシップス」(PWCS)が開催。これに合わせ、ロープウェーではゴンドラすべてにポケモンキャラクターの装飾を貼り付けた。おかげでPWCSへの参加者や観覧者だけでなく、ポケモンロープウェーを一目見たいという観光客も殺到。コロナ禍以前のような大にぎわいがしばし復活した。

開業当時はもてはやされたが…

テムズ川のロープウェーは、2012年のロンドンオリンピック開幕直前に開業、ドーム状のイベント施設「O2アリーナ」に近いノースグリニッジと、対岸の「ロンドンエクセル」があるローヤルアルバートドック周辺の住宅街にあるローヤルドックスをつないでいる。プロジェクトの総費用は6000万ポンド(当時のレートで約76億円)とされ、うち3600万ポンド相当(同46億円)をエミレーツ航空が負担する一方、同社との間で10年間のブランディングスポンサー契約がTfLとの間で結ばれていた。

こうした経緯があり、このロープウェーは「エミレーツ・エアーライン」と名付けられ、「ロンドンの交通機関で、民間会社の名称が冠せられるのはこれが初めて」と、大いにもてはやされた。

だが、エミレーツ航空は10年を経て、このような声明を出して”契約終了”を宣言した。

エミレーツ航空は、ロンドンのスカイラインの象徴となる施設の設立を支援、その過程で地元地域の再生に貢献できたことを誇りに思う。当社は、素晴らしい10年間のパートナーシップを十分に楽しんできたが、いよいよ新しいパートナーにバトンタッチする時が来た――。

航空各社は軒並みコロナ禍で厳しい経営難に直面している。そんな中、スポンサー契約更改の日がやってきたため、TfL側も契約更改は難しいことを理解していただろう。結局、今年6月22日をもって、同社との契約は終了した。

「ポケモン」18種類のステッカーで装飾

ロープウェーは、オーストリアの索道交通の老舗であるドッペルマイヤー(Doppelmayr)・ガラベンタ・グループが手がけた小型のゴンドラが多数循環するシステムを使用。全長は1kmで、川面からの高さは最高で90mあり、天気がよければロンドン市内の眺望が楽しめる。ピーク時には両岸を5分で結ぶ能力があるが、普段は最長10分かけて運行している。運賃は片道5ポンド(約800円)だ。

ポケモン・ワールド・チャンピオンシップスの期間には、すべてのゴンドラに18種類の異なるキャラクターのステッカーを貼り付け、世界中から”ポケモントレーナー”たちを歓迎した。イベントには各国のチャンピオンとその家族ら数千人が訪問し、日本からも200人を超える参加者とその家族らが訪英したという。

ロープウェーの運営資金が厳しい中、駅の隣接地で世界のメディアが注目しそうなイベントが行われたのはTfLにとっても福音となった。

TfLでこのロープウェー「ロンドン・ケーブルカー」運営の責任者を担うジョシュ・クロンプトン氏は、イベント前に出した声明で「ピカチュウの足跡をたどり、ポケモンをテーマにしたサプライズをロンドン・ケーブルカーで体験してほしい。ロンドン・ケーブルカーは、ロンドンの象徴的なアトラクションであり、世界中のポケモンファンをお迎えすることを楽しみにしている」と期待感をにじませた。

実際にイベント期間中、ロープウェーの駅に行ってみると、順番待ちの列には明らかに「ポケモン目当て」のファミリーが何組も目についた。チケット売り場の列には海外からの観光客も多く含まれており、テムズ川対岸への交通機関としてではなく「往復して景色を楽しもう」という利用客が目立った。

「イベント後も2日間はポケモンステッカーを貼っておく」との情報を入手した筆者は、最終日に再び”搭乗”のためにノースグリニッジを訪れた。係員にポケモンイベント中の運行成果について尋ねると、「まだ感覚的な数値だが」と断ったうえで、こんな答えが返ってきた。

観光客はロンドンに戻ってきているものの、ロープウェーの利用はパッとしない。「このところの利用者数は1日当たり2000人がやっと、と厳しい」。ただ、ポケモンイベントがあった8月20〜21日の週末は一気に1日当たり8000人〜1万人まで増え、大いににぎわったという。

