誰が何を、どの期間で行うかの比較が重要だ(写真:metamorworks/PIXTA)

「会社のデジタル化を始めるために見積もりを取ったはいいが、その金額が適正かどうかわからない」という声を、よく耳にするようになりました。「アプリ開発って、こんなに高いの?」「安すぎて粗悪にならないか不安…」「ホームページってタダでもつくれるのに、こんなにするの?」「いくつか見積もりをとっても、どれがいいのかわからない」などの悩みは、コロナ禍でDXを推し進めた企業の担当者を中心に増えているようです。

適切な見積もりを出す開発会社は多いものの、残念ながらそうではないケースもあると指摘するのは、『難しい話はもういいんでDXがうまくいく方法だけ教えてください』の著者、日淺光博氏。IT業界における見積もりが、どのように考えられ、どう対処すべきかを解説します。

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IT業界における見積もりは大枠の設計のようなもの

IT業界では「見積書を作れるようになったら1人前」と言われています。これは開発プロジェクト全体を把握でき、それぞれの作業工数を適切に見いだせないと見積書を作成できないからです。つまりIT業界における見積もりは、大枠の設計のようなものと言えるでしょう。

以下は6カ月間の「紙媒体と電子版を定期購読する方を管理する販売システム構築プロジェクト」を想定した見積もり例(金額は想定)です。


(外部配信先では図表などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

まずは、IT業界における見積書の見方をお伝えしていきましょう。

開発内容に関係なく、基本的には詳細項目に要件定義、設計、実装(構築)、テストといった、どんな作業が発生するかの内容が記載されます。

要件定義:どういう機能が必要か、どんな人達が利用するか、今の業務の不満や不安は何かなどをヒアリングし、顧客が作りたいシステムの要望をまとめる

設計:作りたいシステムの要望から実際にどれくらい時間がかかるか、どんな開発言語を使うかを検討し、機能や仕様を決定する

実装・構築:設計に沿って、それぞれの工程で作り上げていく

テスト:作られたシステムが、顧客の要望通りに動くかを確認する

これらの作業で、1カ月に何人が拘束されるかを示す「人月」、あるいは何人が1日拘束されるかを示す「人日」が数量として示され、その単価が設定されて項目ごとの金額が設定されるという流れです。すべての金額が合計された総額が見積もり金額となります。

各項目の見方は、次のとおりです。

詳細:実施する作業に合わせて小項目が並ぶ

数量:単位は「人月」や「人日」などが基本で、たとえばWebページ制作の場合は「ページ」という表記に。セキュリティなどの外部へ委託する試験などがある場合には「一式」となるケースも

単価:各作業内容に合わせて、単価が設定される。人月ならいくら、人日ならいくらという設定。基本的には、大企業に依頼すると単価が高くなり、個人事業主などの個人でやっている人は安い傾向が。この差は、システム開発では予期せぬトラブルが起こることがままあり、小規模の会社は単価が安い代わり人員のバックアップ体制がほぼないため。それがスケジュールの遅延を発生させることも。大企業は人数も多いため、予期せぬ出来事があってもバックアップ体制が整っている。それゆえ作業者が変わっても予定通り進むことが基本的には可能。大企業のほうが単価が高い傾向にあるのは、不慮の事態に対しての保証料金も単価に組み込まれていると考えていい

では見積もりの各項目を、どこに注意して見たらいいのでしょうか。

「一式」と大きく書かれた見積もりは除外

「◯◯開発費用」という詳細の項目に数量「一式」で総額のみが掲載された見積書を提出してくるケースがあります。長く付き合いがあってお互いにどんなことがあるかわかっている関係にあるわけでもないのに、こういった見積書を出す会社は経験上NGです。なぜなら作業がスケジュールどおり行かない場合に、何にどれくらい時間を見積っているかが全くわからず、後にトラブルとなるケースがあるからです。

小項目の一部で「一式」を使う場合はありますが、作業全体に対して一式という見積書が出てきたら「開発会社側も全体の工数が見えていない」と考えるべきでしょう。穿った見方をすれば「一式」では、いくら水増しされていてもわかりません。

IT業界の見積もり構成は、基本的に『作業項目=数量(人月、人日等)×単価』の方程式で積み上がっていきます。見積もりを取ったプロジェクトの規模によっても変わりますが、基本的には項目ごとにスケジュールをきちんと考慮する構成です。数量が人日の場合は日付ごと、人月の場合は週単位や半月ごと、大きくても月ごとのスケジュールが出せるので、それをセットで提案してもらいましょう。他社の見積もりと比較し、金額やスケジュールの妥当性を検証することが可能となります。

