※この記事は2019年09月18日にBLOGOSで公開されたものです

福島第一原発の事故に伴って発生している、高濃度の放射性物質を含む「汚染水」。

そこからトリチウムを除く、大部分の放射性物質を取り除いた「処理水」が、現在福島第一原発の敷地内のタンクに保管されている。

しかし、まだ最終的な処理方法が決まっておらず、敷地内にタンクが増える一方で、2022年には敷地に満杯になると見られており、切羽詰まった問題となっている。

もちろん、国際的な海洋放出基準を満たす状態にして海洋へ放出してしまうのが筋ではあるのだが、風評被害などの問題もあり、反対の声も大きい。

9月10日の記者会見で、原田義昭環境相(当時)が「所管を外れるが、思い切って放出して希釈するしか方法がないと思っている」と述べ、漁業関係者などから大きな反発を受けた。(*1)

先日の内閣再編で、新たに環境大臣に就任した小泉進次郎氏は、原田前環境相の発言を受けて、福島県漁業協同組合連合会の幹部と面会。「漁業者に不安を与えてしまった」と陳謝した。(*2)

さて、長らく問題にされながら、解決の糸口が見えてこない処理水の最終処分問題に業を煮やしたか、ついに一部の人たちが「処理水の海洋放出に反対する反原発は、韓国とつながっている!」と主張しだした。

第一次安倍内閣で内閣参事官を務めた経済学者の高橋洋一氏は、処理水の海洋放出への反発を「国内反原発派と韓国との協力・連携に近い動き」と評し、海洋放出反対派と韓国のつながりを示唆した。(*3)

また、AV監督として知られる村西とおる氏は「福島漁協がゴネているのはタップリ補償金を貰っていながらも、もっと欲しい、の強欲に過ぎない」として、福島の漁業関係者を批判した。(*4)

こうした批判に煽られるかのように、ネット上ではこれまでの反原発に対する批判だけではなく、福島の漁業関係者に対しても「処理水の海洋放出に批判的な勢力=韓国=反日勢力」であるかのような批判が出てきている。

確かに、韓国が日本の原発行政を利用して日本に揺さぶりをかけているという側面はある。韓国による福島県などの水産物輸入規制が不合理であることは言うまでもないだろう。また、韓国政府が処理水の海洋放出に対して何かを言う権利もないはずだ。

しかし、だからといって、日本で海洋放出に反対する人たちに「韓国とつながっている!」などとレッテルを貼るのはイチャモンの域を出ない。

だが、こうした言説がストレートに受け入れられてしまう危うさが、今の日本社会には存在している。

さて、反原発というイデオロギーに染まった人たちは放っておくとして、なぜ地元の漁業関係者たちが処理水の海洋放出に反対するのか。福島の漁業関係者は反原発というイデオロギーに染まっていたり、韓国政府とつながった反日勢力なのだろうか?

今年3月に水産庁が出した「東日本大震災からの水産業復興へ向けた現状と課題」(*5)という資料を見ていきたい。

震災の影響を受けた岩手、宮城、福島の3県の水揚げは、水揚げ金額で震災前年比の90%、水揚げ量は73%にまで回復している。また、漁港の機能や漁船の数なども、かなり震災前の数字に近づいている。

しかし、福島単体で見ると、沿岸漁業及び底びき網漁業の自粛、試験操業が続いていることなどから、水揚げ量は震災前の5割程度までしか回復していない。また、売り上げ状況についても他県に比べて、福島県の回復は芳しくない。

そして、売り上げが戻っていない理由については、やはり「販路の不足・喪失・風評被害」が挙げられ、福島の漁業関係者の苦悩が伝わってくる。

風評被害については、多くの人たちは「自分は風評に惑わされない」し「正しい情報を伝えれば、風評は払拭できる」と単純に考えている。しかし現実には、震災から8年以上が経った今も、福島沖での漁業は試験操業という形でしか実施できていない。

