同じ会社、同じ部署。そこで働く、27歳・同い年の美女ふたり。

世渡り上手のあざとい女子と、真面目過ぎて融通が利かない女子。

彼女たちは見た目から性格、そして行動まで、何もかもが“正反対”なのだ。

そんなふたりが恋に落ちたのは、同じ会社のイケメン次期社長!?

美女ふたりからアプローチを受ける御曹司は、一体どちらの女性を選ぶのか。




Vol.1 イケメン御曹司がやって来た

〜村上紗良(27)の企み〜


「タクさん、今日もお願いします♡この前のヘアスタイル、大好評でした♡」

1月の最終週。

私は銀座にある行きつけの美容院で、3時間半かけてヘアメンテナンスをしていた。

「紗良チャン、それは良かった!今日は、どういった感じにする?」

「今日は、そうだな、うーん。髪の長さはいつも通り、肩の上ギリギリで小顔に見えるようにしてもらえますか?カラーはとにかく透明感重視で、明るすぎるのはちょっと雰囲気に合わないかなーって。あと、トリートメントは効果が一番長持ちするやつをお願いします♡」

その1週間前には、美容皮膚科でハイフの施術を受けた。顔全体にくまなく当てたおかげで、自分史上一番小さく引き締まり、目はひと回り大きくなっている気がする。

ほかにも、いつもよりワンランク上のスキンケアラインを新しく買いそろえた。おかげで、肌にピンとしたハリを感じられる気がしている。

そんなこんなで、1月に費やした美容代は10万円オーバー。

私がこんなふうにお金を使えるのは、社会人になってからも世田谷にある実家で暮らしているから。家賃や光熱費の支払いがない上に、朝晩は母の手料理付き。だから、これくらいの出費は大して痛手ではない。

さらには、これからネイルサロンに行って、帰りにはデパートで洋服を買うつもりだ。



私は用事を終えて、自宅でひと息ついた。

ネイルは、パープルが混じったピンクのワンカラーに、うっすらとシルバーのラメを乗せたシンプルで上品な仕上がり。そのネイル越しに、買ったばかりのフラワープリントのボウタイプリーツワンピースを眺める。

― これなら、完璧な状態で来週を迎えられそう!

来週の、2月1日。

私は、この日に勝負をかけているのだ。


気合十分の紗良。2月1日に、一体何があるのか?


2月1日、始業前。

私は、大手製菓会社の広報部で働いている。デスクから一番近い化粧室は、いつにも増して混み合っていた。

あちこちから聞こえてくる、メイクポーチの中身をカチャカチャとあさる音。鏡の前は、ビューラーで念入りにまつ毛を持ち上げたり、ファンデーションを塗り直したりする同僚たちでひしめき合っている。

私の所属する広報部は、社内でも美人が多い部署で知られているのだが、この日はみんな一段と華やいでいた。

香水の匂いが混じって、ムッとする不快な空間になっていることを除けば、同性から見てもうっとりするような美しい女性たちの集まりだ。

しかし、香水の匂いのことで少しでも嫌な顔をしてしまうと、感じが悪いと言われて後々角が立つ。女性が多い職場には、面倒くさいことも多い。

「おはようございまぁーす♡」

わざとらしいくらいの明るい声であいさつし、偶然空いた鏡に自分の姿を映した私は、息を止めながらサッと髪の乱れを直した。

― そうそう、このトイレの照明って微妙なんだよね。ここでメイクをすると、失敗すると思うんだけどなあ。まあ、そんなこと教えてあげないけど。

私は今朝、自宅で使っているLEDライト付きの女優ミラーの前で、入念にメイクを済ませてきた。今さら焦って、マスカラやチークを塗る彼女たちとは、気合の入り方が違うのだ。

「ねえ、もう来てるかな?」
「どんな人なんだろうねー」

そんな浮足立った会話が聞こえてくるなか、私は“余裕のひとり勝ち”だと確信した。

すると、次の瞬間、トイレの個室から同期の七瀬が出てきたのだった。

こちらをチラッと見ると、我関せずといった冷めた様子で手を洗い、オフィスへ戻っていく。

― 七瀬って苦手。何か、私たちのこと小ばかにした感じなんだよね。でも、彼女って飾り気がないのに、キレイなのよね…。

七瀬は、目鼻立ちがはっきりした美人顔で、ナチュラルメイクにパンツスーツというシンプルな格好をしていてもパッと目を引く。そして、真面目で仕事が丁寧で上司からの信頼も厚い。

気に入らないけれど、気になる…。そんな七瀬の存在が、私をいつもモヤモヤした気持ちにさせるのだ。

せっかくの優越感に水を差されると、ついふてくされた顔になってしまった。そんな私の視線の先には、見慣れない背の高い男性がウロウロ歩き回りながら、オフィスの様子をうかがっていた。

― あっ!もしかして…。

私はその男性に近づくと、彼の方から話しかけてきた。

「あの、今日から広報部でお世話になる一ノ瀬です。部長はもう出社されていますか?」

ダークグレーのスリーピーススーツ。真っ白の仕立ての良いシャツを着こなしたその男性こそが、私やほかの女性社員たちを浮き足立たせた張本人。

一ノ瀬英琉(えいる)は、この会社の次期社長。いわゆる御曹司だ。

― ちょっと…社内報の写真より、100倍かっこいいんだけど!