ステッカーを撤去した後はどうなるか…

だが、コロナ禍以前の夏休みには、1日当たり2万人超という日も珍しくなかったという。ポケモンイベントの週末はとても混んでいるように見えたが、係員によれば「以前のにぎわいから思えば、現状はまだ半分」といい、「ものすごく混んでいた頃は、1つのゴンドラに定員最大の10人を押し込んでなんとか利用客をさばいていた」と語った。

筆者が訪れた日は、まだゴンドラにポケモンステッカーが貼ってある状態だったため、平日の午後にもかかわらず搭乗まで30分待ちで、明らかに「ポケモンゴンドラの撮影目当て」の利用者が多数訪れていた。しかし、一見混雑しているように見えたものの、家族やグループでそれぞれ1つのゴンドラを使えるくらいの状況で、筆者もゴンドラを1人で独占できた。


ポケモンイベントの期間中は1日当たりの搭乗客が通常の約2000人から1万人程度まで増加。チケット販売所には各国からの訪問者で列ができた(筆者撮影)

しばしの忙しさが戻ったロープウェー。だが、「ゴンドラのポケモンステッカーを剥がしたその後」が問題だ。係員は冴えない表情で、「当面はスポンサーなしの状態が続く。いったいこれはどうなるのだろう……」と話した。

コロナ禍の影響で3年ぶりのリアル開催となったポケモン・ワールド・チャンピオンシップスだが、大会最終日に「来年の開催場所はYOKOHAMA(横浜)」と発表され、「これでついにニッポンに行ける!」と会場は興奮のるつぼに陥った。やはり、”トレーナー”たちは「ポケモンのふるさと、日本へ行きたい」とあって、喜びの声があちこちから上がっていた。

PWCSの日本での開催は史上初となる。ポケモンの愛好者たちにとっての横浜は『ポケットモンスター 赤・緑』の舞台「カントー地方」の港町、「クチバシティ」のモデルと見られている街だ。ゲームの画面に出てくる舞台でリアルな大会が催されるとなれば、チャンピオンでなくても訪れてみたいと思うに違いない。

横浜といえば2021年4月、みなとみらい地区に都市型ロープウェー「YOKOHAMA AIR CABIN(ヨコハマエアキャビン)」が開業。桜木町駅前と、赤レンガ倉庫や横浜ワールドポーターズなどがある運河パーク駅とを結んでいる。こちらもロンドンと同じく小型のゴンドラが多数循環するタイプで、動いている姿はよく似ている。ロンドンでのポケモンロープウェーが大好評だったことを見ると、横浜でもそのにぎわいの再現を期待したくなるところだ。

契約料引き下げでもスポンサーは決まらず

TfLでロンドン・ケーブルカー運営責任者を担うクロンプトン氏は6月にエミレーツ航空との契約終了を公表した際、「新しい”将来のパートナー”は夏以降に発表される予定」と述べた。しかし、現地の情報筋によると、「新たなスポンサー候補に対して契約金を(TfLが本来受け取りたい額の)4分の1相当まで引き下げたが、まだどこも契約締結はできていない」のが現状だという。


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バス路線廃止の検討を迫られるなど厳しい財政難に陥っているTfLにあって、観光需要に大きく依存するこのような乗り物を維持するのは並大抵のことではない。ロープウェーの不調を見越してだったかどうかはさておき、ロンドン全体の行政を司るグレーター・ロンドン・オーソリティー(GLA)は市役所庁舎を2021年末にロープウェー・ローヤルドックス駅の真横に移転させた。

こうした動きははたして運営の維持に奏功するのだろうか。

イギリス政府とTfLは今年8月末、2024年3月31日までの政府支援金注入について合意に達した。これには、20億ポンド(約3231億円)弱の運転資金投入と収益支援メカニズムが含まれるが、まだ本来必要とされる支出額との間にはギャップがある。今後は年金支給額の削減やリストラなど、さらなるコスト圧縮が求められる中、ロープウェーの行方は厳しそうにみえる。コロナ禍後の観光客の戻りがまだ本格的でない中、しばらくは動静を見守るしかなさそうだ。

(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)