いつの間にかアラフォーになっていた私。

後悔はしていないけど、なにかが違う。

自分とは違う境遇の他人を見て、そう感じることが増えてきた。

キャリアや幸せな結婚を手に入れるために、捨てたのは何だっただろう。

私のこれからって、どうなっていくんだろう。

これは揺れ動き、葛藤するアラフォー女子たちの物語。

◆これまでのあらずじ

最近気分の浮き沈みがコントロールできない南。疲れているから?歳のせい?自分でも気にしていたけれどある時6歳年下の夫に「更年期じゃない?養命酒飲んだら」と言われ、ショックを受ける。

▶前回:「もしかして更年期?」悩んでいたアラフォー弁護士女が、夫に言われた衝撃の一言




「もしかして、更年期?」【後編】


名前:戸田 南
年齢:43歳
職業:弁護士
趣味:ショッピング

「養命酒…」

夫は悪気があって言ったわけじゃない。私の体を心配してくれているだけ…。そうはわかっているけれど、更年期扱いされていい気分はしない。

あの後、『筑紫樓』でいつものようにフカヒレそばを食べたが、なんとなく気まずい雰囲気のまま口数少なに食事をした。

雷太が「南、紹興酒おかわりは?」とか「デザート食べる?」とか気を使ってくれているのはわかっていたけれど、そんな気遣いにさえイライラしている自分がいた。

彼に対して、少し申し訳ないという気持ちもあったのは事実だ。

きっかけを作ったのは私なのだから、イライラしても仕方ない。

あの時、街で子連れの同僚に遭遇した後、雷太が何げなく言った「うちに子どもいなくてよかったね」という一言が、なぜかどうしようもなく気になってしまった。

「子どもって可愛いね」とか「子育てって大変だね」とか代わる言葉はいくらでもあったはずなのに、どうしてそんな言葉だったのだろう?と。

― 雷太は子どもが好きじゃないのかも。それとも、私と雷太に子育ては向いてないっていう意味?

大人気ないとは思うが、悪いほうへと解釈してしまう。

この私の性格をまずどうにかしたい…と自己嫌悪に陥るも「これって性格じゃなくて本当に雷太の言う更年期ってやつなのか?」なんて気持ちが乱れる。

途端、更年期とは具体的にどんなものなのか気になり、ワード検索してみる。

『更年期 症状』

スペースを空けて2つの単語を入力し、エンターキーを押した。

するとその主症状には、汗、イライラ、肩こり、怒りっぽくなったり、先々のことが不安になったり…とある。加齢により女性ホルモンが減ってくることが原因らしい。

女性ホルモンは気持ちを明るくする作用があることから、それが減ることで精神症状を引き起こす、とあった。

確かに、ちょっとしたことでイライラするし、夕方になると体がダルい。もともと不規則だった生理も最近さらに読めなくなった。

気がつけば、今月はまだ生理が来ていない。

また、更年期と関係あるかどうかはわからないが、夫との夫婦生活も実は面倒だった。


私、本当に更年期かも?加齢による体調の変化に不安になり…


「どう思う?私、まだ43歳なのに…」

大学時代からの親友、エリカにLINEすると返信があった。

『更年期は人それぞれみたいよ。サプリメントいろいろあるから飲んでみれば?』

彼女は30歳で結婚し、子どもは1人。夫はメガバンク勤務でベトナムに赴任中。成城学園前駅の近くに住み、専業主婦を続けている。

「南は私と違って忙しいからね。体は大事にしてね」

実はエリカ自身、自覚症状はないけれど、プレ更年期対策として、大豆イソフラボンのサプリを飲んでいるのだという。

「気になるなら1度婦人科に相談してみなよ」

と言われ「たしかに」と私は思った。



1週間後。

私は広尾にあるレディースクリニックの待合室にいた。

あれからいろいろ調べたが、自分であれこれサプリを試すよりは、婦人科でちゃんと診察を受けるほうが合理的な気がした。

これまで生理痛に悩んだ経験もなく、婦人科は今までの人生でまったく縁がなかった場所だ。

若干の緊張を保ちながら、私は診察を待っていた。

「戸田さん、診察室1番にお入りください」

名前が呼ばれる。早打ちする鼓動を抑えながら私は大きく息を吸った。




「なるほど、イライラしたり、眠れないのね。最後に生理が来たのはいつ?」

私と同年代に見える女医が、諸症状をキーボードで入力していく。

「1ヶ月半前です」

直近の月経や、最後に性交渉したのはいつ?など聞かれ、気分が滅入る。

「じゃあ、一通り検査してみますね」

だが、問診の後、いくつかの検査を終えたとき、私の中では更年期を乗り越える心構えというか、諦めのようなものが出来上がっていた。

ところが、医師から告げられたのは、思いも寄らない言葉だったのだ。

「戸田さんね、更年期とかじゃなくて妊娠してますよ。今、7週目」

― 今、7週目って言った??

医師の言葉が頭の中を瞬間的にめぐったと同時に、いきなり突きつけれらた事実に私は硬直した。

― 私が43歳で妊娠??

