韓国最大手のフリマアプリ「人参(タングン)マーケット」で、犯罪が多発している。フリージャーナリストの金敬哲氏は「人参マーケットは身分確認がいらず、電話番号のみで登録できる手軽さでユーザー数を伸ばしてきた。それゆえに犯罪天国になり、対策が追いついていない」という――。

※本稿は、金敬哲『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

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■半径4キロ以内のユーザーとだけ取引できるフリマアプリ

スマホ上でフリマアプリのサービスを提供する「人参(タングン)マーケット」は、韓国最大の中古取引プラットフォームとなっている。2022年段階で会員数は2200万人に上り、ショッピングアプリ全体ではクーパンに次ぐ2位のシェアを誇るなど人気を集めている。

人参マーケットは15年7月、ITベンチャーが集まっている京畿道板橋(キョンギド・パンギョ)でスタートした。社名の語源は、韓国語で「タングン(あなたの近く)」のマーケットを略した言葉で、ユーザーの半径4キロ以内(現在は6キロ)の狭い地域を設定し、その中でのみ取引できるようにしたのが利用者に受け、大当たり。18年1月からは全国サービスを開始した。

従来のフリマアプリはカネを振り込んでも連絡が途絶えてしまうなど詐欺に遭うことも多かったが、半径4キロ以内に住む住人同士が直接取引をすれば、そのような心配は格段に低下する。さらに電話番号だけで加入できる会員登録の簡素化も成功ポイントだった。老年層などデジタル化から疎外された層の市民も簡単に利用できるようにハードルを下げたのである。

■同じ地域の人が情報交換をするソーシャルメディア化した

人参マーケットは単なるフリマアプリでは終わらず、地域ごとのソーシャルメディアとしての役割も果たすようになった。例えば、アプリ上に設けられた「町の生活」のタブには、その地域で起こった事件・事故から落とし物や趣味の話まで様々な書き込みがなされ、これを通じて同じ地域に住む人々が情報を交換することもできるのだ。さらにGPS機能を使って利用者の現在地を特定し、近くにあるスーパーやカフェ、さらには学習塾などの情報も教えてくれるし、アルバイトなどの求人情報も交換することができる。

ご多分に漏れず海外進出に熱心に取り組んでおり、現在、イギリス、日本、カナダ、アメリカの4カ国72地域を対象にグローバルバージョンのサービスを行っている。21年まで累積2270億ウォンに上る投資を誘致し、企業価値は3兆ウォンにまで上昇し、韓国の代表的なユニコーン企業としての地位を確立した。

■「36週になりました。養子縁組の価格は20万ウォンです」

「人参マーケット」に行けば「売ってないものは無い」と言われ、実際に大きな人気を集めている。ただ、多種多様な人たちが交錯する場所なだけに、思わぬ犯罪に出くわすこともある。20年10月、人参マーケットには、「赤ちゃんを売ります」という書き込みが掲載され、騒然としたことがあった。

「36週になりました。養子縁組の価格は20万ウォン(約2万円)です」という説明文とともに、ピンク色の布団に包まれた幼児の写真が2枚添付されたこの書き込み。発見した利用者らが問題視してマーケット側に通報したものの、出品者は出品の取り下げも書き込みの削除も拒否。結局、マーケット側がこれを非公開とし、警察が乗り出す事態となった。警察の調べによると、書き込みをしたのは20代の未婚の女性で、精神的に追い詰められてこのような行動に走ったのだという。その後、この幼児は保護施設に預けられることになった。

その後も「1997年生まれの女性。身長166センチ。200万ウォンの契約金と月200万ウォンの報酬で私を売ります」という書き込みや「姉を売りたい」「障害者の身内を売りたい」など非常識な書き込みは後を絶えない。

■住民登録証、ワクチンパス…なんでもありなマーケット

そのような書き込みが相次いだことから、マーケット側は、「コミュニティガイドライン」を発表。家族、友人、知人などの生命を販売する行為、身体・臓器を販売する行為、生命の尊厳を自ら捨てる行為、殺害を依頼したり暴力行為を依頼する行為などに関する文書の掲示を禁止したり、発見次第、捜査機関に通報するとの内容が盛り込まれた。

