『コンビニエンス・ストーリー』を企画したアメリカ人映画評論家の数奇な運命

現在公開中の映画『コンビニエンス・ストーリー』は、アメリカ人映画評論家マーク・シリング氏が企画したもの。成田凌と前田敦子が出演する話題作はなぜ生まれたのか。彼の半生を振り返り、その秘密に迫った。

発案者の予想を遥かに超えた三木聡監督作

『コンビニエンス・ストーリー』
©2022「コンビニエンス・ストーリー」製作委員会

三木聡監督のシュールなファンタジー映画『コンビニエンス・ストーリー』(2022/公開中)を企画したのは、米映画専門誌「ヴァラエティ」や英字新聞「ジャパン・タイムズ」に寄稿している映画評論家のマーク・シリングさん。書き手のプロがなぜ作り手となり、三木監督とタッグを組んだのか。本作が生まれた背景と、知られざる日本との深~い関係を、マークさんに聞いた。

映画『亀は意外と早く泳ぐ』(2005)やドラマ『時効警察』(2006)シリーズなど、予測不能な物語で観客をビザールな世界へと導く三木聡監督。『コンビニエンス・ストーリー』も三木ワールド全開だ。売れない脚本家・加藤(成田凌)が、山奥に捨てた恋人の飼い犬を探しに出かけたところ、ひっそり佇むコンビニで妖艶な人妻・惠子(前田敦子)と出会う。その彼女に導かれるように死の影が漂う異世界へと迷い込んでいく物語だ。

マークさんは本作の企画者であり、オリジナル・ストーリーの発案者。彼が日本映画のコンサルタントを務める、イタリアの「ウディネ・ファーイースト映画祭」では、過去に三木監督の作品を度々紹介していることから、本人同士は旧知の仲だ。発案から紆余曲折を経て、信頼する三木監督に企画の映画化を託すことにしたという。もちろん、作品が三木色に染まることは理解済み。だが、『コンビニエンス・ストーリー』は、マークさんの予想を遥かに超えてきたらしい。

「ウディネ・ファーイースト映画祭」でのマークさん(左)と三木聡監督

「僕が考えた物語とだいぶ違うのですごく驚きました(笑)。でもラブストーリーの部分など、ところどころにオリジナルへのリスペクトがあったので嬉しかったですね。特にコンビニの世界と現実の世界のギャップをあまり感じさせずに描くところが三木さんの凄さ。ちょっとクレイジーなコンビニの世界と現世が地続きなんて、ブラックなユーモアを感じます」

それにしてもアメリカ出身のマークさんはなぜ、日本でもコアなファン層に支持される三木監督作に惹かれるのか。それはマークさん自身が、三木作品に登場するキャラクターに負けず劣らず、数奇な運命を辿ってきたからにほかならない。

日本に興味を抱いたきっかけは禅

出身はアメリカ・オハイオ州。幼少期はディズニーアニメが好きで、映画『底抜けシリーズ』で知られるディーン・マーティンとジェリー・ルイスのコメディにも夢中になっていたという。日本への興味も映画かと思いきや、禅からだったという。1960年代の米国では、曹洞宗の僧侶・鈴木俊隆が書いた「禅マインド ビギナーズマインド」がベストセラーになっていた。

「ミシガン大ではアメリカとアジアの歴史を専攻したのですが、当時、アジアの宗教に興味を抱いた学生は多かったと思います」

1971年に同大卒業。以降、タクシー運転手、ガードマン、ペンキ屋など様々な職に就いたという。そんなときに見つけたのが、ソニーが行っていた英会話学校(ソニー・ランゲージ・ラボトリー)の講師募集広告。

「“日本に行ける!”と思い、即、応募しました」

かくして1975年に来日。同校に5年間勤務し、その後、高校や大学でも講師を務めた。同時に始めたのが英字新聞や雑誌に寄稿するライターの仕事で、1980年からは英語版相撲雑誌「SUMO WORLD」で執筆を始めた。実はマークさんは、映画評論家よりも相撲の専門家としての歴史の方が長い。NHKの海外放送で相撲中継の解説員も務めているほどだ。

