地方出身者を見下していた、東京出身の自称・お嬢様。しかし思わぬところで“育ちの悪さ”が露呈し…
マウンティング。
本来は動物が「相手よりも自分が優位であること」を示そうとする行為のことを言う。
しかし最近、残念ながら人間界にもマウンティングが蔓延っているのだ。
それらを制裁すべく現れたのが、財閥の創業一族で現在はIT関連会社を経営する、一条元(はじめ)。通称・ジェームズだ。
マウンティング・ポリスとも呼ばれる彼が、今日戦う相手とは…?
▶前回:食事会後「自分だけに連絡が来た!」と舞い上がっていた女。だが男から呼び出された“真の目的”は…
今日も朝日がまぶしい。最近は仕事が忙しかったせいか、起きたときにはもう朝の10時を過ぎていた。
音質が気に入って購入した、JBLのブックシェルフ型スピーカー「L100 Classic」で音楽を流し始めたそのとき、スマホが震えた。
Mako:ジェームズ、元気?ちょっと相談があるの。
突然LINEを送ってきた真子とは、数年前からの知り合いである。コロナが流行する前は、海外をよく飛び回っていた彼女。何度かNYで合流して遊んだのは、いい思い出だ。
J:Mako、久しぶり。どうした?
このとき、僕は初めて知ったのだ。いつの間にか僕が“マウンティング・ポリス”として密かに有名になっていたことに…。
真子がいきなり連絡してきた、その理由とは…?
Case2:“東京出身”マウンティングをしてくる女/通報者・真子の悩み
私の名前は真子、31歳。兵庫県出身で、海外の不動産投資を扱う企業で秘書をしている。
そんな私には、里奈という友人がいるのだ。彼女とは去年知り合ったばかりだけれど、自称・東京出身のお嬢様だという彼女とは同い年で、最初は気が合うと思っていた。
…けれども最近、どうにも耐え難いことがある。
それは昨年末。知り合いの経営者である、松田さん主催の会に顔を出したときのことだった。
松田さんが経営する会社は上場を果たしており、この界隈ではかなりの有名人。芸能人の知り合いも多く、遊び方も派手だ。
その甘い蜜を吸おうと、周囲には常に女の子が群がっているような華やかな人なのである。
「松田さん、お久しぶりです!」
「おぉ、マコちゃん久しぶり。相変わらず今日も綺麗だね〜」
「それ、全員に言ってますよね?(笑)」
松田さんは“自分にすり寄ってこない女”が珍しいのか、私のことを何かと気にかけてくれ、たまに食事へ行く仲だった。
そんな彼と久々に話していると、隣で様子を見ていた里奈が小声で耳打ちしてきたのだ。
「真子って、松田さんとそんなに仲良しなの?どうやって知り合ったの?」
「どうやって…?たまたま、友達の友達だったんだよね」
「へぇ、そうなんだ」
このときは里奈から質問攻めにされることもなく、これだけで終わった。…だけど、別の日。
これまた若手経営者として活躍している、礼央主催のホムパでのこと。彼と話し込んでいたそのとき、いつの間にか私の隣にやって来た里奈が、急にこんなことを言い出したのだ。
「真子って、本当にいろんな人と繋がってるよね。すごい!」
「えっ、そうかな…?全然すごくはないと思うけど」
「礼央くんも、そう思わない?」
「まぁたしかに、真子は顔が広いよね」
急に話に入って来た里奈に、礼央はビックリしている。けれども彼女のおしゃべりは止まらない。
「どこに行っても知り合いだらけで。さすが毎晩、人脈を広げようと飲み歩いてるだけあるよね」
里奈の言葉に、私は一瞬悪意を感じたけれど、気のせいかもしれない。
「飲むのが好きだからね。でも全然だよ。私がすごいんじゃなくて、周りの人がすごいだけだから」
「ううん。華やかな人たちばっかりと繋がるって、すごいことだよ!さすが田舎出身の人って、ミーハーな感じが好きだもんね」
里奈は東京出身で、今私たちは東京にいる。それは事実。
「あ、ごめんね。別に東京がすごいって言ってるわけじゃないんだけど。でも真子は地方出身者ならではの必死感があるよね。東京の人にはない“いい意味でのガツガツ感”みたいな」
― いい意味での、ってどういうこと?
「東京なんて田舎者の集まりでしょ?だから私みたいな生粋の東京出身の子たちって、そういうなりふり構わない地方出身者に負けちゃうんだよね。生まれつき恵まれているから、欲がないというか」
たしかに私は東京出身ではないかもしれないけれど、ここまで言われる必要があるのだろうか。
「真子は、兵庫県出身だったよね?真子を見てると、田舎者が旗振って頑張ってるなぁって感じがするんだ。東京で一旗上げてやろう、みたいな?すごいよね!」
相手にする必要もないかなと思った。…でも、何だかモヤっとしてしまったのだ。
それでこの前、澪さんから聞いた「マウント女を成敗したジェームズの話」を思い出して、彼に連絡を取ってみようと思ったのだ。
“東京出身”マウントを取ってくる女に、ジェームズは…?
