7月8日、ヤクルトは二軍で調整中の石山泰稚、丸山翔大が新型コロナウイルスに感染したと発表。翌日の午前中にも、同じく二軍で調整中だった川端慎吾とスタッフ1名も陽性判定を受けた。それから数時間後、NPB史上最速で優勝マジックを点灯させたチームが非常事態に陥ることになる。

 スワローズに激震が走った1週間を追った。


ひっそりと静まり返るヤクルトのクラブハウス

史上最大の非常事態

7月9日

 一軍は神宮球場で阪神戦を控えていた。12時40分すぎ、道を隔てた場所からクラブハウスを眺めていると、内川聖一の姿を確認。この時点では<二軍で好調を続けていた内川がようやく一軍登録? 誰と入れ替えだろうか>とノートに書き込む。

 内川がいたことをスポーツ紙の記者に話すと、「西浦(直亨)も一軍昇格ですかね。あそこに車が停まっています」と教えてくれた。

 この時点で、クラブハウスの風景に少し違和感を抱くのだった。まず、いつもなら早出練習のために室内練習へ向かう選手が誰ひとりとしていない。やがて抗菌手袋をした球団スタッフが無言で選手の車を移動しはじめ、私服の選手数名がクラブハウスから出てくると球場をあとにした。

「一軍でも陽性者が出たのでは?」
「鈴木裕太(投手)もいたけど、内川や西浦は緊急招集なのか?」
「そういえば、山田(哲人)の車がない」

 記者たちはその光景を前に、落ち着かない様子だった。

 そして高津臣吾監督が車に乗り込み球場を去ると、同時に球団広報から「詳しいことはのちほどメールでリリースします」と説明があった。

 15時01分、『新型コロナウィルス陽性判定ならびに試合中止について』のメールを確認。陽性者は14人とのことだが、その名前を見て衝撃が走った。

高津臣吾監督、石井弘寿コーチ、高梨裕稔投手、清水昇投手、田口麗斗投手、松本直樹捕手、内山壮真捕手、山田哲人内野手、奥村展征内野手、長岡秀樹内野手、青木宣親外野手、丸山和郁外野手、濱田太貴外野手、スタッフ1名

 15時35分には高津監督が球団を通じてコメントを発表した。

「十分に注意をしてきたつもりですが、このような事態になってしまい、本日の試合を楽しみにしていたファンの皆様には大変申し訳なく思っております。またみんなが揃った時には、すばらしい戦いをすることをお約束します。このたびはファンの皆様やたくさんの方々にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

静まり返るクラブハウス

7月10日

 8時8分、二軍戦の中止(戸田球場)が決まる。神宮球場のクラブハウスの駐車場は、午前10時ということもあり、停まっている車の数は少ない。その後、村上宗隆や数名の選手が球場をあとにする姿を確認。クラブハウス周辺は静まりかえっていた。

 11時、球団は新たな新型コロナウイルス陽性者と、この日の試合中止を発表する。新たな陽性者は以下の6名だ。

 大松尚逸コーチ、森岡良介コーチ、衣川篤史コーチ、中村悠平捕手、塩見泰隆外野手、スタッフ1名

 11時15分には球場の各所に試合中止を告げるボードが貼られていく。13時10分、石川雅規が球場に到着。その後、室内練習場に隣接するコブシ球場で小川泰弘、高橋奎二、サイスニードらの先発投手陣が自主練習を始めた。

 練習を眺めていた14時34分すぎのことだった。スマホを見ていた記者が「(球団から)リリースがありました。新たに3人が陽性みたいです......」と力なく言った。

 佐藤真一コーチ、大西広樹投手、宮本丈内野手

 わずか3日間で陽性者は27人。

 15時49分には二軍戦(11〜13日)の中止が発表された。

7月11日

 戸田球場で練習の選手たちは8時40分くらいから集まり始める。投手の数はそれなりにいるが、野手が足りないのは明らかだ。一軍は投手と野手で時間差をつくり、コブシ球場での自主練習となった。

 練習終了後、松元ユウイチ監督代行と村上がリモート取材に対応。

「戦い方は、今まで高津監督がやってきたことを継続していきたいし、特別違う作戦は考えていないですね。今回、上がってくるメンバーは一軍経験もあるので、心配はしていません。(キャプテンの山田を欠くことになるが)今まで村上が選手に声をかけたりしていたところは継続してほしいし、全員がキャプテンの気持ちでグラウンドに立ってほしいですね」(松元監督代行)

「みんなが注意しながらこういうふうになってしまったことはすごく残念ですけど、チームスワローズとして、目の前の試合を全員で戦いたいと思います。個の力というのは本当に小さなものなので、こういう時だからこそよりいっそう一致団結することで、力っていうのは大きくなります。そのなかで中心というのは必ず必要で、そこに僕がいるというのは本当に自覚していますし、なんとかチームを勝たせられるような打撃をして引っ張っていきたいです」(村上)

