突然消えた美女。遺された家族の言葉に違和感を感じた友人は…
見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。
ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。
ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。
そんな彼女が、突然、この世を去った――
死によって炙り出される『彼女の本当の姿』とは…?
◆これまでのあらすじ
SNSで華やかな生活を披露していた謎の女・カレンが突然亡くなった。カレンとの仲は希薄だった玲香だが、彼女の妹から「形見分けをお願いしたい」と依頼されてしまい…。
Chapter.2 女の笑顔のその奥に…
『形見分け』――故人が愛用していた品物を、生前に親交のあった親しい友人などに贈ること。
「形見分け、ですか?」
玲香はカレンの妹・明奈に『なんで私が?』という意図を持って聞き返した。
彼女とはSNS上では友人だが、実際は知人を通じて会っていただけの薄い関係だ。
「はい。ここにある物をすべて処分してしまうのは忍びなくて。私は昔からこういうものと無縁で価値がわからないんです」
両親はすでに他界し、明奈は現在、配偶者とともに米国在住だという。明後日には日本を発たなければならないそうだ。
戸惑いが表情に現れていたのだろう。玲香が口ごもっていると、静かに彼女はつぶやいた。
「姉の遺言、なんです。形見分けは玲香さんにお願いしてと」
勘弁してほしい、そう思ったのは言うまでもない。想像していたお別れ会の幹事よりはマシだが、それでも面倒な役回りである。
しかしなぜ自分なのか……。
― まさか、時間がありそうだから、と思われているのかしら?
確かに玲香は六本木界隈の食事会参加率は高い方だった。しかし、美容皮膚科に看護師として勤務し、その上でモデルの仕事が入ることだってある。恋人もおり、暇人だと思われることは心外だ。
「お願いします。遺書に書いてあった、姉の最後のお願いなんです」
形見分けのお願いに戸惑う玲香だが、カレンの死に引っかかるところがあり…
涙目で玲香の手をぎゅっと握る明奈。
だが、どんなにお願いされても、気持ちは決まっていた。暇人だと思われた屈辱感。カレンとの薄い関係性、責任を負いたくない…依頼を拒否する理由は限りない。
だが、ある違和感が、玲香を引き留めた。
明奈が発した『遺書』という言葉。
― ということは、突然死や事故死じゃないってこと…?
死因を尋ねた際に答えてくれなかったことから、うっすら察していた。
彼女が、自ら命を絶った、ということ。
SNSや食事会では、いつもキラキラしたジュエリーやドレスをまとい、笑顔だったカレン。誰から見ても幸せそうで、人生を楽しんでいる印象だった。
裏では死を決意しなければならないほどの苦しみがあったというのか…。
玲香はため息をつき、視線を落とす。不意に目に入ったのは、革張りの大きなソファの中心に置いてある、主を失ったローズパープルのバーキンだった。
「…」
「もちろん、玲香さんが欲しければ好きなだけ持って行ってもかまいません。売りに出しても大丈夫です」
「―わかりました」
玲香はバーキンが欲しいわけではなかった。
医師をしている父親や恋人に願えば、手に入れられるものだろう。そもそも、カレンが持っていたそれは、色や大きさが好みではないのだ。
頼みを受け入れてしまったのは、カレンへの同情と好奇心だ。
突然この世を去った可哀そうな彼女。何者だったのか、なぜそうなったのか、明奈の依頼を引き受ければ、理由が判るような気がしたのだ。
◆
部屋のカギを玲香に渡し、翌々日、明奈は日本を発った。形見分け作業が終了次第、改めて連絡をしてほしい、とのことだ。もちろん、その間は住んでいてもかまわないと言っていた。
玲香が勤務するクリニックはカレンのマンションからほど近い場所にある。気が引ける部分もあったが、その日以降、仕事が終わると、毎日のように引き寄せられていた。
セラーや冷蔵庫に残されていたワインやシャンパンの数々。それらを自身の形見分けの割り当てとして頂くことに決めたのだ。
「美味し…」
その夜も、玲香はカレンの部屋で2013年のオーパス・ワンを注ぎ、グラスを傾けていた。