本当に“お里が知れる”のはどっち?
翌週。私はジェームズと、銀座にあるフレンチレストランにいた。
「ごめんね、ジェームズ。こんなしょうもないことに付き合わせちゃって」
「全然いいよ。それより真子、久しぶりだね。最近海外には行けてないの?」
そんな会話をしていると、里奈が遅れてやってきた。
「えっ、ジェームズさん!?私、一度お会いしてみたかったんです〜♡」
ちなみにジェームズも、この界隈で超がつくほどの有名人だ。日本人の父とドイツ人の母を持つ彼は、甘いマスクにモデル並みのルックス。そして優しい人柄…。
今日もこうして食事している間に、何人もの視線を集めている。
もちろん里奈が、ジェームズを知らないはずがない。目の前に座った途端、しっかりとロックオンしていた。
「真子とジェームズさんって、知り合いだったんですね。さすが真子、相変わらずすごいね。どういう知り合いなんですか?」
そう言いながら前のめりになり、テーブルの上に両肘をついてジェームズの方へ乗り出してきた彼女。その様子を見て、彼も苦笑いしている。
「真子のお父様と僕の父が、仕事関係で繋がっていて。数年前に何かのGalaパーティーで再会して、意気投合したんだよね」
そこまでジェームズが話すと、里奈は急に鼻で笑ってきた。
「ふふ、やっぱり。さすが真子。お金を持っている素敵な男性には、敏感に反応するもんね。ちなみにジェームズさんのご出身は、どちらなんですか?」
「僕?どこになるんだろう…。実家は東京だけど、幼少期に暮らしてたのはNYだよ」
しかし次の瞬間。ジェームズの言葉に、里奈がいきなり慌てだしたのだ。
「里奈ちゃんの出身は東京だよね。都内のどのあたりなの?」
するとガチャガチャっとフォークとナイフの音が乱暴に響き渡り、彼女はフォークを落としてしまった。
「私ですか?いや、私はそんなたいした所ではないんですけど…。ちょっと上のほうです」
「へぇ、そうなんだ」
慌てながらそう言い、落としたフォークを拾おうとする里奈を、ジェームズが慌てて止める。
「そのままで大丈夫だから」
「フレンチ、あんまり行かないのかな?」
ジェームズの耳打ちに、私は首をかしげる。たしか里奈は東京出身のお嬢様のはず。それなのに、最低限のマナーもなっていない。
妙な空気が流れ、彼が機転を聞かせて話題を変えようとしてくれた。
「そうだ。真子のご実家へ、遊びに行かせてもらったこともあるよね?」
「そうそう!あったね〜。うちのホムパに、わざわざ来てくれたんだよね」
「そのときの写真、あるんじゃないかな…」
ジェームズのスマホには、私の実家で開催されたホムパの写真がまだ残っていた。しかしそれを見た途端、里奈は驚いたような顔をして、固まってしまったのだ。
「えっ、これが自宅…?」
「そうだよ。真子の実家。芦屋の六麓荘、だっけ?そこにある素敵な家」
「全然だよ〜。ジェームズのご実家のほうがすごいじゃない」
ちなみに私の実家は、兵庫県の芦屋市というところにある。一応庭にはテニスコートもあって、狭くはないほうだと思う。
「芦屋っていいところだよね。僕もセカンドハウス、芦屋に持とうかな」
「ジェームズは東京でいいんじゃない?」
「そう?まぁ別に、東京に思い入れがあるわけでもないんだけどね」
さっきまでの勢いはどこへやら。私たちの会話を聞きながら、いつの間にか里奈は黙りこくっている。
「真子もフランスの高校に行ってたから、そのときに知り合った共通の友人もいるんだ」
「そうそう!みんなでパトリックのワイナリーに行こう、って言ってたのにねぇ。行けるのは来年以降かな」
もう里奈は、会話に入ろうとさえしなくなっていた。
さらに、このあと判明したのだが…。里奈は東京の中でも少々治安の悪いエリア出身で、お嬢様でも何でもなかったのだ。
― まぁ、里奈がマウント取ってくることはなくなったから、何でもいいけどね。
「ありがとね、ジェームズ」
「僕、何かした?それより、バケツの中のカエル?って、ああいう人のことを言うんだね」
「それを言うなら、井の中の蛙大海を知らず、ね(笑)」
「あぁ、それそれ」
私はこんな素敵な友人を持ったことに、感謝しかなかった。
▶前回:食事会後「自分だけに連絡が来た!」と舞い上がっていた女。だが男から呼び出された“真の目的”は…
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子持ちマウンティングをしてくる女