リクナビ事件の根底にあるリクルートの悪しきDNA - 大関暁夫

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※この記事は2019年08月31日にBLOGOSで公開されたものです

政府の個人情報保護委員会が、リクルートグループで就職情報サイト「リクナビ」を運営するリクルートキャリアに対して「是正勧告」を出しました。これは、同社が取引先企業に対して販売していた「内定辞退率予測」が、登録した学生の十分な了解を得ずにサービス展開していたことの発覚を受け、個人情報保護法違反の観点から処分を下したものです。

営業成果を最も重視するリクルートの企業文化に危機感

問題のサービスは、サービス契約をした各企業が持つ就職活動中の学生のデータをリクナビに渡し、同社は各学生がいつどの企業の情報を閲覧したかなどの情報をAIで分析。個別学生の内定辞退率を独自算出して企業に渡す、というもの。

最大の問題点は、リクナビに登録した学生に対し登録者情報の活用について十分な説明がなかった、ということです。サイトの利用規約では、「採用活動補助のため、企業に情報提供することがある」という形式的な説明にとどまっており、この表現では自身の内定辞退率までが企業に伝えられるとは到底理解できないということを、個人情報保護委員会は重大な問題であるとしたわけです。

この問題の背景には、リクルートグループの企業文化が大きく関わっているように思います。リクルートは昭和35年に故江副浩正氏が、自身が学生時代に携わってきた東大新聞の広告セールスコミッションの業務を引き継ぐ形で創業した広告代理店です。

就職活動時期を前にした学生向けに大企業からの情報提供を有償でするという、全く新しいビジネスモデルで急成長を遂げました。その過程において江副氏が何より重視したのが営業成果でした。

社内ではプロフィットセンター(PC)という企業内企業的管理の下、独立採算で損益を競わせ勝者を厚遇するという当時の日本企業では珍しい完全成果主義を敷き、アルバイターも基本成果報酬型で雇用するなど、徹底した成果至上主義で業績を伸ばしていったのです。

結果としてPC制度は社員の経営マインドを育てることに成功し、多くの著名アトレプレナーを輩出しました。しかし同時に問題点も見え隠れしました。それはあまりにも成果数字にこだわった企業文化です。

私も多くの同社卒業生との付き合いがあります。彼らの大半がビジネスアイデアを現実のものにする力を持ちマネジメント能力が高いことには感心させられるのですが、その一方で彼らに共通の成果偏重が過ぎる営業マインドには危険な匂いを感じるのも偽らざる事実です。

ここには大きな誤りが生まれる芽が見えるのです。それはリクルートの営業にとって「顧客は誰か?」について、常に正しい理解ができているのか否かということです。

「言った、言わない」で逃げ切り狙うクレーム対応も

以前こんなことがありました。私の会社では企業コンサルティング事業とは別に、街おこしの関係で飲食店を地方都市で経営しています。3年ほど前、リクルートグループの飲食店集客媒体「ホットペッパーグルメ」の営業マンが新しいWEBサービスを売り込みに来て、その話を気に入った弊社店長が契約をするということがありました。

しかしその何か月か後に分かったのは、事前説明のサービス内容と実際のサービスとの大きな相違でした。言ってみれば弊社は、虚偽のサービス説明で契約をさせられたのです。

契約書にサービス内容に関する細かい記載は一切なく、弊社の問い合わせに対する担当営業所の対応は、「契約時の担当者は既に退社しており、事実関係が分からないので対応いたしかねます」という、お客をお客と思わない「言った、言わない」で逃げ切ろうというあまりにも不条理なものでした。

納得のいかない私は本社にも連絡しましたが、「お客様相談窓口」自体が存在せずたらい回しの挙句に元の窓口に戻されてナシのつぶてで泣き寝入り、という状況に追い込まれたのです。

私が受けたこの「お客をお客と思わない」同社の対応は、リクルートの社員にとって「自分の成果になるようなお金を払ってくれる先」以外はお客ではないということを意味しています。

だから同社社員は、自分の成果にならない「過去のお客」のクレームは一切受けませんし、会社自体もクレームを受け付けるような「お客様相談窓口」も置いていない、私はそのように理解しました。

おカネにならない学生は顧客ではなく「商売道具」か

私の周囲でも、弊社と同じような「被害」を被った企業は複数あります。今回のリクナビの一件がたまたま、顧客情報という現在政府が強い関心を示している領域であったがゆえに白日の下に晒されることとなりましたが、いき過ぎた同社の成果至上主義の弊害は多くの被害者を生んでいるのです。

リクナビの問題に話を戻せば、これも弊社の件と同様にリクルートグループの企業文化による弊害の現れと言えます。「顧客は誰か?」ということに関して言うなら、リクルートキャリアの顧客は「内定辞退率予測」というサービスを高いおカネを払って買ってくれ、担当した社員に実績をもたらしてくれる取引先企業だけなのです。

貴重な情報を提供し、もしかすると将来顧客になる可能性を秘めているにも関わらず、今は直接的には一銭のおカネにもならない学生は「顧客」ではなくあくまで彼らの商売道具に過ぎないのです。

だから成果至上主義のリクルート文化では、今回のような今様のコンプライアンス常識では到底考えられないような、個人情報取扱ルールを無視したサービスがまかり通ってしまうのです。

生かされなかったリクルート事件の教訓

思い起こせば、1989年に当時急成長を遂げていたリクルートを率いていた創業者の故江副氏は、成長の勢いに浮かれて自社の利益に走るあまり、リクルートコスモス未公開株の政財界へのバラマキで逮捕され、贈収賄罪で有罪判決を受けました。いわゆるリクルート事件です。

いき過ぎた成果至上主義による大失敗を創業者自らが犯していながら、事件発覚とともにさっさと同社を退いたがゆえにその教訓はが生かされ企業風土が改められることはなく、悪しき企業文化が脈々と今に連なってしまった。その被害者の一人である私の目には、そう映ります。

江副氏は2007年の著書『リクルートのDNA』の中で、現職経営者の時代に自らが考えるリクルートのあるべき企業風土について次のように社員に指示していたと記しています。

「リクルートは社会とともにある。社会のことを考えず、自らの利益だけを追求してはいけない。社会への奉仕、国家への貢献というシチズンシップが大切である」

創業者の投げ出しにより、悪しき成果至上主義から脱しきれずにいまだにコンプライアンスを無視した不祥事を繰り返す企業風土を、今こそ創業者が成し得なかった理想に帰すべき時が来ているのではないかと思います。