『嫉妬こそ生きる力だ』

ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

▶前回:異様なほどに何でも当てる占い師。誰も予想できなかった、彼女の本当の姿




撮る女


久々に芹那に再会したとき、彼女は私にこう言った。

「友香、可愛くなったじゃん」

“可愛くなった”という部分だけ切り取れば、褒め言葉に受け取れなくはない。

いや、芹那にしてみれば褒めたつもりなのかもしれない。

けれど、彼女には明確な悪意がある。

彼女は、私をずっと見下しているのだ。私が多少可愛くなろうが、絶対に芹那を脅かすほどの脅威にはなりえない。

― 絶対に、芹那の方が上。私の方が下。

何をもって上なのか下なのか明確な定義があるわけじゃないけれど、彼女の言葉に裏にはそんな本音があることを、私は知っている。

高校生の頃からそうだった。27歳になった今も、そう。

一度も言葉にしなかったけど、ずっと悔しかった。見下されていることにはずっと気がついていたし、ずっとずっと情けないと思ってた。

…だから、決めたの。

芹那が、幸せの絶頂に達したとき。人生で一番の晴れ舞台の日。

彼女を突き落とそうって。

そして今日、私はそれを決行する。


芹那という女との確執が生まれた日。…そして、女が企てる恐ろしい計画




芹那と私は、高校の同級生。

芹那は学校で一番の美少女だった。私も比較的可愛い方だったと思うけれど、決して彼女には敵わない。それは自覚していた。

いわゆる所属するスクールカーストは微妙に違っていた。けれど、なぜだか私は芹那に気に入られて、私たちは仲が良かった。

でも、芹那のことが好きだったかどうかは、正直よくわからない。スクールカーストのトップに君臨する彼女の、友人。そんなポジションが、魅力的に映っただけなのかもしれない。

高校卒業後、私は大学へ。芹那は美容師の専門学校へと進学し、そこからはつかず離れずの関係が続いた。

そして時は流れ、私たちは大人になった。

そんなある日、友人たちと渋谷で飲んでいたとき、偶然芹那に出くわしたのだ。2年振りくらいの再会だったと思う。

「え、もしかして芹那?」
「え、友香?嘘でしょ、偶然!!」
「ね!」
「てか友香、…なんか可愛くなったじゃん」

2年ぶりの会話がこれだった。その言葉を聞いて、久々に芹那という人間を思い出した。

そこで立ち話していると、芹那も私も恋人がいないということが発覚したのだ。

「ねぇ、友香。今度食事会誘うね」

相変らず美しい芹那。彼女が主宰する飲み会はきっと、ハイレベルに違いない。学生時代と同じような打算が一瞬で働いた。

「うん、これから仲良くしよう!」
「また、連絡するね」

それから私たちは、再び友情…のようなモノを育むようになり、一緒に食事会に繰り出したりした。

…もちろん、私は彼女の引き立て役だったけれど。




彼女のことは好きになれなかったけど、誘ってくれる食事会のレベルはやはり高かった。二番手に甘んじてでも、その恩恵にあずかりたいと思った。

だた芹那が気に入っている男性と私が話していると、彼女は決まったセリフで私を牽制するのだ。

「でもさ〜、友香ほんとうあか抜けたってか、別人みたいに可愛くなったよね。本当に整形級に変わったよね」

昔はダサかった。もしかして整形した?

そんなことを仄めかす言葉を、これでもかというほど投げかけてくる。

別にそんなことをしなくても、私がいいなと思う男性はほとんど芹那に夢中になるのに。

それでも、芹那は何かにつけて私の上に立とうとし続けた。

きっと芹那は、自分より格下の女を身近に置くことで、自分の地位を確かなものにしたいのだろう。

そのために、私が使われていたのだ。

自分を脅かすほどの女じゃないけれど、“友達”としては合格ライン。そんなとこだったのだと思う。

それには勘づき始めていたけれど、ずっと気づかないふりをしていた。

けれど、決定的なことが起こる。


利害関係が一致していたから続けていた付き合い。ついに、そのバランスが崩壊する…


芹那と参加した食事会で、私はある男性に恋をした。人生で初めて、自分から猛烈にアプローチしたのだ。

恥ずかしかったし、怖かった。

代々お医者さまという良家のお坊ちゃまで、自分には釣り合わないとわかっていた。けれど、どうしようもなく彼のことが好きだったから、捨て身の覚悟でアタックしたのだが…。