私の様子を医師が心配そうに見ている。

「びっくりされたみたいだけど、最近は45歳過ぎてからの妊娠だって珍しくないですから」

医師の言葉にハッと我に返った。

「あの、てっきり更年期だと思っていたので、妊娠なんてびっくりしちゃって…。すみません」

妊娠の事実を飲み込めないまま、私はクリニックを出た。

― どうしよう…。

どうしよう、と迷っている時点で、私の中に子どもを持つことへの迷いがあるのは確かだった。

私の法律事務所は、うまくいっている。だが、出産ともなれば一時期事務所をクローズする必要もある。小さな事務所とはいえ、人も雇っている。産休期間中、どうすればいいのか。

さまざまな心配ごとが浮かんでは消える。

― どうしよう…。誰かに相談しないと。

LINEのトーク画面を手繰り、通話ボタンを押した。


思いがけない妊娠。更年期とは180度異なる診断結果に戸惑うが…


「えっ???妊娠?」

電話口のエリカの声に、私のほうがびっくりしてしまった。

「こういうことは雷太に1番最初に話すべきだってわかってるんだけど…。なんて言われるか想像がつかなくて」

夫に一番に相談していない後ろめたさをエリカに打ち明けた。

「子どもいなくてよかった、って言われたんだもんね」

あの時のあの一言さえなければ、私は雷太に一番に相談していたのは間違いなかった。

「結局、決めるのは南だよ。でも南だったら、子どもがいても自分の人生の軸をブレさせずに生きていけるんじゃない?」

エリカの言葉に、私はハッとした。

― 人生の軸…。そっか…。

夜7時。

「ただいまー」

玄関で雷太の声がした。私はキッチンで煮込みハンバーグを仕込んでいたが、彼の声を聞いた途端、バクバクと心臓が音を立て始めた。

「いい匂いだな。今日、仕事早かったね」

雷太は着ていた上着を脱ぎながら、キッチンのカウンターの向こうからル・クルーゼの中を覗く。

「雷太、帰ってきて早々悪いんだけど…話があるの」

私は雷太の方を見るわけでもなく、例の話を切り出した。私の手はサラダスピナーの取っ手をぐるぐると回しているが、葉野菜の水はとっくに切れている。

「いいけど、なんかあった??」

私の胸は最高潮にバクバクと音を立てていた。私は意を決して打ち明けた。

「あの、この歳でびっくりなんだけど…妊娠したの」

私の口から出た事実に、雷太は頭の理解が追いついていないようだった。まるで鳩が豆鉄砲を食ったように、ぽかんと口を開けたまま動けずにいる。

だが、すぐに「や、やったァ!」と大声を上げ、ガッツポーズをしながら目を潤ませた。

― えっ?喜んでるの??

想定外の雷太の反応に私は呆然となった。

「ごめんね、勝手に喜んじゃったけど、南は産むって決めたから、こういう打ち明け方をしてくれたんだよね?」

雷太はキッチンのシンク側まで回ってきて言った。

「うん。実はどうしたらいいのかわからなくて、1番最初にエリカに相談しちゃったんだよね。ごめん、年齢のこともあるし。それに…雷太は子ども欲しくないんじゃないかと思って」

私は恵比寿で雷太の友達夫妻に会った時の一言が引っかかっていたことを伝えた。

「俺、なんか言ったっけ?あ、もしかして子どもいなくてよかったねっていうアレ?」

と思い出したように言った。

「あれは、子どもがいて、更年期であちこち不調だったら、ただ大変だなって思っただけで大意はないんだけどな…」

申し訳なさそうに言ったあと、雷太は「俺に子どもかぁ…」と言って涙ぐんだ。

それから私は今日1日の出来事を、雷太に話した。てっきり更年期だと思っていたことや、妊娠だとわかったときの当惑。

「個人事務所なのに仕事はどうするの?」

雷太が心配そうに聞く。

「うん、明日事務をやってくれてる2人に相談して、どうするか考えてみる」

エリカが言っていた「私の人生の軸」はきっとこの人なのだ。嬉しそうな雷太の顔を見ながら私はそう思った。




11月。

妊娠が発覚してから半年が経ち、お腹もだいぶ目立つようになった。

今日はエリカとお茶を飲むために、待ち合わせ場所の広尾のBONDI CAFEにやってきた。エリカはすでに着いていて、テーブルから手を振っているのが見える。

エリカの向かい側に座り、温かい紅茶をオーダーする。

「来月で事務所はクローズ。雇っていた2人は友人の事務所が引き取ってくれることになったわ」

久しぶりに会うエリカに、私は近況を報告した。私は悩んだ末、事務所を畳むことにしたのだった。

「また仕事には復帰するんでしょ?」

エリカの問いに、私は迷いなく答える。

「うん。子どもが病気になったりしたとき、私1人の個人商店だと困るから、どこかの事務所に所属して続けられればと思ってる」

妊娠してから日に日に変わっていく自分の体と向き合ううちに、今後の仕事についての考え方も変わっていった。

「私の親も、雷太の親も元気だから、預け先には困らないんだけどね。あまり無理しないように仕事や生活を整えるのも、今後は大事な気がして」

私たちの両親たちの喜びようは、雷太のそれを超えていた。私の母は号泣し、雷太の両親は私に何度も頭を下げてお礼を口にした。

こんな幸せな時間が訪れるとは、思ってもみなかったというのが私の本音だ。

「妊婦にしては年齢いってるんだから。体大事にしないと産後ガクッとくるからね!気をつけて」

エリカに言われ、「はい、はい」と相槌を打つ。

「そうね…。そうなったら今度こそ養命酒飲まないといけないかも」

私たちは顔を見合わせて笑った。

▶前回:情緒不安定なアラフォー弁護士。「養命酒飲んだら?」という年下夫のまさかの一言に…

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