「芸能改革元年」なるか 公正取引委員会が芸能界を狙い撃ち? - 渡邉裕二
※この記事は2022年01月25日にBLOGOSで公開されたものです
放送局や芸能事務所に対して再び公正取引委員会(公取委)の動きが活発化し始めている。
「公取委がテレビ局やラジオ局の調査に入り始めているようです」
と語るのは、放送局と取引のある関係者だ。
「表向きはコロナ禍の影響で、取引先の制作会社に不利益を生じさせていないかなどのチェックをしているようですが、芸能事務所との出演契約についても厳しいチェックが行われているようです。
ただ、出演者との契約はケースバイケース。出演に際して発注書を出せだとか、お役人目線で細かいところまでチェックするのは疑問があります。何が何でも契約書が必要になれば、不都合な面も出てくると思いますけどね。公取委にしてみれば一番目立つ業種から指導に動いた方がアピール度は大きいのでしょうけど…」
過去を振り返ると放送局の下請けイジメが指摘されたことがあった。
7年前になる。2015年に公取委はテレビ局から番組制作を下請けする800名を対象にした取引実態調査を行い、280名から回答を得た。前述した通り、事業者に不利益を与える行為をしていないかという調査だったのだが、その調査結果として「テレビ局による制作会社への独占禁止法に違反する行為が横行している実態が示されており、特に制作会社の規模が小さいほど被害が多いことも明らかになった」と断定、その上で「今後も取引実態を注視し、法律に違反する行為に対しては厳正に対処していく」としたのだ。
この時から公取委は「芸能事務所に重点を置くようになった」(芸能関係者)
と言われる。
SMAP解散で浮き彫りになった「事務所の圧力」
そして3年前の2019年。今度は芸能事務所の所属タレントに対する行為を指摘した。
「テレビ局に圧力をかけたり、所属タレントに対して『干す』などと脅して移籍や独立を阻んだりする行為がある」
と問題視し始めたのだ。
「この時はジャニーズ事務所とのトラブルが社会問題化したSMAPの独立がキッカケになったと言われています。さらに、のん(能年玲奈)の独立問題なども重なってタレントの独立がクローズアップされました。19年8月、そうした流れの中で開かれた自民党の競争政策調査会で、公取委は芸能事務所がテレビ局などの出演先に圧力をかけ、移籍・独立したタレントの活動を妨害している行為を例にしながら『独占禁止法上問題になり得る行為』と今後の最重要課題に挙げていました」(前出の芸能関係者)
そうした公取委の指摘が、業界内で功を奏したのかもしれないが、昨今はタレントや俳優の独立が急増している。だが、その一方で「芸能事務所の厳しい事情も見え隠れする」と言うのは古参のプロダクション関係者である。
「所属タレントにはマネジメント方法や待遇面など、事務所に対しての不満があるのかもしれませんが、芸能事務所にとっても厳しい現実があるのです。昨今は放送業界も厳しく、制作予算の切り詰めなどで出演ギャラの見直しが急ピッチに進んでいますし、コロナ禍で多くの芸能事務所の業務に支障が出てきています。
さらに追い討ちをかけているのが「働き方改革」なのです。労働基準監督署もうるさいですからね。となると、事務所の資金もなくなり、これまでのように新人タレントの育成に投資が出来なくなる。当然ですが所属タレントの維持費も大変になってきます。そこで、所属タレントに独立を促すような事務所も出てくるわけです。
独立したタレントのその後の活動に圧力をかけるとか干すなんてのは、正直言って過去の話ですよ。よくジャニーズ事務所が取り沙汰されますが、このSNS時代に事務所側が圧力をかけるなんてことはまず考えられません。あるとしたら、それは放送局側が勝手に忖度しているだけだと思いますけどね」
社会状況も変化しており、今やテレビ、ラジオなど既成のメディアを利用せずともYouTube、TikTokなどを使えばタレント独自のメディアを持つことが出来るし、そのインフラも確立している。タレントを干せない時代になってきたのだろう。
岡田健史とスウィートパワー 契約解除裁判でゴタゴタ
ところが、そんな中で大きな話題になったのが、俳優の岡田健史と所属事務所「スウィートパワー」のゴタゴタだった。芸能関係者が言う。
「スウィートパワーの社長は女性なのですが、その社長の所属タレントへのセクハラ、パワハラ疑惑、さらには事務所スタッフの相次ぐ退社で会社が揺れていたのです。そこで勃発したのが岡田の訴訟でした。岡田と事務所との間では来年(2023年)3月末までの契約が残っていましたが、昨年4月に岡田は所属契約解除を求めて東京地裁に仮処分の申し立てをしたのです」
岡田の本名は水上恒司だが、デビューに際して事務所社長の苗字をつけた。そうしたことからも社長の岡田に対する意気込みが伝わってくるのだが、事務所への批判が高まる中で、もしかしたら「イメージが悪くなった」と言う意識もあったのかもしれない。事務所との契約解除と同時に社長の苗字をとった「岡田健史」の芸名も破棄し本名で活動する意向まで示した。
もっとも一部女性誌によると、岡田が契約解除を言い出した背景は、他の所属タレントが退社したことから、いわゆる「事務所枠」でのオファー仕事を次々にやらされることになったことだと言うのである。
