吉本興業の「闇営業問題」は2010年上場廃止に端を発するコンプラ逃れのツケである - 大関暁夫

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※この記事は2019年08月02日にBLOGOSで公開されたものです

吉本興業所属の芸人が事務所を通さずに仕事をとるいわゆる「闇営業」で、犯罪組織からお金を受け取っていた問題が、物議を醸しています。話題の一件でもあるので、私の立場から吉本興業の企業マネジメントの問題点について考えてみたいと思います。

「闇営業」は吉本芸人たちの非常識の産物

事の発端は、テレビでの露出も多い売れっ子を含めた複数の芸人が、「闇営業」で反社会的勢力のパーティに出演して報酬を受け取っていたという週刊誌のスクープでした。相手の素性を知っていたか知らなかったかという問題や、報酬を受け取っていたかいなかったかという問題以上に、お笑い業界トップ企業である吉本興業の中核にいる芸人たちが集団で「闇営業」に手を染めていたということが、個人的には何より衝撃でした。

なぜこのようなことが起きるのか、それは芸人の間に「闇営業」に対する違反行為意識や、その裏に潜む危険性認識が薄いからに違いありません。会社に所属している自身の本業の仕事を、会社経由とは別にすることは明らかな違反行為であります。

さらには、名の知れた立場の者が会社を通さずに、見ず知らずの第三者からの仕事を請け負うことは、相手が反社会的勢力かも知れないというリスクを考えれば絶対にやってはいけないというのは常識であり、「闇営業」はまさに吉本芸人たちの非常識の産物という以外何物でもありません。

所属芸人を「闇営業」に走らせたグレーなギャラ配分

しかし、吉本芸人の間にこのような非常識がまかりとおっている最大の原因と責任は、“雇い主”である吉本興業にあります。マネジメント上の最大の問題点は、たびたび話題に上がっている書面による二者間契約がないということに尽きるでしょう。

いくら所属芸人に対するコンプライアンス教育を十分におこなっていると言っても、書面契約で禁止事項、違反項目等に関する取り交わしがない状態で、形式的な講習実施や啓蒙ビデオを見せたとしても、それで違反行為防止の意識付けを徹底するのは到底無理な話なのです。

「会社を通さずに仕事を受けることを固く禁じる」「いかなる理由においても、反社会的勢力との交友関係を持ったもの、あるいは反社会的勢力が関係している催し物に協力する等の行為があった場合には例外なく本契約を解除する」等の違反事項、禁止事項を書面に記して、面前でしっかりと読み聞かせをした上で契約書に記名・捺印をさせる、等の流れは絶対に欠かすことはできません。これを怠って長年平気な顔をしてきた同社には、本不祥事におけるすべての根本責任を受け止めた上で、迅速な改善対応が求められるところです。

もうひとつメディア等で問題になっている不透明なギャラ配分の件も、契約による見える化が絶対に必要です。ギャラ配分そのものがどうこうというよりは、相互了解の取り決めもなく芸人から見て、一方的に安いギャラ配分と受け取られていることが、「会社に搾取されている」という考えを生み、芸人たちに「闇営業」を正当化するような流れがあったという点が否定できないからです。

ギャラの配分については、本来個別契約によってしっかりとお互いの納得の上で決めるべきものです。おカネに関する不透明感は、イコール会社に対する不透明感であり、ここがしっかり見える化されていないと、「会社がおカネに対して汚いのだから、裏で仕事をとって何が悪い」的な発想を助長することになるのです。会社主導のグレーな流れが、芸人たちを躊躇なく「闇営業」に走らせたと言っていいでしょう。

書面契約を交わさない旧時代的な支配構造

過去を振り返ってみると吉本興業は、旧来の芸人社会の弟子入り無給修行からの我慢と、鍛錬による独り立ちという職人的出世構図を、1982年に吉本総合芸能学院(NSC)を作ることで、弟子入り制度を経ずして世に出ることを可能にし、業界の近代化を図った立役者であったはずです。

しかし、いまだにその実はと言えば、書面契約を交わさない事前取り決めなしによる優越的立場の乱用し放題な、旧時代的であり蛸壺的な芸人支配構造が同社経営の屋台骨を支えているという闇が、今回の一件ではからずも白日のもとに晒されたわけなのです。

吉本興業は同社を中核企業とするホールディングス・カンパニーを形成しており、グループ全体での総売上は約500億円、総資産は600億円超であるとされています。名実ともに立派な大企業です。以前は東証および大証に上場していましたが(大証は昭和24年、東証は同36年上場)、2010年MBOにより上場を廃止。

当時公表された廃止理由は、アジアを中心とした海外展開戦略をスムーズにおこなうため意思決定速度を速める、とのことでしたが、アジア事業展開は大した動きもないままほどなく自然消滅しています。

昭和の時代、日本の上場企業に上場ゆえのガバナンスや高度なコンプライアンス意識、さらには投資家に対する説明責任などは、全く求められることはありませんでした。しかし、証券市場の国際化によって、グローバルスタンダードの名のもと市場信頼性向上が掲げられ、上場企業に対して求められるマネジメントのレベル感は急速に高まることになります。

穿った見方であると思われるかもしれませんが、2010年の吉本興業上場廃止理由としての国際化戦略は表向きのものであり、真の理由はガバナンス強化、コンプライアンス強化、アカウンタビリティ対応からの逃げではなかったのか、と個人的には思っています。いや、今回の件で諸々が明らかになるに至って、それは確信に変わっております。

コンプラ強化から逃げてきた吉本興業の経営姿勢が問われる

吉本興業ほどの企業は、その存在感、社会的影響力から考えて、たとえ上場企業でなくとも、上場企業並みのガバナンス、コンプライアンス意識を求めてしかるべきであり、経営者はそれを当然のこととしてマネジメントに取り組まなくてはいけないはずです。

従って書面契約書が存在しないとか、ギャラの配分ルールが不透明であるとかは全くの論外であり、所属芸人の「闇営業」が横行して反社会的勢力とのつながりまであったという事実は、まさに個々の芸人への責任追及以前の問題として、吉本興業の経営姿勢が問われているのだと真摯に受け止めなくてはいけません。

それともうひとつ。10年のMBOに賛同して株主に名を連ねているフジ(12%)、NTV、TBS、テレビ朝日(各8%)などの各局は、言ってみれば上場廃止を手伝い同社が経営近代化を拒み続けてきた片棒担ぎでもあるわけです。

各局のメディアとしての立場も併せ考えるなら、その責任は至って重大であるとの認識のもと、吉本興業の経営刷新を大株主として側面からの監視を強めつつ、その速やかな進行を促していくことも求められると考えます。

一部芸人の「闇営業」に端を発したこの不祥事は、芸人の不祥事ではなく実はガバナンス、コンプライアンス強化を逃れてきた企業が引き起こした不祥事であるという認識のもと、業界大手企業の抜本的改革をもって業界の浄化に資する方向で終息に向かうべきと考えます。