※この記事は2019年08月28日にBLOGOSで公開されたものです

日韓の関係悪化は、一体どこまで進むのか。

多くの人が大きな懸念を感じたのが、韓国政府が8月23日、「日韓軍事情報包括保護協定」(GSOMIA、ジーソミア)を破棄すると発表した時だった。

昨年秋、韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金(元・新日本製鉄)に韓国人元徴用工への賠償を命じる判断を確定させてから、2国間の軋みが表面化してきた。

今年7月に入って日本政府は韓国に対する半導体材料の輸出管理を厳格化すると発表し、8月には輸出手続き簡略化の優遇措置を受ける「ホワイト国」のリストから韓国をはずす法令改正に動いた。これに対応する形で、韓国側も日本への輸出手続きの厳格化を発表。韓国の一部では日本製品のボイコットが起きていると報じられ、瞬く間に日韓関係が厳しい状態になってしまった。

GSOMIAの破棄宣言は、日韓ばかりか地域及び世界的な安全保障にまで影響が出る可能性がある。

イギリスなど欧州は、この日韓関係についてどのように報じているのか?筆者が住むイギリスのメディアを中心にGSOMIA破棄についての関連記事を探してみた。そのハイライトを紹介したい。

日韓対立よりも京アニ事件の方が注目浴びる

まずGSOMIA破棄宣言以前の報道だが、普段、主要チャンネルのニュース番組だけを見ていると、イギリスで日本や韓国の話が話題に上ることはあまりない。この2か国は心理的にも地理的にも遠い国だからだ。日本と言えば、旅行番組で扱われるか、あるいは日本でサミットが開催された時、または地震などの自然災害や京都アニメーションの放火事件など、何か大きな事件が発生した場合などに限られている。

近年、旅行番組として人気を博したのが、英女優ジョアンナ・ラムリーが日本各地を訪れ、地元の人と交流をしながら歴史や文化を学んでいく姿を描いた「ジョアンナ・ラムリーのジャパン」(BBC、2016年)だった。イギリスを含む欧州から日本に行くには飛行機で片道11-12時間かかり、航空運賃も安くないので、日本は「訪れてみたいが、なかなか行けない国」として認識されている。ラムリーとともに日本の日常生活や文化を紹介した番組は視聴者の「行ってみたい」という要求を十分に満たすものだった。

2011年の東日本大震災発生時、欧州各国では連日トップニュースとして報道された。

イギリスの各メディアは大物キャスターを現地に飛ばせて実況中継を実施した。津波で家族を失った人のヒューマンストーリーや原発事故の責任など、その報道内容にも幅があり、「1年後」、「5年後」はどうなったかという番組を継続して制作・放送した。

東日本大震災時ほどの連日の報道にはならなかったものの、今年7月の京都アニメーション社放火事件は、30数人の犠牲者を出したテロ事件として大きく報道された。その扱いの大きさに、日本にいる人の方が驚いたのではないだろうか。

京アニ事件が注目の的となったのは、イギリスを含む海外にも日本のアニメファンがたくさんおり、一つの文化が破壊されたという見方があったことも背景にあった。BBC、ガーディアン、ロイター通信など、ほぼ全メディアが報道したが、特に盛り上がったのはソーシャルメディアだった。アニメの画像を組み合わせて、追悼の意を示すツイッターが続々と登場した。京都アニメーション社への募金支援には世界中から募金が寄せられた。

京アニ事件の際の熱い報道ぶりと比較すると、日韓対立についての報道はそれほど大きくはない。

新聞には時折、日韓の対立の話が掲載されているが、それがことさらイギリス国民の会話の中で話題になることは少ない。関心がある人は読む、という程度である。

ここ1か月ほど、アジア地域のトピックとして頻繁に報道されていたのは、1997年まで統治下にあった香港デモの拡大や、かつてのイギリスの植民地だったインドのモディ政権が北部カシミール州の自治権をはく奪した事件である。

日韓問題よりも北朝鮮や中国に関心

しかし、さすがにGSOMIA破棄宣言は大事件ではないかと思い、英語で書かれた主要メディアのウェブサイトやネット検索をしてみると、確かに報道されていた(イギリスではBBCに加え、全国紙ガーディアン、インディペンデント、フィナンシャルタイムズ、アメリカではワシントンポスト、通信社など)。

中身を読んでみると、記事を探したのが24日から25日で、GSOMIA破棄宣言からさほど時間が経っていないこともあって、日本で報道されているような内容(なぜこうした破棄宣言がなされたのか、それに対して日韓の政治家やアメリカの政治家はどのようなコメントを残しているのか、これと関連して、24日に北朝鮮が飛翔体を発射したことの波紋など)を広くカバーしており、独自の見解を出したり、「日本はこうするべき」という提言をしたりするような記事は、直近ではほとんど見当たらなかった。

