『嫉妬こそ生きる力だ』
ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

▶前回:女が覚えてしまった、陰湿すぎるストレス発散法。元同僚が入ったカフェに非通知で電話して…。




操る女


東大出身の女なんて、みんな不細工だと思っていた。

だって、学生時代はどうせ勉強しかしていないんでしょ?メイクとかファッションとか恋愛とか。そういうもの全部かなぐり捨てて。

私には考えられない。

ちなみに、数学を受験科目にすると顔面偏差値が落ちる。これは、私の唱える持論だ。私立より国立、文系より理系のほうが、あか抜けていない。

東大の工学部なんて、その最たるもの。

…だから、あの女に出会ったときは衝撃だった。あとから東大の工学部出身と知って、ショックでしばらく動けなかった。

でも、それだけじゃない。あの女は私にこう言った。

「あなた、可愛いかもだけど…。それだけだよね」

何一つオブラートに包むことなく、淡々と。

でも、何も反論できなかった。それが事実だということは、薄々どこかで気づいていたから。

だけど、「はい、そうですね」って素直に受け入れることなんてできなかった。無性に腹が立った。…それはもう、めちゃくちゃに。

美しく、賢い。

そんな女が、私は一番嫌いなのだ。

だから、ちょっとだけ暗示をかけてみたのだが…。

これが面白いほどにうまくいった。

あの女は今、…私の手中にいる。


東大卒の美しい女に嫌味を言われた女は、驚くべき手段で彼女を懐柔しはじめる…


私は成蹊大学を卒業後、大手企業に総合職として入社した。

学生時代これといった活動もしていなければ、目立ったスキルも何もない。そんな私が大手企業に総合職で内定をもらえたのは、正直ルックスが良かったからだと思う。

役員面接での手応えで、それを感じた。

でもまあ、美人が得をするのは当たり前のことだから、実力値以上の内定ゲットも、そこまで驚くべきことではなかった。

それに、総合職という響きに一抹の不安を覚えていたけれど、私が配属されたのは総務部。売り上げを詰められることもなければ、キツイ外回りの営業もない。上から降ってくる仕事を、淡々とこなしていくだけ。基本的には定時上がりだ。