「勤務していた学校の近くにはラーメン店があって、大体、テレビの相撲中継を流していたんです。当初は日本語が分からなかったけど、相撲を見るだけなら問題なかったですからね。(ハワイ出身の)高見山が活躍していて、彼の本も執筆しました」

そう、今でこそ日本語でインタビューもこなすマークさんだが、来日当初は日本語が分からず。1976年に日本人女性と結婚したが、留学経験もある夫人だけに、家での会話はもっぱら英語。日本語は自ら日本語学校の門を叩いて習得したものだという。

「ちょうど黒澤明監督の『デルス・ウザーラ』(1975)が公開されたので見に行ったら、日本語字幕で(セリフはロシア語と中国語)チンプンカンプン。日本の映画を見られるようになるために勉強しました」

コロンブスのような心境で日本映画を発信

教材は黒澤明監督作『影武者』(1980)の脚本だ。戦国時代の言葉にこだわった脚本は難易度が高く、勉強にはうってつけだったという。努力の甲斐あり、約5年ほどで日本映画を理解できるようになると、日本映画のレビューの仕事が舞い込むようになったという。当時、日本語を理解し、日本文化にも精通した外国人は稀少だった。

「最初は“ジャパン・タイムズ・ウィークリー”で2年間ほど執筆し、1989年から“ジャパン・タイムズ”に。映画欄の担当者は2人いたのですが、日本語が分かるのは僕だけだったので、日本作品を担当することに。最初に書いたレビューは『バカヤロー!2 幸せになりたい』(1989)でした」

当時は日本映画斜陽時代。「日本映画は終わった」と評する海外記者もいたという。しかしマークさんの目から見ると、伊丹十三、森田義光、石井聰亙(現・石井岳龍)、塚本晋也、岩井俊二らインディーズ出身監督の台頭や、東映Vシネマといった日本映画界の新たな潮流が刺激的に映り、とてもおもしろかったという。黒澤や小津安二郎といった巨匠たちに関しては、映画評論の先輩ドナルド・リチーさんがすでに海外に紹介しており、現代監督たちは未開の地だった。

「僕が英語で書かないと、彼らの作品が海外で紹介されるチャンスはあまりない。クリストファー・コロンブスのような心境でした」

「ウディネ・ファーイースト映画祭」では大林宣彦監督(右)の作品を特集上映したことも

今では日本映画界もグローバルとなり、海外公開を想定し、英語字幕版が製作されるのは当たり前となった。配信サイトでは、英語圏のみならず多言語字幕付きで世界に配信されており、評論家の存在なくとも、海外で人気に火が付くことも可能だ。

「でも、もっともっと海外で紹介したい日本映画が眠っているんですよ」

狙っているのは、黒沢清、三池崇史らが若かりし頃に腕を振るっていた東映Vシネマに代表される、90年代のオリジナルビデオ作品。ウディネ・ファーイースト映画祭で特集が組まれる日も近いかもしれない。

取材・文/中山治美

マーク・シリング

1949年生まれ、アメリカ・オハイオ州出身。1975年に来日。米映画専門誌「ヴァラエティ」や英字新聞「ジャパン・タイムズ」に寄稿している映画評論家。2000年以降は、イタリアの「ウディネ・ファーイースト映画祭」の日本映画コンサルタントを務める。『ラスト サムライ』(2003)ではスクリプト・アドバイザーを担当した。

『コンビニエンス・ストーリー』(2022)上映時間:1時間37分/日本

スランプ中の売れない脚本家、加藤(成田凌)は、ある日、恋人ジグザグ(片山友希)の飼い犬“ケルベロス”に執筆中の脚本を消され、腹立ちまぎれに山奥に捨ててしまう。後味の悪さから探しに戻るが、レンタカーが突然故障して立ち往生。霧の中にたたずむコンビニ「リソーマート」で働く妖艶な人妻・惠子(前田敦子)に助けられ、彼女の夫でコンビニオーナー南雲(六角精児)の家に泊めてもらう。しかし、惠子の誘惑、消えたトラック、鳴り響くクラシック音楽、凄惨な殺人事件、死者の魂が集う温泉町……。加藤はすでに現世から切り離された異世界にはまり込んだことに気づいていなかった。

公開中

配給:東映ビデオ

公式サイト:conveniencestory-movie.jp

©2022「コンビニエンス・ストーリー」製作委員会