赤字の地銀再生に手を差し延べる北尾SBIは、天使か悪魔か? - 大関暁夫

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※この記事は2019年09月20日にBLOGOSで公開されたものです

北尾吉孝氏率いるSBIホールディングス(以下SBI)が、本業で3期連続赤字の第二地銀島根銀行に34%(25億円)の出資をすると発表しました。

北尾氏が今月3日に、「地域金融機関と『第4のメガバンク構想』を実現していく」と発言し注目を集めた矢先の発表であり、構想の第一弾として受け止めた市場では他の赤字地銀への思惑買いを誘発するなど、ひとまず好意的に受け止められています。

苦境にあえぐ地方銀行にとってSBIの構想は「地獄に仏」

北尾氏の構想は、SBI、地銀、ベンチャーキャピタルなどが共同で出資して共同持株会社をつくり、投資負担の重たいシステムなどの共同プラットフォーム化や運用商品・サービスの提供の他、人材育成なども積極的に支援することで、「第四のメガバンクをつくる」(北尾氏)というもの。

地方経済の収縮に追い打ちをかけるマイナス金利の経営環境下で、全国105地方銀行中、約4割が本業で赤字を計上するなど危機的な状況にあり、北尾氏の構想はこの苦境にあえぐ地銀にとって「地獄に仏」的な存在と言えるのかもしれません。

北尾SBIのこうした動きについて、監督官庁である金融庁も「民間で主体的に進めるのが望ましい」と、この連携を好意的に受け止めていると受け取れる発言をしています。

この金融庁の反応には、ちょっとした理由があります。金融庁は森信親前長官が就任した2015年以降、地銀に対して厳しい姿勢で地銀同士の統合や独創性あるビジネスモデルの構築などによる生き残り策の具体化を迫ってきました。

その過程において、森長官が事あるごとに手本とすべき先進的地銀として名前を挙げていたのが、不動産融資の積極的積み上げでダントツの収益性を誇っていたスルガ銀行でした。

しかし同行はご承知のように、その不動産融資の多くが不正審査等による行き過ぎた営業姿勢に支えられた実質不良債権であり、最終的に業務改善命令発令に至ったことで、森長官の顔は丸つぶれになったのです。

さすがの金融庁もこれには参ったようで、後任の遠藤俊英長官は統合の推奨はしても地銀再生に関する具体的な言動は一貫して控える姿勢を貫いています。先ごろ発表された「2019事務年度の金融行政の重点分野」においても、地銀の再生に向けて経営統合や合併などの促進を重点課題に挙げつつも業務面での具体策の提示はなく、進むに進められない金融当局の立場と遅々として進まぬ問題地銀の硬直状況に大きなジレンマと焦りを感じているであろうことは、想像に難くないところです。

とすれば今般の北尾SBIによる問題地銀救済の動きは当局として大歓迎なはずであり、「民間で主体的に進めるのが望ましい」とのコメントは、SBIに対する両手を挙げた賛辞であるとすら受け取れるのです。

銀行と証券会社は”水と油”、SBIの思惑とは

このように問題地銀と金融庁にとっては天使にも見える北尾SBIですが、同社の狙いはどこにあるのでしょうか。SBIは公的機関でもボランティアでもなく、あくまで営利企業としての利益が見込まれれば動く、というのがその基本であることは間違いありません。

現に、新聞のインタビューに答えて北尾氏は、「株価が高いところではやらない。経済合理性は重視する」と話しています。しっかりと認識しておくべきは、SBIはあくまで証券会社であり、それを率いる北尾氏は野村證券の法人部長から孫正義氏にスカウトされてソフトバンク・グループの証券会社を立ち上げた生粋のヤリ手証券マンであるということ。

同じ金融と言えども銀行と証券とでは、その文化は水と油です。ストックビジネスを旨とする銀行が草食系の農耕文化であるとするなら、フィービジネスで目先の収益を狙う証券は肉食系の狩猟文化。その違いが果たしてどのように影響するのか、大いに気になるところです。

