30歳までは余裕でモテたのに…。コロナ禍の2年、結婚を諦めかけていた女が選んだ意外な相手
外食が思うようにできない、今。
外で自由に食事ができた時代に、つい思いを馳せてしまう。
レストランに一歩足を踏み入れれば、私たちの心は一気に華やぐ。なぜならその瞬間、自分だけの大切なストーリーが始まるから。
これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。
▶前回:美人なのに彼氏が2年いない女。やっと理想の男性に出会ったものの、初デートで駄目になったのは…
Vol.4 「ミーハーだって、いいじゃない」真由香(32)
東京のキラキラと眩く光る夜景を見つめていると、ここ10年くらいの記憶が、走馬灯のように蘇る。27歳で結婚し、一度は”幸せな人生”の王道に乗れたと思っていた私。
あれから3年が経ち、気がつけばもう32歳。30歳を過ぎれば、人生がもう少し変わると思っていたけれど、私は何か変わっただろうか。
少しだけ大人にはなった。でもそれと同時に、東京に疲れてきた自分もいる。
― 健治:真由香ちゃん、明日はとっておきのお店を予約したので、18時に広尾駅集合で。
最近デートをしている健治さんからのLINEを開き、ゆっくりと文面を再確認する。
もう何度も繰り返してきた、表面的な、でもこれがないと始まらない、男女のやりとり。
予約の取れない名店に、星つきレストラン。SNSで自慢できる高級ホテルに、誰もが羨む幸せな旦那様との結婚生活。
スタンプラリーのようにそれらを必死に集めてきたけれど、東京は次々に新しいスポットができるので、私は永遠に満たされない。
32歳になるとギラギラした東京に疲れ、どこか遠くへ行きたいという思いが時々浮かんだりもした。
東京にいる意味ってなんだろう…色んなことに疲れてきた32歳の女の心情
18歳で名古屋から上京して以来、私の東京生活は“完璧”に輝いていた。有名大学に入学後、外資系のコンサル会社へ就職。そして同じ職場にいた、身長183cmで東大卒のイケメン同期と3年の交際を経て結婚。
ダブルインカムで、芝浦にある1億超えのタワーマンションを夫婦の共同名義で購入。
すベてが完璧で、自分の人生は誰もが羨む“幸せの正解”だと思っていた。
しかし性格の不一致で、結局は離婚…。慰謝料なしでタワマンを売却し、売却した資金は綺麗に折半して落ち着いた。
離婚後、30歳までは余裕でモテていた。しかしちょうどコロナになり、出会いが減ったことで急に焦り始めてきた。
出会う男性は既婚者が多くなり、いいなと思う人も攻略しにくい。「バツイチだと、結婚願望がないくていい」なんて言われたこともある。
「本当に疲れたな…」
東京にいるからこんなふうに思うのだろうか。少し離れた田舎へ行けば誰かの視線なんて気にしなくてもいいし、この正体不明の息苦しさからも逃れられるのかもしれない。
「今日もどうせ、つまらないんだろうな」
今から会う健治さんは10歳年上のバツイチで、会うのは二度目。最初から向こうがグイグイきてくれているけれど、顔はタイプじゃないし、今日限りで終わる予感しかない。
「そもそも、なんで駅待ち合わせなの?現地でいいじゃない。面倒だな…」
そんなことを言いながら広尾駅にタクシーが到着すると、健治さんは既に着いていて、私が乗っていたタクシーに乗り込んできた。
彼の大きな体に、少しだけタクシーが揺れる。
「このまま、お店に向かっちゃおう。運転手さん、ここにお願いします」
慣れた手つきでタクシーの支払いを済ませた彼が連れていってくれたのは、日赤通りに面する『七鳥目』だった。
「え?今日のお店、ここだったんですか?」
正直、健治さんは少しもさっとしたタイプで、流行りに敏感なタイプには見えない。人は見かけによらないとはまさにこのこと。
「そうそう。来たことあった?」
「ないです!一度来てみたかったんですけど、予約が取れなくて…」
人通りの少ない日赤通りにある、超人気店。グルメな友人たちがこぞって絶賛するお店は、予約が取れないほど美味しいと評判だ。
カウンター11席のみの店内は、店主が炭場の前で扇いでいる大きなうちわによるものか、すでにいい香りが漂っている。
焼き鳥屋さんではあるものの、繊細な日本料理を彷彿とさせるメニューの数々はさすがの一言。
低温でコンフィされてから調理された鴨や、食べた瞬間に口の中で弾けるフランス産の大きなうずらの卵。また串だけではなく、自家製の厚揚げはふわっふわの食感で、舌の上で滑らかに溶けていった。
「お、美味しい…」
ここでしか食べられない料理に胸を打たれているうちに、私はさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように活気を取り戻していった。
「健治さん、ここ本当に美味しいですね」
「でしょ?良かった。真由香ちゃんを連れてきてあげたかったんだよね」
笑うと目尻に皺が寄る健治さんを見て、私も思わず笑顔になる。
そういえば、忘れていた。最近自粛ムードで外食をしておらず、こういう“心がトキメク”外食をしていなかった。
でも今日、改めて気がついた。
やっぱり私は、外食が好きなことに。いや、東京のキラキラと輝く素敵な名店で食事をすることが好きなことに…。
女が気がついた、自分らしさ。東京で生きていくために必要なことは…?
