※この記事は2019年09月09日にBLOGOSで公開されたものです

イギリスの名門私立学校に通う日本人学生も急増

制服は「黒の燕尾服にベスト」「白シャツにピンストライプ」という学校がイギリスにある。

イギリスの中等教育機関(日本では中高一貫校に相当)「イートン・カレッジ」(イートン校)。超名門校として世界にその名をとどろかせる。卒業生の中にはウィリアム王子、ハリー王子など王室のメンバーや、現在の英首相のボリス・ジョンソン氏を含め20人も国のトップを輩出しており、米ニュースサイト「ビジネス・インサイダー」はイートン校を「イギリス紳士の養成所」と呼んだ。ケンブリッジ大学、オックスフォード大学に進学する生徒の比率も高く、「エリート養成所」と言ってもよいだろう。

学費は年間で4万ポンド(約500万円)を超える破格の値段だが、外国富裕層の親にとって、こうしたイートン校のようなイギリスの名門私立学校「パブリックスクール」の輝きは増すばかりのようだ。

私立校の組織「インディペンデント・スクルーズ・カウンシル」の2019年度版年報によると、外国籍の生徒の割合は現在、全パブリックスクールの生徒数の5.4%とまだ少ないものの、国別では存在感の大きさが目立つ国がある。その筆頭は中国だ。香港を除く中国大陸出身の生徒は9585人(うち7708人の親は中国に住む)。これに香港出身者の総数5222人を含めると、1万4000人以上となる。

2番目はアメリカ(3,840人)で、その次はロシア(2568人)だ。ロシア人の子弟は10年前の800人から3倍以上増えている。

ちなみに、日本は1040人と、中国・香港の10分の1以下だ。日本からの生徒数は5年前の2014年版では666人、2017年版では924人、2018年版では1068人となっている。

名門校お受験への努力は幼稚園時代から

名門校入学のための「お受験」の努力は、小学校入学時から始まっている。

イギリスの教育体制はそれぞれの地方(イングランド、ウェールズ、北アイルランド、スコットランド)によって若干異なるが、初等教育の開始年齢はほとんどの地方で5歳から始まる。

日本の小学校から高校までに相当する学校では、主に公立と私立に分かれる。日本同様、公立の小学校は無試験で入れ、授業料は原則無料だ。しかし、親には複数の学校の選択肢が与えられるので、近辺にあるいくつかの小学校の中から少しでも評判の良い学校を選ぶ。

昨年、イングランド地方では10人に1人の割合で、親が最初に希望した小学校への入学はかなわなかった(BBCニュース、4月15日付)。全国的に見ると、最初の希望校に入れた比率はロンドンでは特に低く、富裕層と貧困層が隣り合わせで住むケンジントン・チェルシー地域では68%のみとなった。

以下、イングランド地方の教育を中心に説明してみたい。

中学校受験から競争が激化

「何とかしなければ」と親が本気で焦り出すのは中等教育の段階だ。

同地方の中等教育機関は11歳から18歳までが対象だ。小学校同様公立と私立に分かれるが、公立(ステートスクール)には、無試験で入学できる「コンプリヘンシブ(統合)スクール」と選抜制の「グラマースクール」がある。

①コンプリヘンシブスクール(ComprehensiveSchool)は、日常的には「ステートスクール」と呼ばれることが多く、日本の公立に該当する。学費は無料。

ケンブリッジ大学とブリストル大学が共同で行った調査(2014-15年度の約52万件の入学申請データを使用)によると、約60%の親が自宅から離れた場所にある学校を最初の選択肢として入学申請をしたという。

入学希望者が募集する生徒数より多い場合、子供がその学校の近くに住んでいるかどうか、兄弟姉妹が同じ学校に既に在校しているかなどが決め手になるため、引っ越しをする、あるいは親せきや友人の家を自宅として申請するなどの荒療治に手を染める親もいる。学校側もこうした親がいることを想定して、面接時に様々な質問を投げかける。

コンプリヘンシブスクールの場合、イギリス流お受験は、究極的には「自宅の引っ越し」という形で表面化するというわけだ。

②同じく公立中のグラマースクール(Grammar School)の場合、選抜試験に合格した人が入学できる。学費無料。当初ラテン語の文法=グラマーを教えていたことからこの名称になった。「11(イレブン)プラス」という入学試験に合格して良い成績を取ることが必要となる。入学が認められるには、この試験の高点数のほかに近隣に住んでいるか、兄弟姉妹がすでに在校しているかも選考対象となる。

イレブンプラスのための勉強へのプレッシャーは児童に大きくのしかかり、希望のグラマースクールに入れなかったことで、自分を「失敗者」と見なす感情が大人になってからも長い間続くと教育関係者は指摘している。

イートン校は年間の学費500万円超も数年先まで入学希望者殺到

③私立校(プライベートスクール、Private School)は、「インディペンデント(独立)スクール」(Independent School)あるいは「パブリックスクール」(Public School)と呼ぶこともあるので、ややこしい。