いずれも、「日本はこう主張する」が、「韓国はこう主張する」として、淡々と両論併記としているものが多い。

イギリスを含む欧州は、日韓の一連の報復的態度を「2国間で解決するべき」という姿勢から、成り行きを見守っているという印象を受けた。

しかし、24日の北朝鮮による短距離弾道ミサイルなどの飛翔体の発射は、7月末以降7回目になり、GSOMIAの破棄宣言の直後に行われたことから、日本、アメリカ、韓国の軍事連携が崩れているとする見方が出ており、ミサイル発射を加速化しかねない北朝鮮、欧州諸国にとって巨大な市場となる中国がどう動くかは、今後もイギリスと欧州他国の注視対象になる。

その一例が8月24日付、ロイターが配信した「盲目の人々:日韓条約の終了は北朝鮮の脅威を理解する努力を台無しにする」である。

'Blindmen':End of South Korea-Japan pact undermines bid to understand North Korea threats

英語圏では日韓関係悪化の説明に「慰安婦問題」

イギリスのメディアがGSOMIA破棄宣言及びここに至るまでの日韓の関係を報道する時、「なぜ関係がこじれているのか」を説明せざるを得ない。すると、避けられなくなるのが、第2次世界大戦時から尾を引く2国間の問題だ。

一体どのような説明がされているのかを、BBCニュースの報道で見てみよう。

▽日本語版:なぜ日本と韓国は仲たがいしているのか、韓国がGSOMIA破棄

▽英語版:South Korea and Japan's feud explained

日本語版を読んでいただいてもよいのだが、少し細かく訳してみた。また、一部にどんな英語が使われているかを入れた。

以下、筆者による翻訳。

日本と韓国は複雑な歴史を共有している。両国は少なくとも7世紀から戦いを繰り返し、これ以降、日本は何度も朝鮮半島に侵攻しようとした。

1910年、日本は韓国を併合し、この地を植民地(colony)とした。

第2次世界大戦が始まると、アジア各地の数万人とも20万人ともいわれる女性たちが、日本兵にサービスを提供するために軍の売春宿(military brothel)に送られた(sent)。

こうした犠牲者は「慰安婦(comfort women)」と呼ばれ、その多くが韓国人・朝鮮人(Korean=コリアン)だった。数百万規模のコリアンの男性たちも、戦時の労働者として強制的に(forcibly)徴用された。

1945年、日本が敗戦し、朝鮮半島の統治に終止符が打たれた。

この後に、日韓関係を正常化させる日韓基本条約への合意や、「『慰安婦』が繊細な問題として残り、解決には程遠い」と書かれている。

日本語版と英語版には、数秒だが「初公開された慰安婦の動画」が掲載されている。また、英語版のみだが、高齢となった元慰安婦の女性へのインタビュー動画も掲載されている。

上記の説明は、英語圏のメディアによる日韓関係、特に慰安婦の説明によく使われる、パターン化した表現だ。このような形で第2次大戦と日本が説明され、それが英語という国際語を使って拡散されている、ということである。

この先、日韓関係はどうなると見ているのか?

日韓のGSOMIA終了は、国際的にどんな意味を持ち、この先はどうなるのか。

仏AFP通信の記事(8月23日付)から拾ってみる。

コンサルティング会社テネオのアナリスト、トビアス・ハリス氏は日韓のGSOMIAがなくなることで、「北朝鮮によるミサイル発射を追跡することが難しくなる」と指摘する。

アメリカにとっても打撃だ。北朝鮮危機が生じた時、アメリカ、日本、韓国との連携がやりにくくなるからだ。

同記事の中で、ソウルに本拠地を置くシンクタンク「アジアン・インスティテュート・オブ・ポリシー・スタディーズ」の副社長チョイ・カン氏は、トランプ米政権のポンペオ国務大臣がGSOMIA破棄宣言について「失望した」という言葉を使ったことに注目する。

「失望した(disappointed)」は、外交的には非常に強い言葉だ。「トランプ政権が日韓両国を助け、中道の打開策を見つけることができなかったことへの残念さがにじみ出ている」とカン氏は指摘した。

アメリカが主導する日韓米の交渉を米政府は提唱することもできるが、実現には「長い時間がかかりそうだ」という。

ここ数年、日本では嫌韓・嫌中本が人気となっているという。同時に、「やっぱり日本はすごい国だ」と日本を愛国的にほめる本や言論も歓迎されていると聞く。いずれも他者に対する憎しみ感、自国についての過度の優越感を増幅させることにならないか、と危惧している。

過去の歴史に対する認識が異なるのは欧州各国でも珍しくない。第2次世界大戦では敵国同士だった国でも、隣国として付き合っていかなければならないのが現状だ。しかし、歴史観の相違が不買運動や軍事協力の分野にまで進んでしまえば、「赤信号」だ。

これ以上エスカレートしないよう、極力「熱覚まし」の方向に進んでほしいと願っている。