日本でいちばん売れている缶チューハイは「キリン 氷結」だ。2001年の発売以来、160億本以上を販売している。なぜ先行する人気商品を抜いて、日本一となったのか。経済ジャーナリストの高井尚之さんがリポートする――。
画像提供=キリンビール

■「家飲み」需要を取り込んで好調なRTD市場

コロナ禍で市場や商品が痛手を受けた――という事例は数多く報道されてきたが、逆に追い風となった市場もある。

そのひとつがRTD市場だ。RTDは“Ready To Drink”の頭文字で、直訳すると「すぐ飲める飲料」。一般的にはアルコール飲料の缶チューハイ、缶カクテル、ハイボール缶が中心で、外出自粛や飲食店での酒類提供制限などで増えた「家飲み」需要を取り込んだ。

近年は成長市場で、酒類大手・サントリーの公表数値(サントリーホールディングスのウェブサイトより)によれば、2021年は「2億7451万ケース」(前年比107%)、14年連続で伸長したという。

もともと成長していた市場が、コロナ禍でさらに伸びた。

キリン、サントリー、アサヒのビール大手各社がそれぞれの看板ブランドで積極的に展開するRTDだが、コロナ禍前の2019年10月、清涼飲料メーカーの日本コカ・コーラが「檸檬堂」ブランドで参入し、ヒット商品となるなど、競争も激化している。

なぜ、RTDがここまで支持されるのか。今回は缶チューハイで首位の「キリン 氷結」(キリンビール)に焦点を当て、ブランドの取り組みを紹介しながら考えたい。

■2001年の発売以来160億本以上売った「氷結」

まずは現在の状況をキリンビールに聞いてみた。

「インテージの調査では、RTD市場全体では前年比106%と依然として好調です。その中で『キリン 氷結』は2001年の発売以来、累計で160億本(250ml換算)を突破しました。特に『キリン 氷結 無糖レモン』は2020年10月の発売以来、累計4億本を超え、今年1〜5月は前年比160%と絶好調です」

「キリン 氷結」のブランドマネジャーである原英嗣(えいじ)さん(キリンビール マーケティング部 RTDカテゴリー戦略担当 主務)はこう説明する。原さんはかつて、ビール類の「キリン のどごし〈生〉」のブランドリーダーも務め、ビール類における消費者意識も見てきた。

撮影=プレジデントオンライン編集部
「氷結」のブランドマネジャー、原英嗣さん。撮影の時のみマスクを外しています。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

現在担当するRTDでは好調の波に乗り、積極的な宣伝も仕掛ける。

「5月16日、メディア向けに“完璧な新キリンチューハイ”のお披露目発表会を行いました。『キリン 氷結 シチリア産レモン』のリニューアルでしたが、事前に商品名を明かさずに行った、消費者の方への試飲アンケートでは、『完璧なチューハイか』という質問に97%の方が『そう感じる』(『とても』『やや』含む)とご回答されました」

画像提供=キリンビール

今回は、それ以前からティーザー広告を投入し、全国で100万本のサンプリングを実施。世間の期待感を煽ってきた。

最近の同社CMは、起用タレントに自社商品を「おいしい」と言わせる手法も目立つが、社内のムードが前向きでないと、こうした手法はとりにくい。

■健康意識の高まりにより選ばれた味

2020年春から続く、コロナ禍でのブランドの動きについても聞いてみた。

「氷結に関しては、コロナ禍当初から総じて前年比プラスで推移していました。外出自粛で外での飲酒ができず、家飲みにシフトした恩恵を受けたのです。その勢いに乗ったのが『無糖レモン』で、甘くない爽快なおいしさをご支持いただきました」

在宅勤務も増えて自宅にいる時間が長くなった。在宅時における消費者の行動は、氷結の場合どうなっているのか。

「会社で執務する時に比べて、在宅は飲み始める時間も早くなりがちです。そうなるとお酒好きな方は本数も増えるので、アルコール度数の低いお酒を選んでいます。また運動不足になる人も増え、自分の健康を気づかって無糖商品を選ぶ傾向にあります」

無糖を好むのは清涼飲料水でも見られる傾向だ。消費者の健康意識が在宅時間増でより進んでいったのだろう。

■アルコール度数の好みは二極化した

一般的にチューハイに使われるアルコールは、ウオッカ、焼酎、醸造アルコールのいずれかを使用する。「キリン 氷結」の原材料名を見ると「ウオッカ(国内製造)」となっている。

「キリン 氷結」はアルコール度数も3%から9%まであり、フレーバーの種類も多い。4月26日には「キリン 氷結 シークヮーサー」が発売され、夏に向けては「グリーンアップル」が発売予定だ。消費者はどんなシーンで何を選んでいるのか。

「意識する・しないにかかわらず、使い分けるケースも多いですね。例えば夕食がこってりした料理だと、無糖を選んでバランスをとったり、食事のおいしさを楽しめるように甘いフレーバー以外を選んだりします。一方で気にしないで好きな味を選ぶ方もいます。風呂上りには、スッキリした柑橘系のフレーバーが好まれます」

