騒動後も不規則発言はなくならず?塩村議員に聞くセクハラヤジ後の都議会 - BLOGOS編集部
※この記事は2016年03月14日にBLOGOSで公開されたものです
「早く結婚した方がいいんじゃないか」。2014年、東京都議会本会議場、塩村あやか議員の一般質問中に不規則発言が発生。この発言は、いわゆる「セクハラヤジ」騒動として、都議会にとどまらず、国政、海外からも注目を集める大きな問題となった。
この騒動を経て、都議会におけるセクハラ、不規則発言に対する意識には変化があったのだろうか。当時の様子や都議会の現状について塩村あやか議員に話を聞いた。(取材・執筆:永田正行【BLOGOS編集部】)
ネットや週刊誌に叩かれたが、それでも前向きに捉えたい
-外国特派員協会で会見を行った影響もあり、セクハラヤジの問題は、国内外で大きなニュースとなりました。その後の報道もかなり加熱していたと思います。当時の状況を改めて振り返っていただけますか。塩村あやか都議(以下、塩村):誤解されている方が多いのですが、外国特派員協会での記者会見は私が開いたわけではありません。私の前職は放送作家ですが、報道系ではなかったので、「外国人記者クラブの重み」については、それほど理解していませんでした。
また、当時はマスコミの注目が集中しており、都議会の控室からトイレにも行けないような状況が続いていたので、外国特派員協会のある有楽町まで出かけて会見をするのは、かなり困難でした。なので、断ろうと思っていたぐらいです。
それでも、記者会見の依頼を受けた先輩議員の方々が、「地方議員が外国人記者クラブに呼ばれるということは、ほとんどないだろう。一石を投じてきたらどうだ」と言ってくださり、同席もしてくださるということでした。正直、あのような状況になると、体がついていかないんですよ。もう「ここに座っていたい」「動きたくない」というような状況になっていたのですが「先輩方が、そこまで言うのであれば」とお受けしたのです。会見が決まったのは、誰が不規則発言をしたのか、わからないときでした。鈴木都議が名乗り出たのは、会見の前日だったので、すでにキャンセルできない状態だったのです。
あたかも私が自分でセッティングをして記者会見を開いたというように喧伝されてしまっているので、「あんな会見を開いて。日本の恥さらし!」みたいなことを言われるのですが、そうではないのです。このように、自分の意志や思いといった様々なものが少しずつ事実と違うということが、当時はたくさんありました。
その時は本当に分からないんですよ。最初は都議会の中で起きたことだけを話していればよかったのですが、だんだん自分では理解できないぐらい様々なことを聞かれるようになりました。そして、次第に訳の分からない話がたくさん出てきたんです。
記者が追いかけて来て、車3台で尾行されたり、家に帰るとインターフォンに人がたくさん映っていたりもしました。出てみたら、週刊誌の記者に抱きつかれて、ドアが閉められなくて、もうドアを開けっ放しで走って逃げたり、振りほどこうとすると、記者が「塩村さん痛いです」「塩村さん、何するの!?」などと叫び始めたりするので、110番して…といったような状況でした。
様々なパワーバランスが働く中で、黒いものが白になったり、白いものが黒くなったり、灰色になったりするような世界ですから、非常に怖いなと思って過ごしていました。
-この問題は、おときた都議のブログをきっかけにして大きな注目を集めたわけですが、塩村さんご自身としては、ここまでの事態になると想像していましたか?
塩村:まったく思いませんでしたね。議会でいえば、セクハラにはあたりませんが、ひどいヤジがたくさんありましたから。
-一連の騒動が沈静化するまで、どのぐらいの時間が必要でしたか。
塩村:かなり時間かかりましたね。6月の一般質問の際にヤジがあって、その後に週刊誌の攻撃、ネットの攻撃がありました。年末には、「1年の振り返り」といった企画で取り上げられ、また半年経つと、「1年前にこんなことがありました」のような形で注目される。ですから、完全に沈静化するまでは1年ぐらい掛かったように思います。
ただ、ネットや週刊誌ではマイナスなことも非常に書かれましたが、コアな支援者の方々は増えたと感じています。騒動の前後で、知らないうちにFacebookに、1万8000人を超えるフォロワーがついていましたから。
元々、私のFacebookは、Twitterに書かないような日々のこと、例えば猫のことや家のことなど政治家・塩村あやかではないことを発信する場でした。そうした情報を見て応援してくれる人も非常に増えたので、プラスマイナスで言うと、”ちょっとマイナス”ぐらいだと考えるようにしています。
-ものすごくマイナスだったというわけではないと?