「パブリック」は「公」の意味になり、日本では「パブリックスクール」は公立校のことを指す。一方、イギリスの場合は15世紀の創立当時、貴族の子弟は在宅での個人教授が主であったところを親の出生や身分に関係なく、「一般(パブリック)」に開かれた学校として生まれたため、この名称となった。

さらに、パブリックスクールという言葉は、エリート層を育ててきた名門数校の代名詞として使われることも多々ある。学費はかなり高額に上る。

イートン校は、名門パブリックスクールの1つで、他には、例えばウェストミンスター、ウィンチェスター、ハーロー、ラグビー、セントポールズ、チャーターハウスなどだ。

イートン校について詳しく見ていこう。同校は1440年、ヘンリー6世が創設し、70人の貧しい少年たちに教育の機会を無料で与えたことが始まりだ。元々は貧困少年たちに教育を施すためだったが、いつしか富裕なエリート層が子弟を送る学校として発展していったのである。生徒数はその後の数世紀で増え続け、現在は約1300人に達している。大部分の私立校は男女共学だが、イートン校では男子のみ、という伝統は変わっていない。

大きく変わったのは、入学の仕組みだ。従来は、同校出身者の息子であれば、誕生時に入学が認可されるなどコネが効いていたが、この慣習は次第に時代にそぐわないとみられるようになり、2002年に廃止。どの生徒もイートン校の前の学校からの推薦状、論理思考テスト、面接を経て入学が決定されるようになった。

この「面接」のために、子供のコーチングをしてくれるビジネスもある。しかし、面接官の方は「コーチングしたな、と分かる」という(「良い学校ガイド」のウェブサイト)。

全員が男子となる生徒の年齢は13歳から18歳。イートン校のウェブサイトを見ると、2022年までの入学申請受付はすでに終了しており、競争率の高さがうかがえる。

昨年は、114校の公立・私立の小学校卒業者が入学したが、毎年入学が許可される生徒数は260人ほど。この狭き門に入るには、入学前から入念な計画が必要となる。

イートン校の場合、早ければ、親は子供が初等教育の第5学年(生徒が10歳前後)の時に、13歳での入学を目指す申請登録をすることができる。この時、返金不可の390ポンド(約5万円)を学校に払う。

入学希望者は11歳、13歳の時にそれぞれ受験。通学中の学校の校長によるリポートなどの書類審査や面接を経て、優秀者は「条件付き入学」を得ることができる。この「条件付き入学」の段階で2200ポンド(約28万円)の支払いが必要となる。このうちの1200ポンド(約15万円)は事務手続き費用で、1000ポンド(約13万円)は将来の学費の一部の支払いだ。なお、事務手続き費用は返金不可だ。

入学を許可する際に、申請する家庭の富裕度は一切考慮されず、その生徒の実力によるという(イートン校のウェブサイト)。年間で4万668ポンド(約525万円)かかる授業料全額の支払いが困難な家庭は、学費の割引あるいは免除の仕組みを利用できる。生徒総数の21%が何らかの形で支援を得ており、学費免除の生徒は約80人に上る。

このほかにも、公立校出身の生徒12人に学費免除で教育を受ける機会を与える「オーウェル・アワード」という仕組みもある。「オーウェル」とは、作家ジョージ・オーウェルがイートン校出身だったことにちなむ。ほかの奨学金による支援とは異なり、いわゆる「恵まれない環境」にいる生徒、例えば難民であったり、地方自治体が運営する低家賃の住宅に住んでいたりする子どもが対象だ。「学業が優れているかどうかではなく、可能性を持っていてもその力を発揮できない生徒を助けたい」(イートン校のサイモン・ヘンダーソン校長、BBCニュース、7月9日付)。

入学すると、生徒は約50人ごとに、異なる「ハウス」に所属し、在学時代の5年間、生徒の生活はこのハウスを中心にして回っていく。それぞれのハウスの中に生徒は自分一人だけの部屋をあてがわれている。

学校でのすべての活動を通して、学業ばかりかスポーツ、ドラマ、アート、音楽活動にいそしむカリキュラムが組まれており、大学に進学し、将来のイギリスを背負ってゆく人物を育成することに力が傾けられている。

「イートンについて」(About Eton)という本を書いたアダム・ニコルソン氏は、自分がイートン校の生徒だった1970年代を振り返り、「すべての面において、自分たちはエリート層なのだという感覚が常にあった」と指摘する(「シュピーゲル・オンライン」、8月9日付)。ニコルソン氏のすぐ後に、現在のイギリスの首相ジョンソン氏がイートン校に入っている。

イートン校を含む著名なパブリックスクールに行けば、知り合ったほかの生徒たちやその家族が、卒業後も生徒の人生を助けてゆく。お金や社会的位置、影響度を子供たちも引き継いで行くという構図がある。

