「お金」や「家計」、「節約」…ごく身近で誰もが悩むテーマを描く小説家・原田ひ香さん。7月27日には『財布は踊る』(新潮社刊)を上梓しました。多くの読者の共感を呼ぶ人気作は、いかにして生まれるのでしょうか? ずばり、伺いました。

「暮らしの中にこそ、ネタはある!」原田ひ香さんが語る作品の魅力

女3代、立場も貯金額もそれぞれに違う女性たちが、自分の身の丈に合った暮らしを模索する『三千円の使いかた』。そして、節約を重ねてついに手に入れたルイ・ヴィトンの長財布が、持ち主の手を離れてさまざまな人を転々とする、新作の『財布は踊る』。

将来を考えて、お金のことをもう少し考えてみたい…。そんな風に思う多くの人たちから絶賛されている原田さんの作品は、等身大で描かれる登場人物たちが、お金のことで一喜一憂する様子がとてもリアルだと評判です。

●節約のアイデアは生活情報誌を参考に

「世代が違うだけで、同じ家族でも考え方も生き方も違う。そんなところがおもしろいと思うんですよ。今52歳ですが、そんな私でさえ『結婚はともかく、出産したら退職するよね』と、そんな女性像を描きがちで、出版社の若い編集さんから『今どき出産で退職したらやっていけませんよ!』なんて指摘されて。ああ、ここにも世代のギャップがあるのか、と気をつけるようにしているんです」

『財布は踊る』の主人公、みずほは食費を月2万円に抑えるため、100g38円の鶏の胸肉を使って揚げ物調理をします。その手際のよさそうな描写を読んでいるだけで「おいしそう!」「賢い!」と思わずうなってしまいそうです。

「こういうアイデアはESSEをはじめとした、生活情報誌を参考にさせてもらっています。誌面に載っているみなさんの節約アイデアってすごい! 10年ほど前に初めて読んで感動して、それからずっとチェックしてるんです」

なんでも、月初にまとめてお肉を買って、小分けにしてやりくりされている方に感動したのだとか。

「2週目、3週目と野菜を買いたしながら、最後の週はお買い物せずに冷蔵庫の残り物を一掃して乗りきる! すごいじゃないですか。冷蔵庫はすっきり片づくし節約にもなる。残ったものをなんでもかんでも焼きそばに入れちゃう、っていうのもどこかで読みましたね。私は焼きそばじゃなくてスープにしちゃうんですけど、あ、同じようなことをしてる人っているんだ、と思って」

原田さん自身、生活上で感じたことを大切にすくいとっているからこそ、共感を呼ぶエピソードが次々生み出されるのですね。

「『三千円の使いかた』では、貯金をあちこち預け替えて金利を稼ぐ女性が出てきます。これも、身近な人の経験をもとに膨らませました。金融機関が金利をちょっと高く設定するキャンペーンをやる。そんな情報を漏らさずキャッチして預け替える。みなさんいろんな工夫をされてるんですよね」

●ごく普通に暮らしている人を描きたい…!

原田さんが「節約を小説にしてみたい!」と思った背景には、その当時の主婦像の描かれ方への疑問もあったといいます。

「今から10年以上前だと、小説に出てくる主婦と言えばサスペンスもので犯罪に巻き込まれるか、不倫の被害者だったり(笑)。それを見てもっと普通に暮らしている人はいないの? って思ったんですよね。雑誌に出てくる節約生活は小説よりよほどドラマチックだし、リアルでした。

食費は2万円、貯金は3万円…って結構厳しい予算で運営してるのに、ちっともみじめな感じがしない。むしろ充実していて幸せそう。ああ、こんな“幸せ”な人たちを描きたいなあ。どうしてこんなに幸せでいられるのかを掘り下げたいなあ、と思ったんです」

そんな原田さん自身の暮らしぶりは、どんな感じなんでしょう?

「先ほども言いましたが、冷蔵庫の残り物はなんでもスープにしちゃいます。カレーにアレンジしたり、さいごは全部ミキサーでつぶしてポタージュにしたり。それに、食費は週に4000円、って決めてるんです」と少し意外な答えが!

「もう少し食費にお金をかけてもいいのかもしれませんが、なにかしらの目安がないとな、と思って。それでどのぐらいのものが買えて、どんな料理ができるのか。わが家は夫婦ふたりなので、食べる量もある程度わかってますし」

食をテーマにした作品も多い原田さん。作品に出てくる節約料理もつくってみることが多いといいます。そして、作品に出てくる街にも、実際足を運んでみるのだとか。

「行かなくても、やらなくても、ある程度は書けてしまう。今はネットでなんでも調べられますし。でも、実際に体感することで、なにか感じるものはあるはず。だからそこから話が膨らむと、おもしろくなるんじゃないかなと」

●将来のことは誰だって不安

「私が生活情報誌を読むようになって10年と少し。その間にもすごくいろんなことが変わったな、と思います」と語る原田さん。

「節約をテーマに書き始めたのはコロナ前でした。まさかこんなことになるなんて。なので、最新作ではコロナ後のことも多少予測しながら書いています」

その言葉通り、『財布は踊る』では、節約生活の末に手に入れたブランド物の財布がいろんな人の手を転々とし、それぞれの人にドラマがあり、お金の悩みやトラブルが描かれています。

「誰もが将来のこと、お金のこと、不安なんですよね。私だってそうです。でも、不安がってばかりいてもなにも変わらないし不安も消えない。『少しでもお金のことを考えたい、知りたい!』と思うところから始まって、まずは自分の生活を正すところから始めてみる。できることから少しずつでも工夫していけば、お金だけでなくて、生活そのものも整っていく。そんなプロセスを描いてみたかったんです」

コロナがすっかり終わったとき、社会はどうなるのか。それはまだわかりませんが、少なくともこの3年の間に、生活やお金のことを見つめ直した人も多かったのでは?

「生活情報誌には人々の現実が載っています。そんなリアルな感覚を追い続けるためにも、これからもESSEさん、頼りにしてます!(笑)」