〜長谷川七瀬(27)の憂鬱〜


仕事始めから数日の1月半ば。

私が働く大手製菓会社は、2月のバレンタイン商戦を前に多忙を極めていた。

新商品が発売されたり各種イベントが控えていたりするため、広報部はマスコミやお客様への情報発信、対応に追われるのだ。

毎年この時期になると、皆から疲労といら立ちが感じられるのだった。

だが、今年はどこか様子が違って、同僚たちはやけに色めき立っている。

心ここにあらずで、仕事のケアレスミスも目立つ。そのたび、フォローをする羽目になる私は、ひとりでイライラしていた。

特に、同期の紗良はひどいものだ。気がつけば、手鏡に自分を映して満足げに眺めては、仕事の手を休めている。

確かに、紗良は女の子らしくて可愛い。良く言えば世渡り上手の甘え上手なのだが、彼女は計算高いところが見え隠れする。私は好きなタイプではないのだけれど、他部署の男性社員には彼女のファンが多いらしい。

― そんな暇があるなら、このメールの返信してくれたらいいのに。はあ…。

ここ最近、ため息をついてばかりだ。

そこへ部長がやってきて「頼みたい仕事がある」と言うものだから、思わず眉間にシワを寄せてしまった。

「長谷川さん、来月からうちの部署にくる一ノ瀬さんの教育係をお願いしてもいいかな?まぁ、たったの3ヶ月だけなんだけどね」
「私がですか?え、でも一ノ瀬さんって…あの一ノ瀬さんですよね?」


次期社長の教育係を任された七瀬。彼女の心の内は…


一ノ瀬英琉は社長の息子で、この会社の跡取りだ。そう、正真正銘の御曹司なのだ。

去年入社し、今は社内のさまざまな部署をまわって勉強をしているらしい。

「まあ、そんなに難しい仕事は教えなくてもいいからさ。面倒見てあげてよ」

部長がここまで話し終えると、近くに座る女性社員たちから一斉に鋭い視線が向けられた。

― ちょっと、何なの?こっちは忙しいなか、仕事を押し付けられて困ってるのに!

だが、社内報で英琉の写真を目にした瞬間。みんなの浮かれようや、嫉妬の混じった視線の理由がわかった。

― ふーん、確かにイケメンかも。それに独身なんだ。私は仕事さえしっかりこなしてくれれば、それでいいかな。

自分の作業に加えて、彼に割り当てる業務のことを考えると、仕事量の多さに再びため息が漏れてしまうのだった。

そして、ますます忙しくなることを覚悟しながら迎えた、2月1日。

「一ノ瀬です。3ヶ月間、よろしくお願いします」
「長谷川です。早速ですが、この資料に目を通してもらってもいいですか?」
「はい、わかりました!」

礼儀正しい受け答えと人懐っこい笑顔は、想像していた“社長の息子”のイメージとは違って拍子抜けした。だが、それと同時に、完璧で欠点が見当たらない男性は苦手だと思ってしまうのだった。




〜一ノ瀬英琉(29)の不安〜


父の会社に就職したのは、去年のこと。

僕はいずれ跡を継ぐつもりでいたが、それまでに一度、菓子類のバイヤーをしてみたいと思っていたので、ドイツやベルギー、フランスなどを転々としていた。

しかし、海外渡航中に父が体調を崩したと聞き、慌てて帰国。それからは、この大手製菓会社のさまざまな部署をまわって、将来のためにいろいろと勉強している。

いよいよ明日からは、広報部での仕事が始まる。

「一ノ瀬さん、次は広報部に行くんですよね?いいなあ、美人に囲まれて働けるなんて」

商品開発部でお世話になった3つ年上の男性社員が、羨ましそうな目で見てくる。

― そうか、広報部は女性が多いのか。うまくやっていけるといいんだけど…。

実を言うと前の会社では、自分が製菓会社の社長の息子だと知れた途端、女性社員の僕を見る目がガラッと変わったのだった。“肩書”があることで、こうもいきなり態度が変わるのかと、背筋が冷たくなるような思いを経験した。

だが、そんなことも言っていられない。父の会社で働くとなれば、これまで以上に好奇の目で見られることも増えるだろう。

現に、これまでに配属された人事部や営業部、この商品企画部でも変に気を使われたり、取り入ろうとしたりしてくる人はいたわけで、部署が変わるたびに妙な緊張感につきまとわれるのだった。

― とにかく、面倒なことが起きないように、当たり障りのないフラットな態度でいこう。

こう気持ちを新たにして、迎えた2月1日の朝。

広報部のオフィスへと足を踏み入れた僕は、強めのメイクを施した女性社員たちと、さまざまな香水が入り混じった強烈な匂いのする空間に、しょっぱなから面食らった。

一方で、僕の教育担当を任された長谷川七瀬という女性社員は、シンプルな服やメイクが控えめな印象なのだけれど、態度がどうも冷たい。

季節は、もうすぐバレンタイン。

製菓会社にとって特に忙しいこの時期を、僕はこの部署で無事に乗り切ることができるのだろうか。

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紗良と七瀬、そして御曹司の英琉。大手製菓会社の広報部で、恋の嵐が巻き起こる!?