北尾構想を肉食系ビジネスの観点から見るなら、地銀にとって大きな負担となるITやマネーロンダリングなどに絡むシステム投資を餌に問題地銀を取り込み、その優良取引先に対する証券商品販売で収益を稼ぐというのが、その思惑です。

地銀から見れば、目先の投資負担面で支援はもらえるものの、引き換えに将来にわたる重要な収益源である地場の優良顧客を差し出すということであり、背に腹は変えられぬとはいえ、長期的な目で見て失う収益は少なくありません。

これまでの地銀と証券会社との連携で、銀行側に根本的な業務改善につながった例がないという事実も、銀証連携の難しさを物語っていると言えます。

耳障りの良い「第四のメガバンク」構想は打ち上げ花火か

さらに言えば、北尾氏が言うところの「第四のメガバンク」が何を意味しているのか、判然としません。その実態はあるようでおぼろ。なんとなく耳障りの良い言葉での打ち上げ花火なのではないか、とすら思えるのです。

構想はあくまで、投資家を集めて持株会社を作り、持株会社またはSBI単体で問題地銀に出資して経営の立て直しをはかる、というものであり、そのどこが「第四のメガバンク」なのか。

業務連携により取引先の移転さえ済めばSBIはいいとこ取りをして、持株をファンドや外資に売却する可能性もあり、問題地銀の行く末が金融界の藻屑として消える運命も否定はできないのです。

「3メガ+りそな」大手行再編スキーム再来の可能性

90年代後半の金融危機時に、金融庁の前身である旧大蔵省は、金融システムの安定化をめざして当時まだ10行以上あった大手行の再編を最優先で進めました。その折、地銀代表として全銀協に籍を置き大蔵省銀行局に出入りしていた私は、意外な話を当時の幹部クラスから聞かされます。

それは、水面下で進められていた大手行再編の青写真でした。私が聞いたのは、「大手行は、3行+ゴミ箱1にする」という表現での再編構想でした。にわかには信じ難いあまりにドラスチックな再編案に、愕然とさせられました。

そして数年の後に完成した大手行再編は、「3メガ+りそな」。私が聞いた話は現実のものとなり、背筋が寒くなったのをよく覚えています。

大蔵省幹部が全銀協で地銀代表役であった私に耳打ちした意図はおそらく、「都市銀行の再編をよく見ておけ。その上で、将来の地銀再編に備えよ」ということであったのでしょう。間にリーマンショック等の予期せぬ展開もあり20年という予想外に長い時間を経て、いよいよその時は訪れたのです。

数ある銀行の再編に「ゴミ箱」は不可欠。それはエリート官僚たちが知恵を絞りに絞って作り上げた、再編スキームの必要パーツなのです。地銀の再編においても考え方は同じでしょう。問題は誰がその「ゴミ箱」を用意するのか、ということ。

「ゴミ箱」作り請負人の登場で地銀再編は加速するのか

20年の時の流れで金融行政のあり方は大きく変わり、大手行再編の時代とは異なり今は当局主導では銀行再編も「ゴミ箱」づくりもできないというのが実情です。そんな状況下に現れた北尾SBI構想は、金融庁から見てまさしく「ゴミ箱」づくりのうってつけ役に写ったとしても何の不思議もありません。

もちろん、「ゴミ箱」入りが即廃業を意味するものではなく、一度「ゴミ箱」に入ったものが磨き直されてお宝として蘇ることもあるでしょう。しかし、「ゴミ箱」から廃棄処分され二度とその姿を見ることもなく消え去るものもあるのかもしれない、ということもまた避けられない事実に思えます。

問題地銀にとって目先で救世主に写る北尾SBIは、本当に天使なのか、はたまた残された価値だけを吸い上げて「ゴミ箱」から廃棄処分する悪魔の商人なのか。再編に不可欠な「ゴミ箱」請負人の登場で地銀再編がどのような形で加速していくのか、当面そこから目が離せそうにありません。