自分らしく、生きるために。
そして食事をしながら、私は驚くべき光景を目にした。
「あれ?健治さん!」
「あ、佐竹さんどうも」
数少ないカウンター席のはずなのに、健治さんは次々と挨拶されている。いる人の半分以上が、健治さんの知り合いだったのだ。
そしてご多分にもれず、ちゃっかり私の知り合いにも会ってしまった。
「真由香ちゃんと健治さん、繋がってたの?」
「そうなんです…」
― 港区って、本当に狭いな。
思わず笑ってしまう。東京には1,400万人くらい住んでいるはずなのに、“港区村”はとても狭い。
ちょっと顔が割れている、遊んでいる人たちは一部のみ。有名な人は大体誰かの知り合いで、「〇〇さん知ってる?」「〇〇ちゃんって、実はあの人の彼女やってたんだよ…」なんて話がすぐ回ってくる。
いつもは、この狭いコミュニティー内にまとわりつく噂と視線が鬱陶しいと感じていた。
でもなぜか、今日はそう思わない。
それは美味しい食事のおかげなのか、それとも隣にいてくれる健治さんのおかげなのか…。
「美味しいご飯って、いいよね。僕はやっぱり、こういう瞬間のために働いているんだなぁって思うよ」
さっきから楽しそうに食事をしている健治さんの言葉に、私も大きくうなずく。今気がついたけれど、健治さんは、食べる時の姿勢がとても綺麗だ。
― あれ?この人、ものすごくいい人じゃない…?
少し大きな背中に、優しい笑顔。決してタイプではないし、昔の私だったら選ばない。でもクマさんのような健治さんが、愛おしく見えてきた。
パリパリの食感が素晴らしい手羽も食べ、〆の、松風地鶏を使った飲めるくらいにとろりとした「親子丼」を食べる頃には、私の心はすっかり開放的になっていた。
「はぁ〜幸せ♡こういう時間って、やっぱり大事ですね」
美味しい食事は、心を満たしてくれる。
SNSを通して見える“遠い誰か”を見て焦り、世間体や、ゴールの見えない幸せを探しすことに必死すぎて、当たり前のことすら見えていなかった。
「次に予約を取れるのはいつですか?」
健治さんの話に耳を傾けながら、予約の取れない名店で美味しい食事をいただけたことに少し鼻高々になる。
絵に描いたような、東京の煌びやかな世界。それはいつの時代も、私の心をくすぐる。
「真由香ちゃん。美味しかった?」
「はい、最高でした!」
人生の答えは、意外に簡単。
私は結局この東京の、宝石を散りばめたように華やかな世界が好きだ。
別にミーハーでもいい。誰に、なんと言われてもいい。
自分が好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌いでいい。
大人になるにつれて、人の意見に左右されすぎて、自分らしさを見失っていた。「ちょっとスローな暮らしが今はオシャレ」なんていうどこかで読んだ記事に踊らされ、必死に時代に自分を合わせようとしていた。
でも、無理なものは無理。
「健治さん。私、やっぱりこういう世界が好きです。派手で華やかな生活に憧れもあります。こんな私でもいいですか?」
一瞬、健治さんの細い目が大きくなり、キョトンとした顔をしている。
「え?それの何がダメなの?」
その言葉に、思わず声を出して笑ってしまった。
「はは。そうですね」
「世の中に、真由香ちゃんは一人しかいないんだから。自分の好きなものを、堂々と好きと言えばいいんだよ」
― あぁ。この人、素敵だな。
人は誰かの意見に惑わされることがある。特定の人なのかもしれないし、不特定多数の、誰かもわからぬ“大多数”の意見の時もある。
でも人の目なんて、どうでもいい。自分が好きだと思うものはそのままに、自分らしくいられる人といればいい。
「真由香ちゃん。来週、予約の取れないこのお鮨屋の席が取れているんだけど…」
「行きます♡」
私は、欲望に正直に生きようと思う。
だって、これが私だから。
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