日本で知られていない英国パブリックスクールの一面

日本では、パブリックスクールと言えば、芸能人が子弟を送るという噂がビッグニュースになったり、愛子さまが昨年夏、イートン校のサマースクールに通われたりなど、「優雅でセレブな学校」というイメージを持ちやすい。あるいは全寮制の魔法学校に通うハリー・ポッターの世界を想起して、あこがれ感を抱く方もいるだろう。

しかし、日本では十分には知られていない面がある。本国イギリスでは、エリート層の養成機関として位置付けられてきたため、社会の不平等を象徴する存在として受け止められている点だ。

慈善組織サットン・トラストの調べによると、イギリスの裁判官の65%、閣僚の59%、司法関係者の29%が著名パブリックスクールの出身者であったという。

大学進学実績ではどうか。

同じくサットン・トラストとソーシャル・モビリティ(社会的流動性)委員会がオックスフォード大学とケンブリッジ大学に入学した学生の出身校を調査したところ、2015年から17年のデータによれば、1310人が8つの著名パブリックスクール(イートン校やウェストミンスター校など)出身だった。

調査の報告書には「エリート主義の英国」という題名が付く。ソーシャル・モビリティ委員会のマーティナ・ミルバーン委員長は「社会的流動性が非常に低い」ことに懸念を示している。「この小規模のエリートたちが、この国の運営に大きな発言権を持っているべきだろうか」、と疑問を投げかけた。

イギリスは、エリザベス女王を頂点として、上流、中流、労働者階級というヒエラルキー構造が長く続いている。社会的流動性を高めること、つまり、下層家庭に生まれた人に上の層に行く機会が与えられているようにすることが長年の政治課題だ。パブリックスクールやオックスブリッジ(オックスフォード・ケンブリッジ両大学の総称)は、それぞれ貢献をすることが求められるようになった。

現在、オックスフォード大学の学生の15%が貧困地域の出身者で、大学側は今後4年でこれを25%まで増やす意向だ。しかし、貧困層と富裕層の間に挟まれた格好となる、低所得の中流家庭からの不満も招いている。

パブリックスクール卒業生が語る負の影響

もう1つ、よく知られていないのが、パブリックスクールには「素晴らしい教育機関だった」とほめる卒業者と「いやでいやでしょうがなかった」という卒業者の2つのタイプがある、という点だ。

筆者には、イートンやほかの寄宿学校に行った知人が数人いる。親が海外勤務のため、2歳、あるいは6歳で寄宿学校に入れられたという人もいる。

幼少時に親と引き離されたこと、厳しい学校の規則(今はもう行われていないが、昔は規則違反をすると、先生に鞭を打たれた)、子供たち同士のいじめや先輩・後輩の上下関係(後輩はまるで召使いあるいは奴隷のように先輩の面倒を見る)などに傷つき、大人になってもこうした思いが消えない人もいる。知人の一人は、もう50年以上前のことなのに、「あの時いじめたやつに、今あったら、殺してやる」と物騒なことをいっている。

イートン校を卒業したチャールズさんは、初めて会う人に必ずこんな質問をする。「僕はイートンに行ったんだけれど、君はどこに行ったの?」。無邪気に聞いてくるが、相手を値踏みしているのである。

別のパブリックスクール、ウィンチェスター校に行ったマークさんは、会食すると、食べ物を残さないのが常だ。「学校時代、ぼうっとしていると晩御飯を隣に座る人に取られた。出されたものはすべて食べるのが習慣になった」。

マークさんによると、「感情を表に出さない」のも特徴の1つ。と言っても、日常生活で特にこれが目立つわけではないが、「男は感情をあからさまに出さない」ことを無意識のうちに身に着けてしまい、態度はあくまで紳士的だが、「心の底では何を考えているか分からない」と言われることがあるという。

先のシュピーゲルの記事の中で、心理士のニック・ダフェル氏がパブリックスクールをこう表現している。「年に何か月も、子供を親から話して教育する仕組みはイギリスに固有のものではないか」。その負の影響が自分の多くの患者の中に見て取れるという。

「子供を親から引き離し、建物の中に閉じ込めて、性的な接触の機会から遠ざけ、学習、スポーツやそのほかの活動で忙しくさせる」。その結果出来上がった人物は「感情表現が下手で、権利意識が高い」。そして、「自信に満ち、雄弁で、カリスマ性を持つが、自分やほかの人の感情を処理するのが不得手だ」という。

長い間、イギリス人の中・上流階級の親たちは自分たちと同じ社会的階級にあるほかの親が子弟を送っていることや教育水準の高さ、そして将来の成功への道としてイートンやほかの名門校を志向してきた。

筆者自身は、「男子のみ」、「燕尾服」、「寄宿生活」と聞いて、非常に前時代的に思え、尻込みしたくなる。また、裕福な人、土地を持っている人、高額授業料を払える人の子弟がこうした名門校に入学しやすく、その結果、イギリスを牛耳る存在となっていく構図も社会の不公平さの象徴のようで気にかかる。

パブリックスクールに子供を入学させたいと考えている方は、その社会的文脈や子供への影響にも目をやりながら、一度学校を訪れて自分の目で確かめてみるといいのかもしれない。