人参マーケットで取り引きされる商品の中には、それ自体が犯罪となるものもある。21年7月には、「青少年に5万ウォンで住民登録証(韓国の成人が持っている身分証)をオーダーメイドする」という内容で、偽造の住民登録証のサンプル写真が掲載されていた。このような書き込みは、何もこのマーケットに限ったものではない。様々な中古品取引サイトやFacebook、Twitterなどでも「身分証明書偽造」と書かれたものがたびたび発見される。

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21年の12月には、ワクチンパスを譲ってほしいという書き込みも見つかった。防疫当局が管理するワクチンパスアプリのほか、ネイバーやカカオアプリなどからもワクチンパスを受け取ることができる。当該人物は「接種完了者のネイバーIDを5万ウォンで購入する」と、ワクチンパスを譲ってくれる人を募ったのだ。むろん、このような行為は「公文書偽造罪」に該当し、韓国で10年以下の懲役刑に処される重犯罪だ。

■「ロレックス売ります」脱税に利用されるアプリ

一方で、フリマアプリでの取引は課税されないという税制の抜け道を利用し、脱税に利用する場合もある。21年10月、複数のコミュニティに、人参マーケットで高価な品物の売買を繰り返すある女性についての書き込みが行われた。江南に住んでいるこの女性は、「ロレックスGMTマスター2」を1億6500万ウォン、「ピアジェポロ」の男性腕時計を8999万ウォンなど、計130億ウォン分のブランド品を販売してきたという。

コミュニティの住人たちは、この女性について正規の販売業者が事業にかかる税金を逃れるため人参マーケットを利用しているのではと疑ったのだ。このような問題は、国会でもたびたび議論されてきた。

■身分確認不要で会員数を伸ばした結果、犯罪が多発

他のアプリと違って本人確認をする必要がない人参マーケットは、携帯電話の番号を入力するだけというシンプルな加入手続きで会員を急増させた。もっとも、身分確認が不要という死角だらけの空間では犯罪も多発しやすい。

金敬哲『韓国 超ネット社会の闇』(新潮新書)

21年9月には、50代の男性がこのアプリで知り合った出品者を呼び出し、殺害してしまう事件も発生した。犯人は、1000万ウォン相当の金を売ると書き込んだ30代の男性を空き地に呼び出し、ナイフで刺して殺害。その後、金の延べ棒を持って逃走したが、警察によって逮捕され、懲役28年の刑が確定している。

21年11月には、「無料出品」コーナーで性犯罪が発生している。犯人は「家電を無料で譲る」という書き込みをして希望者を募集。宅配のためと聞き出した住所を使って若い女性の自宅を訪れては、わいせつ行為を繰り返した。

ほかにも、ブランド品のかばんを安く売ると嘘を言い、80人余から1億ウォンを騙し取った事件や、iPadを販売するという小学生に大人が数万ウォンをだまし取られた事件など、このマーケットで起こる事件が韓国のニュースで取り上げられるのは日常茶飯事となっている。

■オンライン中古取引での詐欺件数は右肩上がり

「国民の力」の議員が公開した警察庁の資料によると、オンライン中古取引で起こる詐欺の件数は、18年に7万4044件だったのが、19年に8万9797件、21年には12万3168件と増加傾向にある。ところがそういった詐欺の犯罪検挙率はというと、16年に90.5%だったものが21年には76.1%に低下。まさに犯罪天国の様相を呈している。

人参マーケット側は、このような詐欺取引を防ぐため、お金を先に振り込むのではなく、販売者と購入者が実際に顔を合わせて商品と引き換えに金銭を振り込むシステムなどを導入したが、実効性は不確かである。冒頭で触れたように「人参」とは韓国語で「あなたの近く」という意味の言葉だが、皮肉にも消費者の身近な場所で犯罪が発生する原因にもなってしまっている。

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金 敬哲(きむ・きょんちょる)
フリージャーナリスト
韓国ソウル生まれ。淑明女子大学経営学部卒業後、上智大学文学部新聞学科修士課程修了。東京新聞ソウル支局記者を経て現職。著書に『韓国 行き過ぎた資本主義』(講談社現代新書)。
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(フリージャーナリスト 金 敬哲)