塩村:私の存在をまったく知らなかった人が、存在を認知し遠方から応援してくれるということは、この騒動がなければありえませんでした。
最近の不規則発言は、マイクで拾えないレベルで行われている
-騒動後、都議会で、啓発研修を実施したり、新たなルールを策定するといったセクハラに対して何らかの改善策を取ろうという動きはありましたか。塩村:騒動後、すぐにかつてあった「男女平等参画議連」というものを復活させようという話になったのですが、結局船出から座礁してしまいました。「何がセクハラになるのか」といったような勉強会や検証をやるといった動きもあったのですが、実際に1年以上経って開催されてみると、大学の教授が来て、女性の社会進出について話すといった程度の内容でした。
-都議会自民党の中では、何らかの再発防止の動きはあったのでしょうか。
塩村:私は聞いていないですね。議連の会長が変わったということは分かっていますが、それ以外は分かりません。
-「早く結婚した方がいいのではないか」と塩村さんにヤジを飛ばした鈴木議員やその他の自民党の議員と、その後お話する機会は?
塩村:ほとんどありません。すれ違う時に挨拶程度はしますけけれど、笑顔で返してくださる先生と目も合わせない先生といらっしゃいます(笑)。
-「セクハラヤジ」ばかりに注目が集まりますが、この騒動は、塩村さんが都の子育て支援に対しての質問を行っている際に起こりました。その後、都の子育て政策で前進した部分はありますか。
塩村:子育て中のお母さん達を支えていくための電話の相談事業など、いくつか実現したこともあります。
安倍総理が「女性活躍のための政策をしっかりやる」とおっしゃってくださったので、かなり進んだと部分もあると思います。ただ、もちろんすべてが解決したわけではないので、もう少し頑張らなければいけない部分はたくさんあると思います。
当時、私がしていた質問は、東京では妊婦が孤立しがちだという問題についてでした。地方から出てくる人も多いので、親類縁者が近くにいない。そういう人たちを支える仕組みが必要なのは、東京ならではの問題です。こうした問題を解決したいと訴えているのに、東京都議会議員がまったく理解しようとせずに、質問をさえぎるような大笑いをしたり、「余計なお世話だ」といった、様々なヤジを飛ばすのは、「これって本当に、首都・東京の議員なのかな」とびっくりしました。
―一連の騒動後は、不規則発言も減ったのでしょうか?
塩村:すごい静かでした。ただ最近は、マイクで拾えないレベルでやっていますね。「マイクは拾わないけど、ヤバイこと言ってるな」と思うことは、結構あります。
以前と比べたら静かかもしれませんが、不規則発言がないかといえばあります。内容も政策に対してのヤジもあれば、「それは言っちゃいけないだろう」というようなものも混在している状況ですね。
-当時は「ヤジは議会の花」といったような論調もあったと思います。
塩村:私自身は基本的に登壇している人を尊重するべきだと考えています。
また、実際に議員になってみて感じたのは、ヤジというのは圧力なんだということです。「面白いことを言って笑わせてやろう」といった人もいなくもないのですが、非常に限られています。ヤジるということで圧力をかける、イジメの一種なんだと思うようになりました。
ですから不規則な発言、ヤジを飛ばす方も考える必要はあると思います。自分より立場の弱い人にヤジをとばすことが、イジメの一種にあたるのではないか、ということは考えるべきでしょう。「ヤジは議会の洗礼だ」と言うのであれば、「その人に投票をした有権者に同じことがいえるのか、また、公の場で自分の会派の若手にはそうした洗礼を浴びせないのはなぜでしょう。それは現在の社会で本当に許されるのか」と考えるべきです。
-当時、もう一つ指摘されたのは、地方議会の”古さ”の問題でした。塩村さん以外の女性議員から、「自分もセクハラのような扱いを受けたことがある」という声も上がりました。政治、地方議会の世界では、女性に対する意識の変化があったと思いますか。