この2つすら押さえられていない見積もりを出してきた会社は、避けたほうが無難です。ただ、このような不透明感のある見積もりを出してきた会社ばかりを責められないケースもあります。もし見積もりを依頼した時点で何を実現したいかを明確にできていなかった場合、相手もいつまでに何ができるかを見積書に落とし込めないからです。そうならないためにも、必ず以下を押さえておきましょう。

必ず「相見積(アイミツ)」になることを伝える

見積もりを依頼する際に、開発会社には相見積(アイミツ)になることを伝えてください。その際に、開示できる範囲で仕様書などがあるとより良い見積もりを取れるでしょう。「相見積になります」と伝えることで、開発会社としても受注できるかどうかは見積書次第という意識になり、より正確な数字で見積もりを出してくるはずです。

もちろん1社だけ見積もりを取る場合に比べ、その金額が相場に合っているか、高いか安いかを判断する基準を持てるようにもなります。

IT見積もりの構造上、1つひとつの項目における単価が上がれば、総額も高くなるのは仕方のないことです。そして単価を高いと感じるか安いと感じるかは、プロジェクトの予算規模の影響を強く受けます。予算がたっぷりあれば相対的に単価を安く感じ、予算が厳しければ単価は高く感じるからです。もちろん稼働するエンジニアの技術力にも大きく依存するため、そこについての説明も受けるべきでしょう。

それ以外に単価が上がる傾向として「納期までの期間が短い」「作るものの内容がぼんやりとしか決まっていない」「作るものの構造が複雑」「要望が多すぎる」などがあげられます。これらの不確定要素や急ぎの要素が多ければ多いほど予期せぬ事態が起きるリスクが高まるため、それを見越して余力を持つために単価を高くする傾向にあります。

もし単価を少しでも抑えたいのであれば、納期に十分に余裕を持ち、まずは作りたいものの要件を絞って、小さく始めるといいでしょう。

上記のことをもろもろやってみてもよくわからない場合は、プロの手を借りることをおすすめします。医療業界では別の医師からも見解をもらうことが一般的になっていますし、法律なら複数の弁護士に相談することで、より精度の高い情報を得るいわゆる「セカンドオピニオン」が広まっています。専門知識が必要な医療や法律と同様に、ITに馴染みのない方には、見積もりに対して自分がどう判断すべきかがわからないことが多いはず。IT顧問を利用してみるのも手でしょう。

実際に、IT顧問に数万円支払って見積もりをチェックしてもらうことで、結果的にプロジェクト全体にかかる費用が安くなるという話もよく聞きます。提案された見積もりの内容が適正なのかがどうしても判断できない場合は、技術に詳しい人にセカンドオピニオンを聞いてみることで良い方向に進むことがあります。

DXを始めたい時の選択肢は多い

ここまでIT業界の見積もり内容について、お伝えしてきましたが、これはあくまで1からシステムを作った場合を想定しています。おそらく1から構築する以上に高くなることはないからです。しかし、こんなに予算を使わなくても、テクノロジーは日々進歩しているので、作りたいものを実現する方法はあります。それを最後に紹介しましょう。

SaaSサービス:あらゆる分野で用意されているSaaSサービスですが、これは、システムを作るのではなく、SaaSを提供する会社と使用する人数分だけアカウントを契約して業務を始めることが可能です。

費用も月額や年額で支払うケースが多いので、まとまったお金を用意する必要もなく気軽に始められます。

※「SaaS」とは「Software as a Service」の略で、パソコンにインストールせずにインターネット経由で利用できるサービスのこと(Freee,chatwork等)


ノーコード、ローコードサービス:ノーコードサービスは、プログラミングの知識がなくても、さまざまなシステムやWebサイトを構築できます。作りたいものを直感的に作るための仕組みが整っているので、アイデアさえあればいいということで近年人気です。おもにEC分野やアプリ開発など、個人でコストをかけずに何かを実現するために活躍しています。ローコードについては、専門的な知識がいりますが、それでも1から構築するよりも安く済みます。ツール自体も進化しているので、これらを活用する方法も検討してみる手もあります。

その他、クラウド型のERPやデータ分析ツール、PaaS、IaaSなどの1から構築をしなくても、自社の課題や新規ビジネスに合った方法があるはずなので、それらを検討するのもいいでしょう。

(日淺光博 : 株式会社日淺CEO、DXコンサルタント)