柔らかなソファに体を委ね、ここ十年で最上位と言われる香り高き優雅な味わいを堪能するのが最近の日課。
ここにあるワインは恐らく贈り物か、親しい男が置いていったものであろう。カレンはお酒が飲めなかったからだ。
食事会ではいつもサンペレグリノやペリエをシャンパンのように気取って飲んでいたのが奇妙で、やけに記憶に残っている。
― とにかく、誰かに声をかけないとね…。
カレンの顔が脳裏に浮んだと同時に、自分がここにいる理由を思い出す。ほろ酔いの中で玲香はスマホのアドレスを眺めた。
誰も思いつかない。
結局、連絡をしたのは自分のモデル仲間だった。
カレンの部屋に色めくモデル仲間。興奮した彼女たちは…
その次の週末の午後3時。
芽衣、そして同じくモデル仲間の悠里は、マンションの部屋に入るなり驚嘆の声をあげた。
「ヤバぁ!本当にここカレンさんの部屋?」
「部屋中にバッグを並べてて、『らしい』よねぇ」
少々棘があるのは、SNSでの彼女の振る舞いをよく思っていなかったからであろう。玲香自身もカレンのあからさまな自慢は鼻についていた。
芽衣が購入してきた『LOUANGE TOKYO』のエクレアートショコラ プレミアム。鮮やかなスイーツをテーブルの上に広げ、マリアージュ フレールの紅茶を注いだウェッジウッドのフロレンティーン ターコイズのカップを添える。
SNS用の写真を数枚撮ったら、女子会の始まりだ。しばらく他愛ない雑談をしたあと、玲香は半笑いで芽衣に尋ねられた。
「形見分けの役って、相当カレンと仲良かったんだね」
カレンと友達だと思われるのは心外だった。形見分けを引き受けることをためらった一因でもある。玲香はため息をついた。
「私も変なこと押し付けられちゃって困っているの。食事会で何度か会っただけなのに」
「あのコ、よほど友達いなかったんだね」
「そりゃそうよ。あのカレンだもん」
SNSに投稿されるタグ付けだらけの写真は、カレンの華やかな生活の表象だ。
嫉妬する人間も多く、実際、ほとんどがいわゆるアンチのフォロワーだった。彼女たちもその類だ。
同意しながらも胸が痛んだ玲香は、できるだけ軽く注意した。
「ひどい言いよう。バチがあたるよ〜」
「そう?バチが当たったのは彼女の方じゃないの?」
芽衣はまるで恨みでもあるような強い口調で返答した。玲香が戸惑っていると、悠里が横でクスクスと噴き出して、彼女をいさめる。
「芽衣はね、狙っていた男をカレンに取られたことがあるのよ」
「だいぶ前のことよ。アーティストの森亮輔さんって知ってる?」
「あぁ、あの有名な…」
森亮輔とは、ここ数年注目を浴びている新進気鋭の現代アーティストだ。青山や六本木界隈にもよく出現しており、カレンが食事会やパーティーで彼と一緒にいるところをたびたび目にしていた。
30歳すぎの、長髪と口ひげがワイルドな印象の男性。横に並んでいながらも、ラブラブの恋人同士、というよりは、どこか一線が引かれた関係性に見えた。
その様子から、彼がカレンの支援者のひとりだろうと玲香は考えていた。
「どんなにアプローチしてもダメだから、理由を聞いてみたら、カレンがいるって言われて…」
「なんだ、勝手に玉砕していただけじゃない」
悲劇のヒロインのような表情に、思わず玲香は突っ込んでしまう。
「そうだけど…信じられないのよ。派手な浪費家でSNSの写真も加工バリバリでさ、時空がゆがんでいたよ。世界的なアーティストの彼があのコを選ぶなんて納得いかなくて。きっと騙されてる!」
確かにInstagramの画像は不自然なものが多かった。加工について人のことは言えないが、彼女のそれは度を越えたものがあったのだ。
「じゃなきゃ、どこに惹かれたんだろう?実はベッドの上ではすごい、とか?」
「本当に信じられない。あんな厚化粧モンスターに」
「秘密でも握られていたんじゃない?」
たとえよくない感情があるとしても、故人に向かってずけずけと悪口を言える彼女たちを玲香は冷ややかに見つめる。だが、どこか爽快さを感じる自分もいた。
下世話で不謹慎な話題は尽きない。
カレンに対する黒い感情が、自覚している以上に大きいことに、玲香は気づいたのだった。
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玲香は形見分けを進めるため、カレンの部屋でパーティーを計画する。しかし…