塩村:明らかに変わったとは思いますが、「怒られたらヤバイからやめておこう」という感覚にまだ近い状態でしょう。なので、本当に女性に対しての意識が浸透するまで、きちんとみなさんにチェックしていってもらいたいと思います。
また、都議会本会議で性差別のヤジを飛ばすことと、飲み会の席で性差別的な話をすることの意味合いは異なると思います。根本的には、どちらもあってはなりません。しかし、都議会本会議というのは、民間の会社でいえば、取締役以下全員がそろう重役会議や株主総会のような場所です。「飲み屋ではみんな言うだろ」といったことを言う方がいるのですが、伝統と品格の東京都議会の場で、あのような発言があってもよいのか、ということは考えるべきだと思います。もちろん、飲み屋でもダメなのですが。
-最後に、今後の議員活動で力を入れていきたい分野や政策を教えてください。
塩村:私が議員になった理由は大きく2つあります。
1つは待機児童も含めた女性政策。私は東京に憧れて広島から上京してきた人間です。そして、フリーランスの放送作家として働いてきました。なので、フリーランスの女性も子供を産みやすい日本、東京にしていきたいと思っています。
フリーランスであれば、毎日9-17時で仕事ということは少ないけれど、クライアントの都合に柔軟に対応する必要があります。なので、その分、託児所のお金を必要経費として認めてもらうといった政策が必要だと思います(上限や基準など証明も含め)。また、待機児童の問題についても、区レベルでは対応できない制度的矛盾を都が調整しなければいけないと考えています。
もう一つは、動物愛護の問題。これについては、東京都で出来ることについては、限界があるので、次の法改正に向けて、国に対して問題点を東京都から提示する必要があると考えています。
最近よく「殺処分ゼロ」と言われていますが、行政の処分が減っていることは確かです。しかし、前回の法改正によって自治体が「業者都合などは引き取らなくてよい」となったことで、”引き取り屋”のような業者が出てきました。これによって、行政発表の数と、本当に消えている数が分からなくなってしまったのです。つまり、「殺処分ゼロ」を一概に素晴らしいといえなくなってしまったのです。
一昨年の秋に、栃木県で犬が大量に捨てられて死んでいたという事件があったのですが、すべて避妊・去勢が済んでいませんでした。これは、いわゆる繫殖業者が捨てたということがわかっているのですが、こうした”引取り屋”の存在自体は違法ではないのです。数を売りたい業界側と愛護団体の間でどうやって調整して、法を整備していくかが課題です。こうした状況に対して、良識をもって判断し、様々な関係者に働きかけていこうと考えています。
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いまもヤジが飛び交う都議会
3月3日、筆者は都議会で行われた本会議を傍聴した。この日は、知事提出議案の上程と、それに伴う討論が行われていた。討論に際し、共産党の松村友昭議員が壇上に立ち、咳き込むしぐさを見せると、早速議場から「どうした!」などのヤジが飛ぶ。さらに松村議員が、2月25日の議会において自民党の古賀議員が「一貫して護憲派を気取っている日本共産党こそ、憲法9条の制定に『反対』していた」などと発言したことに対する抗議を始めると、議場から次々と「それは事実だ!」「討論しろよ!」「うそつけ!」などの声が浴びせられた。一方で、共産党周辺からも「そうだ!」「おかしい!」といった声が上がる。
続いて、自民党のほっち易隆議員が壇上にあがると、議席からは「頼むよ!」「しっかり!」などの声援が送られる。ほっち議員の討論終了後は、公明、民主といった党から議員が討論に立つも、終了後に所属政党の議席からまばらな拍手が起こる程度だった。
この日は、偶然自民党、共産党の両者がヒートアップしやすい話題だったのかもしれない。もしかしたら、この日が特別ヤジの多い日だったのかもしれない。だが、少なくとも議会における「不規則発言」については、セクハラヤジ騒動後も改善が進んでいないように見えた。