手のかかる仕事が一段落するなど、自分を慰労したい気分の時はどうなのだろう。

「『シャルドネスパークリング』のような、甘みもあって少しゴージャス感があるフレーバーが人気です。複数のフレーバーを揃えて、その時の気分で選ばれる方も多いですね」

コロナ前、消費者の節約志向やコスパ重視で、手っ取り早く酔えるアルコール度数の高いRTDが伸びた。この傾向は続いているのか。

「そういう方もおられますが、休日に飲む場合は、アルコール度数の低い商品を選ぶなど二極化しています」

■オジサンの飲み物を女性、若者に広げた

それまで酒場で飲む味だった「酎ハイ」が、缶チューハイとして認知されたのは「タカラcanチューハイ」(1984年発売、宝酒造)の存在が大きい。

“元祖辛口缶チューハイ”を掲げる同商品によってRTD市場も切り拓かれたが、80年代の缶チューハイは、焼酎ベースの辛口が多く、90年前後から甘いカクテルも少しずつ増えていった。

その市場に“チューハイを変えるチューハイ”を掲げて、2001年に参入したのが「キリン 氷結」だ。ウオッカベースで果汁入りのチューハイとして発売し、若者にも訴求。飲みやすい味で支持された。現在、女性ユーザーが約5割を占める。

■16年間首位ブランドだったが、2018年に陥落

発売翌年の2002年から2017年まで首位ブランドに君臨したが、2018年「−196℃」シリーズを掲げた「ストロングゼロ」(サントリー)に首位の座を奪われる。当時、氷結ブランドに何が起きていたのか。

「大きく2つ理由があったと考えています。1つは消費者コミュニケーションで、2016年の発売15周年で『あたらしくいこう』という広告コピーを掲げ、CMでは志村けんさん、綾小路翔さん、さかなクンさんらにご登場いただき、話題を呼びました」

■「今」を捉えた提案ができていなかった

「その訴求が好評だったので、翌年以降も内容を変えて続けましたが、2018年になると3年目。『あたらしくいこう』の違いを、お客さまに伝えられていなかったと思います。

もう1つは商品です。氷結は2005年に『早摘みレモン』、2008年にストロングで高アルコール、2011年には逆にアルコール度数3%を出すなど、その時代に合わせて新しい提案をしてきました。それが、今を捉えた新しい提案が十分にできていませんでした」

具体的には、「食事に合う」味への訴求だろう。

■「無糖レモン」で流れが大きく変わった

氷結は飲みやすさが人気だったが、「甘くて食事と一緒には」という声も一部にあった。それを打ち破ったのが、甘くなく爽快な味わいを訴求した「無糖レモン」(アルコール度数は4%と7%)だった。2020年からブランド別首位に返り咲き、2021年も首位を守った。

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今年2月からは「無糖レモン」で度数9%を発売。あえて9%を出したのは消費者の好みの多様化が理由だ。

個人差があるが、果汁感を求める人は4%、ビールユーザーにも似た、キレやドライを求める人は7%、お酒らしさ、酔いを求める人は9%を選ぶ傾向にある、という。

■ビールとチューハイでは求められる「爽快さ」が違う

ちなみに「キリン 氷結」が苦戦した2018年、原さんは前職である「のどごし〈生〉」のリニューアルを担当していた。この時も消費者の嗜好(しこう)と徹底的に向き合ったという。

「缶ビール類と缶チューハイでは、お客さまが求める期待値が違います。ビール類には、ビールならではの苦みやキレを求め、チューハイでは果汁の味わいやみずみずしさを求めます。同じように“爽快さ”を訴求しても中身は異なるのです」

■値上げと酒税法の改正に対して

ところで5月25日「キリンビールは、缶ビール『一番搾り』など278品目の出荷価格を10月1日納品分から引き上げると発表した。缶ビールの値上げは2008年2月以来で約14年半ぶり」と各メディアが報じた。ブランドとしてどう思うのだろうか。

「お客さまにはご負担をおかけしますが、会社として、魅力を感じていただくブランドづくりや価値創造に、より一層取り組んでいきます。

氷結は、凍結レモン製法で実現した『みずみずしさ』『雑味のないクリアな味』を訴求し、ブランドコンセプトの『爽快で、気持ちいいおいしさ』をお届けしたい。チューハイでリフレッシュしたいニーズにお応えしていきます」

ビール類は2020年から3段階で変更される「酒税法の改正」とも向き合う。端的にいえば、ビールや日本酒が安くなり、第3のビールが高くなる流れだ。

一方、チューハイ類は(今のところ)2026年まで同法の改正がなく、ビール類ユーザーからの流入も起きている。ブランドには追い風で、より中身や訴求を深める好機だろう。

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高井 尚之(たかい・なおゆき)
経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆・講演多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)