現実の風評被害の問題とは、単純に「安全であることを理解しない人がいる」という問題ではない。本当の問題はそれを利用して利益を得ようとする人たちがいたり、各自の利益が離反する中で、弱みを持つ側が割りを食ってしまうという問題である。

福島の水産物の売り上げが回復しないのは、決して放射性物質の問題を怖がっているからではなく、どのような理由であれ、一度下がった価格を引き上げるのは容易ではないという、経済上の問題である。

そうした状況下で処理水の海洋放出が始まればどうなるか。

処理水の海洋放出が魚の放射性物質量に本当に影響していないことを証明するために、さらなる試験操業を繰り返すしかなくなってしまう。そうなれば当然、福島の漁業の復興が遠のいてしまう。震災から8年以上、地道に福島の魚に問題がないことを証明し、積み上げてきた実績が、また1からやり直しになってしまうのである。処理水の海洋放出は、福島の漁業関係者にとっては、賽の河原の鬼も同じなのである。

村西とおる氏は「補償金目当てで漁師がゴネている」と主張するが、本当にもっと補償金がほしいのであれば、漁業関係者たちは海洋放出に賛成するはずである。放出されれば試験操業の期間は延び、確実に補償金が出る期間も延びるのだから。

もちろん、漁業関係者たちはそんなことは考えていない。補償金がある生活から脱し、他の都道府県の漁師たちと同じように漁をするためにこそ、海洋放出に反対しているのである。

他の被災県の漁業が復興していく中で、どうして福島の漁業だけがいつまでも原発事故に足を引っ張られつづけなければならないのだろうか。

2013年7月に仮設タンクの水漏れによる汚染水流出が発覚(*6)、2015年2月に、原子炉建屋の屋上に溜まった汚染水が排水路から海に流出していたことが発覚(*7)するなど、汚染水にまつわる問題が発生する度に福島の漁業関係者たちは不利益を被ってきた。

そうした過去があるからこそ、福島の漁業関係者が処理水の海洋放出に対し、政府や東電を全面的に信用して賛同する道理など一切ないのである。

そこに韓国は一切関係ない。反原発も関係ない。

福島の漁業関係者は、ただ震災前と同じように、まっとうな漁業ができるようになることを考えて、そのために主張しているのである。

そして処理水処分に道筋をつけられていない原因は、反原発の存在でも、福島の漁業関係者の無理解でもなく、単に政府と東電の失態である。

国内の反韓意識を利用して「海洋放出に反対するやつは反日!」などとレッテルを貼って海洋放出への世論を形成し、福島の漁業関係者の口を塞ごうとするかのようなやり口は、卑劣としか言いようがないのである。

1:原田環境相、原発処理水「海洋放出しかない」(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO49622460Q9A910C1CR8000/
2:小泉環境相 「漁業者に不安与えた」 福島県漁連に陳謝(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190912/k10012078771000.html
3:韓国と連携する国内の反原発派… 福島第1原発の処理水問題、日本は事実の国際的な説明を(zakzak)
https://www.zakzak.co.jp/soc/news/190827/dom1908270001-n1.html
4:小泉進次郎さまは福島漁協の関係者に原田前環境大臣が「トリチウムは海洋放出しかない」と述べたことに「素直に申し訳ない」と頭を下げた。福島漁協がゴネているのはタップリ補償金を貰っていながらも、もっと欲しい、の強欲に過ぎない。同じ福島県民にも手前どもより格段上の恥知らずな奴がいたものだ (村西とおる Twitter)
http://twitter.com/Muranishi_Toru/status/1172776036246769664
5:東日本大震災からの水産業復興へ向けた現状と課題(水産庁)
http://www.jfa.maff.go.jp/j/yosan/23/attach/pdf/kongo_no_taisaku-10.pdf
6:汚染水の発電所港湾内への流出に関する公表問題について(東京電力)
http://www.tepco.co.jp/cc/press/2013/1229246_5117.html
7:原発事故の汚染水流出 漁協組合長が批判(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/genpatsu-fukushima/20150225/1228_osensui.html