7月12日

 戸田球場では一軍の遠征に帯同していない石川、原樹理、星知弥、小澤怜史が調整していた。一軍はこの日から9連戦が待ち構えていて、どのような結果が待ち受けているのかわからないが、戸田では一筋の光明を見ることになる。

 コンディション不良で離脱中の奥川恭伸がブルペン入りし、捕手を座らせて、ストレート、カーブ、スライダー、フォークを織りまぜて50球のピッチング。6月22日に見た時は真っすぐのみで30球。復帰に向けて、調整は順調に進んでいるようだった。その横ではドラフト1位の山下輝もピッチング。一軍デビューが待ち遠しい期待の左腕だ。野手では、ドミンゴ・サンタナの元気な姿も確認できた。

 そして、支配下登録の野手で二軍に残ることとなった中山翔太は、畠山和洋打撃コーチとティー打撃。吉田大成は土橋勝征二軍育成チーフコーチと内野ノックに勤しんでいた。ふたりとも次の出番に備えて準備に余念がない。

 13時に球団から、今回の名古屋遠征に帯同していないスタッフ1名の陽性判定が発表された。

 一軍はビジターでの中日戦(豊橋)を前に、内川、西浦など14選手の登録を公示。松元ユウイチ監督代行のもと、試合の準備が進められたが雨天中止となる。

緊急昇格で躍動した若手たち

7月13日

 中日戦(バンテリンドーム)は、初回に村上の2ランで先制するなど3点リードで試合を進めるも逆転負け。

7月14日

 1カ月ほど前、高津監督の囲み取材でこんな質問をしたことがあった。

── 常々、監督は選手全員を使いたいと話されています。いま二軍で状態のいい選手がかなりいますが、一軍の選手層の厚さもあるなかでどう考えていますか。

「たしかに、ファームで状態のいい選手を使えない状況ではあります。その選手たちがいい状態の時に一軍に上げたいとは思っています。ただ、タイミングとかチーム状況とか、本当にいろいろなものが絡んでくるので、本当に申し訳ないと思っている選手がいることは間違いないです。いずれ、どこかのタイミングで必ず上げたいとは思っています」

 今回のようなケースはさすがに想定していなかったに違いないが、たとえば内川は一軍にいつ呼ばれてもいいように十分な準備をしていた。試合前の守備練習ではファーストのほかに、ライトやレフトでもノックを受け、クッションボールの処理やフェンス際の打球に対する距離感のチェックを入念に行なっていた。

 この日、バンテリンドームで行なわれた中日戦は「3番・レフト」で先発出場。外野を守るのは7年ぶりのことで、バッティングでは初回に逆方向への二塁打でチームの先制点につなげたが、チームは連日の逆転負け。

 3連敗となったが、プロ初スタメンとなった並木秀尊はセーフティーバントや盗塁を決めるなど、二軍で18盗塁のスピードを披露した。

 投手陣では、日本ハムから移籍2年目の宮台康平が4年ぶりの一軍登板。ファームでは24回2/3イニングで32奪三振。「二軍でやってきたことを上(一軍)でやりたいと思っていて、それはできたと思います。どうであれ、まずは一軍で投げることが大事なので、もらったチャンスに対してしっかり応えたい」と、真っすぐとスライダー、チェンジアップで1回を無失点、2奪三振の好投を見せた。

 この日の敗戦で優勝マジックは消滅したが、2位の巨人には12.5ゲーム差をつけている。

 わずか2試合ではあるが、痛感したのは一軍の選手たちがいかに高いレベルでプレーを続けていたかということだった。

 今年のオープン戦期間中、高津監督は若手選手についてこんなことを話していた。

「物足りなさと言うと失礼になりますけど、レギュラーが出ないと得点できない、一軍のピッチャーが投げないと抑えられない......そういうふうに考えると、まだそこの差があるのかと。ただ今年だけでなく、先のことを考えるとレギュラー陣に少しでも近づくとか、エースに近づくとか、成長していかないといけないと思っています。アピールは別として、成長していくために(レギュラー陣の)いいところを見習って、追いつき追い越せの気持ちで、言葉は古いですけど、根性出して頑張ってほしいですね」

7月15日

 ヤクルトは18日から20日までの戸田での二軍戦の中止を発表。夕方には伊藤智仁コーチが陽性判定を受けたことを発表した。

 一軍は、横浜スタジアムでのDeNA戦が雨天中止。松元監督代行は電話取材に対応し、二軍から昇格した若手についてこうコメントした。

「負けたからと下を向くことはないし、試合は続くわけだから常に前向きでやってもらいたい」

7月16日

 De NA戦にサヨナラ負けを喫し、今季2度目の4連敗。それでも2位の広島とは12.5ゲーム差。

 やがて離脱した選手たちが戦列に戻り、今回緊急昇格した、とくに若手たちがこの経験をプラスにできれば、チーム力はさらに増すはずだ。これまでにない大きな困難を乗り越えた時、"チームスワローズ"はどんな戦いを見せてくれるのだろうか。