「同事務所は内山理名、堀北真希、桐谷美玲、黒木メイサなど人気女優を次々に輩出してきたことで有名なのですが、気がついてみたら男性俳優の岡田がメインになっていた。その結果、仕事量が増え不満を覚えたようです。
しかし、いくら事務所枠があったとしても女優に来た仕事を男優の岡田に振るとは考えにくい。岡田の仕事が増えたのは事務所の努力だったと考えるのが普通ですけどね。このところの事務所の悪いイメージが退所の理由と言うのでしたら同情もしますが、仕事を入れられることが不満と言うのは、ちょっと…。
もちろん余裕を持ちたいとか、役作りなどに時間をかけたいと言うなら分かります。でも彼が、ここまで有名俳優になれたのは事務所の努力もあったことは紛れもない事実です。一部報道によると月額報酬は手取りで15万円だったと言いますが、それとは別に半年毎に約150万円のボーナスを貰っていたようですからね。その上、住居用のマンションまで用意してもらい、事務所負担で米ロサンゼルスに4ヶ月間の留学をしていたこともありました。もちろん、いくら生活が満たされていても、若いですからそれなりに不満もあるのでしょう。しかし、岡田のワガママな性格が見え隠れしてしまって、結果的には残念な訴訟になっていたことは確かです」(週刊誌の編集記者)
結局、所属事務所とは和解が成立(昨年8月)、当初の契約通り来年3月末まで「岡田健史」の名前で所属契約は履行し、その後は契約を更新しないことで決着したという。
和解後の9月1日、岡田は自らのインスタグラムを更新し「約一年半でスウィートパワーを退所しますが、残りの1年半は勿論のこと、これから長い人生を私らしく泥臭く、青臭く生きていきます」とし、その上で「ただの青年だった私に奇跡が起きたのは、紛れもなくスウィートパワーのおかげです。私を見出し、私に学びの場を与えて下さったこと、一生忘れません」と、現事務所に感謝の言葉を寄せた。その一方で、インスタグラムからは過去の写真のほとんどを削除してしいる。
「表向きは事務所に感謝の気持ちを見せながらも、本音の部分では事務所の入れてきた仕事に不満を持ち続けていたのかもしれませんね。いろいろ経験する中で自らの方向性を見出し訴訟まで起こしたわけですから、今後のことは自ら決めることでしょうけど、事務所にとってはここまで育ててきたタレントに後足で砂をかけられたような思いじゃないでしょうか。和解であっても心情的には後味が悪いですがね」(芸能関係者)
その岡田に映画「死刑にいたる病」(白石和彌監督=今年5月公開)の出演が決まった。阿部サダヲとのW主演だという。阿部演じる連続殺人鬼から「罪は認める。しかし、最後の1件だけは冤罪だ」とする手紙を受け取った岡田が繰り広げる物語だ。
「映画の主演が決まったことが和解のキッカケになったのでしょう。ただ、和解したとは言え契約更新をしないのですから、当然事務所と岡田の間には確執が残っていたはずです。実際、訴訟中も含め和解後の俳優活動は『死刑に至る病』の1本だけですからね。ですから、その後のことは岡田本人も覚悟していたはずですし、まして事務所にとって、短期的な利益はあったとしても将来的なメリットはなく、それこそ契約終了まで仕事は入れないと思いますね。
しかし、今回の岡田の主演決定には驚きました。独立を前に大きな弾みになる作品になるはずで岡田のメリットは大きい。事情はどうあれ、独立に対する芸能事務所の意識も変化していると言うことです。業界の中でもスウィートパワーの影響力は大きいですから、芸能事務所の流れも変わっていくと思いますよ」(芸能記者)
変わり始めた芸能界 公取委の今後の動きは
最近では、東出昌大のケースがある。
一部で1月末での所属事務所からの退所が報じられているが、現在、公開中の映画「コンフィデンスマンJP 英雄編」(田中亮監督)の大ヒット御礼舞台挨拶で23日、東京TOHOシネマズの舞台に登場した。
「不倫を含め2度にわたる女性問題で事務所も東出に愛想を尽かしクビにするようです。『コンフィデンスマンJP 英雄編』のプロモーションにも影響を与えていました。今回の舞台挨拶は話題を盛り上げる要素もあったかもしれませんが、所属事務所としては異例の措置だったのだと思います」(スポーツ紙の取材記者)
芸能事務所内のゴタゴタや訴訟などネガティブな情報は大きく扱いたがるメディアだが、こういった比較的前向きな情報になると急に静まり返ってしまう。
昨今の公取委は有名芸能人の移籍、芸名の帰属や圧力問題などを指摘するが「そもそも、公取委以前にメディア自体が芸能界をそうイメージ付けている部分があるのではないか」と指摘する芸能プロダクション関係者もいる。
もっとも公取委の動きに拍車をかけたのは、経済界や法曹界、それに混じって一部の国民の間から「日本の芸能界はおかしい」という声が上がってきたこともあるだろう。
「確かに、日本の芸能界が特殊な世界であることは間違いありません。ただ、公取委が本格的に動き始めた19年と現在では芸能界も大きく変貌しています。タレントの独立も増えていますし、今後は芸能事務所とのエージェント契約ということも増えてくるはず。そうなると芸能人は個人ではなく団体で交渉するユニオンを結成する方向に変わっていくのではないでしょうか。一方で韓国の芸能事務所の日本進出も増えてくるので、ここ数年で芸能界はもちろん、それを取り囲む環境も激変していくと思います。その時に公取委はどう取組み、判断していくのでしょうか」(前出の芸能記者)