私は、フラれた。

「ごめん、芹那と付き合うことになったから」

その言葉は、脳裏に焼きついた。

焼きついて、私の脳内の何かを焦がして、ぷちっと音を立てた。…私の中で、何かがはじけ飛んだ。

目当ての男を取られたことだけじゃない。

私がどれだけ必死にダイエットして、メイクを練習して、綺麗になる努力をしたって、彼女には敵わない。

芹那はそれを十分理解した上で、私を蔑みつづける。高校時代から今までずっと。

残酷なまでに揺るぎない事実と、彼女の仕打ちに対するうっ憤が蓄積し、私はついに我慢ができなくなったのだ。


お披露目


トントン拍子に、芹那はその男と結婚した。

今日は2人の結婚式。

色とりどりのフラワーシャワーを浴びながら、幸せそうに歩く2人がまぶしくてしかたない。芹那のドレス姿は、本当に非の打ちどころがない美しさだった。

…でも、今日はじめて、私は彼女が妬ましくなかった。

だって、彼女が今幸せであればあるほど…これから見る地獄との落差に、苦しむことになるのだから。




彼女は学生時代、夜のバイトをしていた。友人たちの間では一時期、その噂で持ち切りとなり、誰が盗撮したのか、彼女のバイト中の写真なんかも出回った。

…それを、私は保存しておいたのだ。

それだけじゃない。

芹那は彼と付き合ったあとも、相変わらず食事会へと繰り出していた。きっと、より条件のいい男がいないか並行して物色していたのだろう。

私はそれも、録画しておいた。

「え〜、今日は2021年7月12日。芹那に誘われた食事会に向かいます〜」

YouTuber気どりで、私は自分のスマホの時刻をビデオカメラに映す。芹那と合流するときはもちろん、カメラはカバンに隠す。

「芹那ちゃん、可愛いね〜。彼氏いるんじゃない?」
「いないですよ〜」

映像はとれないけれど、芹那の甘ったるい音声はしっかり録れている。

他にも、みんなが2次会へと向かう中、芹那が男性と抜けるところもこっそり撮影した。

私は彼女の悪行を片っ端から撮りためたのだ。

…そして今日、それを皆様にお披露目する。

芹那に作成を頼まれた2人の思い出ムービーに、私は彼女の悪行を織り交ぜた。というか、途中からほとんど芹那の裏の顔特集みたいになっている。

ついに、その時が来た。

「みなさま、前方のスクリーンにご注目ください」

司会のお姉さんのクリアな声が響き渡り、会場の照明は少しずつ落ちていく。

まるで、彼女の運命を示唆するかのように。

きっと、このムービーを作ったのは誰か、すぐにバレるだろう。私はヤバいやつとして噂され、その噂はすぐに広まる。どれだけ友達をなくすだろう。恋のチャンスも失うだろう。

ほとんど、自爆テロだ。

「新郎新婦の思い出を、動画にてご紹介いたします」

だけど、それでも芹那を突き落としたい。

― …ねぇ、芹那。この事実を知っても、彼は愛しつづけてくれるかな。

高砂で微笑む何も知らない女に、心の中で語りかける。

ついに、動画が再生される。

― 芹那、この世で一番怖いものってなんだか知っている?

動画の冒頭は、古い映画に出てくるような、かちゃかちゃとした効果音とともにはじまるカウントダウン。

3、2、1…。

女はまだ何も知らずに、微笑んでいる。

「この世で一番怖いのは、リスクを恐れない人間なんだよね」

心の声が、つい漏れ出る。

周りの友人たちは驚いた顔をしていたけど、もうどうでもよかった。




崩壊が今、始まる。

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