大手企業の総合職という肩書に、安定したそれなりの給料。そして何より、可愛いルックス。

私は手放しに、20代をここ東京で謳歌した。

食事会やら女子会、恋人とのデート。アフター5の楽しいことのためだけに生きていた。




そして27歳のとき、東大卒の経営者男性3人組に出会った。

私と友人(もちろん美人)はよく、彼らに一緒に飲もうと誘われた。

その中に、目当ての誰かがいたわけじゃないし、誰かにアプローチされていたわけじゃない。

イケてる経営者に、可愛い女の子。誰も言葉にしなかったけれど、釣り合いの取れた男と女として、私たちはその場を楽しんでいた。

けれど、あの女は突然に現れた。

それは、彼らの行きつけ『ル・バー』で飲んでいたときのこと。

「え、裕太?」

カウンターでひとり飲んでいた女性が、男性陣の1人に話しかけてきたのだ。

「お、愛菜か?偶然だな。ていうか、お前こんなとこでひとりで飲んでるのかよ。合流するか?」

そう言って、その女も合流することになったのだ。

暗い店内で顔はよく見えなかったのだが、彼女が私の隣に座って初めて、美しい人だとわかった。

「はじめまして〜よろしくです」

初対面の女が、合流する。あまり心地よいものではない。でも、だからこそ「私に敵意はありませんよ」という意を表明するためにも、私は自分からフランクに挨拶した。

けれど、彼女は「どうも」とひとこと言い放っただけ。

「愛菜、相変わらず愛想ないな〜」

男性陣はみな、彼女と知り合いらしい。「お前も変わらないな」とでも言わんばかりに、笑い合う。

昔からの仲間。愛菜と男性陣3人の間には、そんな空気感が漂っていた。

― なんか、嫌な感じ…。

自分たちのテリトリーだと思っていたら、先住民が突如乗り込んできた。そんな感じだった。

けれど、その居心地の悪さに拍車をかける事実がまた一つ、あきらかになった。

「あ、そうそう。こいつは大学時代の友達なのよ」

男性陣の1人がそう言ったのだ。

「…え、東大出身なんですか?」

けれど、驚いた私の顔を、愛菜はまた冷たく一瞥するだけ。その雰囲気を察してか、男性陣が説明をフォローする。

「そう。俺らと同じ東大の工学部出身なのよ」

東大、しかも理系。なのに、美人。

私は27年生きてきて、そんな女性とはじめて出会った。

そんなスペックの美女が存在しているなんて、生まれてこのかた知らなかった。

そして、彼女は私の立ち位置を脅かしはじめた。


東大(しかも理系)卒の美人・愛菜と出会った女に悲劇が…


「愛菜、お前まだ占いにハマってるのか?」
「ちょっとその話はやめてよ〜」

私の居心地の悪さなんて露知らず、愛菜と男たちは盛り上がる。

一応みんなで盛り上がっているテイだけれど、男性陣と愛菜がしゃべり、私と女友達がそれを聞いている。そんな構図だった。

つまらなかった。まったくもって面白くない。

…そんな場に、用はない。

「あ、私そろそろ遅いんで帰ります〜」

私はそう言って、ひとり席を立った。

「え〜、もうちょっと一緒に飲みたいのに〜」

男性陣は、私の帰宅を惜しむような言葉を投げかける。落とされた気分が、少しだけ上向く。

けれど、私はどうしても面白くない場に、これ以上いたくなかった。

「私ももっといたかったんですけど、ごめんなさい〜。また今度ぜひ!」

そう言って、私はお手洗いに寄ってから、帰宅しようとしたのだが…。お手洗いを出たところで、愛菜のメイク直しに遭遇してしまったのだ。




アーモンド型の綺麗な目に、高い鼻筋。小さな顔。

挨拶くらいはしようかと思ったけれど、やめた。愛菜の鼻筋は、私の整形してまで整えた鼻筋よりも綺麗で、ちょっと腹が立ったから。

すると、ほろ酔いの愛菜は、私に絡んできた。

「自分のこと可愛いって思ってるでしょ?」
「…え?」

愛菜が私を快く思っていないことには気づいていたけれど、彼女は私に敵意をむき出しにしてきた。

「まあ、可愛いけど。それだけだよね」
「どういうことですか?」
「私は彼らと“友達”だけど、あなたは彼らにとって“ただ可愛いだけの女の子”。同じ土俵にいるって勘違いしないでね」

愛菜はそう言って、その場を立ち去った。

真っ向から勝負を挑まれた気がした。なんか嫌な女。そんな風に思っていた数分前の自分が、もはや可愛い。

酔っていたからといって、許せなかった。その言葉は、私が日頃見ないようにしている心の奥深くを、これでもかというほどに抉った。

…認めたくないけれど、反論の余地がなかったからかもしれない。

あきらかに私は今日、添えものでしかなかったから。テーブルの上に飾られているだけの花と同じ。

花として持て囃されることは悪くない。けれど、私たちは例えるならばカスミソウ。

キラキラした場にいることはできるけど、決して主役にはなれない。カスミソウはバラやガーベラに、決して敵わない。

薄々感づいていた認めたくない事実を、あの女は言葉にし、敵意をもって私に投げつけたのだ。

…黙って、見過ごせるわけがなかった。

やりようのない怒りがふつふつと湧き上がる。

私は、必死に足りない頭で考えた。


懐柔


愛菜の連絡先を聞き出すことは簡単だった。

私たちのあのときの会話は誰にも聞かれていない。もしかしたら、愛菜ですら酔っていて覚えていないかもしれない。

私はダメもとで、一通のメッセージを愛菜に送った。

<愛菜さん、この前はありがとうございました!実は私も占い大好きで。紹介でしか予約を受け付けない超当たる占い師さん、知り合いヅテに予約とれたんです!良かったら一緒に行きませんか?>

愛菜が占いにハマっているという情報だけは、聞き逃さなかったのだ。すると、案外すぐに返事がきた。

<この前はどうも。占い、好きです。ぜひ>

この前のこと、覚えていないのだろうか。覚えているけれど、そんなことよりも、当たる占い師にどうしても会いたいのだろうか。

まあ、どっちでもいい。とにかく、私は愛菜をあの占い師の元に連れて行くことに成功したのだ。




占い師と愛菜は、真剣な面持ちで対峙している。

「あなた、今までたくさん努力してきたでしょ。大学も相当いいところ行ったんじゃない?」
「…え?なんでそんなことがわかるんですか?」
「顔見ればすぐわかる」

あんぐりと口を開け、驚く愛菜を見ながら、私は必死で笑いをかみ殺す。

「今、お仕事頑張ってはいるけど、あんまり軌道に乗っていないのね」
「…え、そんなことまで」
「う〜ん、この相はあまり良くないわね…」

当たると有名な占い師はたくさんいる。その中には、紹介でしか予約を受け付けない占い師もいる。彼らの情報はあまりネットに出回らない。

だから、占い好きの愛菜にも大して怪しまれなかった。

「先生、私どうすればいいんですか?」
「そうね〜…。あ、もしかして、最近恋人と別れたりした?」
「え?…はい」

この占い師に扮した女は、あのとき飲みの場にいた私の友達の一人だ。占いなんて、やったことない。適当なことを言っているだけ。私と同じく、愛菜にムカついていた彼女と結託し、今に至る。

愛菜の近況は、男性陣からなんとなく聞き出した。

「あなた、仲の良い男友達がいるでしょ。3人くらい見えるわ」
「裕太たちかな…。はい」
「彼らと縁を切りなさい。彼らは悪縁をあなたにもたらす」
「え…。でも彼らは大事な友達で…」
「何かを求めるなら、何かを捨てなさい」
「…」

どんなに賢い人間にも弱みはある。そこを的確に狙い撃てば、一気に心を掴むことができるらしい。

「あなた、ちゃんと幸せになる気ある?成功したいって思ってる?」
「はい」
「特別に、毎週1時間枠を空けてあげるから、毎週来なさい」
「いいんですか?ありがとうございます!!」

愛菜は何かにすがるような必死な顔で、占い師を見つめている。…相手は占い師じゃないけど。

さて、これから何を指示しようか。何を吹聴しようか。愛菜の運命は、私たちの手中にあるといっても過言じゃない。

生かすも、殺すも、私たち次第。

…愛菜さん、悪く思わないでね。

私を刺激したのは、あなたなんだから。

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